イロコイ~虹色な彼女とモノクロな彼~

堂上みゆき

第1話 イロアイ

 春の色。夏の色。秋の色。冬の色。世界には溢れるほどの色が溶けて、染み込んでいる。そんな当たり前のことは冬野彩にとっては過去の夢であり、世界の色を失った彩にとってもう二度とのぞむことは叶わない現在の夢であった。


 高校の入学式の日、彩は桜が風に乗って旅をする並木道を歩いていた。同じ制服を着ている学生は、その光景に心を躍らせ、少しすると何もなかったような顔をする。綺麗だと思う景色が数秒後には当たり前になっていることはよくある。飽きというものは本人の意思に関わらず訪れるものだ。しかし一口目、食事ではないがまさに一口目だ。それを綺麗だと感じることこそが感動の本質だと彩は知っていた。彩にその一口目にはないのだから。


 横断歩道に差し掛かり、向こう側へ彩が一歩踏み出した瞬間、腕を誰かに引かれた。


「危ない! ……信号は赤だよ。心ここにあらずって感じだったけど大丈夫?」


 確認したはずの信号を見ると確かに歩行者信号の上側が光っていた。人一倍、日常生活に注意を払わなければならない彩にとって有り得ないミスだった。自分が思っているよりも自分は気を取られていた。認めたくはないが、彩は自分の感情を受け入れた。


「ごめんなさい。助けてくれてありがとう」


「いえいえー。俺達って一緒の学校だよね。せっかくなら一緒に行こう?」


 お互いに新入生だということは何となく分かっていた。彩を助けた彼は不思議な雰囲気をしている。会ったばかりだというのにあらゆる感情が彼に惹かれている。


「……うん。私は冬野彩。あなたの名前は?」


「俺は夏木明季! よろしくね!」


 それが彩と真逆に世界を見る人物、明季との出会いだった。




「色が見えない? それって彩は全部が白黒に見えているってこと?」


 必要な場合を除いて積極的には話さないことを彩は明季にいつの間にか打ち明けていた。そんな自分に彩は驚きながらも、自分の行動には逆らうつもりはなかった。


「そう。小学生の頃、事故でお父さんを亡くしたの。その時の光景がトラウマになって、色が見えなくなった。医者には精神的なものだからいつか元に戻るかもしれないって言われているけど、もう何年もこのまま。まるで最初から世界がモノクロだったと思うようにもなってきた」


 彩が最後に見た色は赤だった。これまでの全ての色がその赤に侵され、彩にはもう他の色が思い出せない。


「……そうだったんだ。信号とかはどうしているの?」


「光は認識できるから注意していれば大丈夫。って言っても、さっきはボーっとしていたから危なかったけど。本当に助かった」


「なるほどね。確かに赤と青っていう色があるから信号を間違える人は少ないかもしれないけど、信号の光る位置やイラストだけだと間違える人は沢山いそうだね。……何かあったら俺に君の力にならせて」


「ありがとう。けど学校には伝えてあるから大丈夫よ。それに同じクラスとかじゃないと物理的に頼れない」


「それは心配ないよ! 彩とは同じクラスになる気がする! 何となく分かるんだ」


「不思議なことを言うのね」


「よくそう言われるよ!」


 結果として彩と明季は同じクラスになった。そして明季はどのような手を使ってか、授業などで彩をサポートする存在になり、日常の比較的多くの時間を共に過ごすようになっていた。

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