第2話 カラフル

「彩、はい」


 隣の席の明季が、繋げた彩の机に自分のノートを差し出した。学校の授業では教師が強調したい部分は普段とは違う色のチョークなどが使われることが多いが、彩にはそれが分からない。もちろん教師はこちらの事情にある程度配慮してくれる時もあるし、教師がチョークを持ち替えているのを見て、判断することはできるが、どうしても拾いきれない部分は明季が彩のために枠線や記号などで分かりやすくした板書を見せてくれるのが日常となっていた。


「ありがとう」


 入学して二か月ほどが経ち、クラスの中の人間関係も少しずつ固まり始めていた。彩にとって幸いだったのは、彩の世界の見え方に理解があるクラスメイトに恵まれたことだった。自分にとって当たり前のことが他人にとって当たり前ではないことを認めることは難しい。それが原因の対応をこれまで何度も経験してきたが、このクラスではまだそのようなことを彩は受けていない。そして彩にとって心地の良い環境を作っているのは間違いなく明季という存在だった。彩がそうだったように明季に多くの人が惹かれ、明季は多くの人と良い関係を築いていた。




 そんな明季に違和感を抱き始めたのは最近だ。可笑しなことかもしれないが、明季の世界の見え方はどちらかというとみんなより私に近い気がしていた。明季が時々、誰にも聞こえないように呟く色が、私が想定している色とは違う、ズレていることが多いことに気付いたからだ。


「明季、私に何か隠している?」


 毎日、色々な席で昼食を食べている明季は、今日は彩の席に遊びに来ていた。周りが騒がしい中の二人きりだったので、彩はつい疑問を口にしたが、すぐに後悔した。自分にはその権利はないと思ったからだ。


「ごめん。忘れて。変なことを……」


「ごめん! ずっと彩には言いたかったことがあるんだ」


 彩が訂正する暇もなく、明季は彩に秘密を打ち明けた。




「色が多く見える?」


「うん。物心ついた時からずっとそうなんだ。春日! このテニスボール、何色に見える?」


「んー、黄緑!」


 明季が少し離れた場所にいたクラスメイトに近くにあったテニスボールの色を聞いた。


「硬式のテニスボールはみんな今の春日みたいに黄緑か緑って答えるけど、俺にはこれが茶色に見えるんだ。もちろん俺にも緑は見える。けど本質的な色というか、このテニスボールが持つ色は俺にとって茶色なんだ」


「みんなには見えている色以外に明季は色を見ているってこと?」


「そう。物に限らず、人も感情も俺には色がついて見える。世界の解釈の仕方が人と違うって言うのかな。あんまり人に言うと変人って思われるから打ち明けたりは滅多にしないんだけどね」


「……そうなんだ」


「変人って言わないの?」


「世界が白と黒にしか見えない私がそれを言うわけないでしょ。それに最初から明季のことは変人だと思ってるから、今更そんなこと言われたって関係ない」


「そっかー。気にしていた俺が馬鹿だったかー」


 彩はクラスメイトに見られないように明季の頭にそっと手を置いた。


「色のない私にはあなたの世界が分からないけれど、きっと綺麗で残酷なんだね。せめてあなたが見るあたしの色が鮮やかでありますように」


 自分以外の誰にも自分の見ている世界が分からないことを知っているからこそ、彩はそう願った。

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