めり〜ばっど★うえんでぃんぐ

木曜日御前

サプライズ

 

 長野県にあるとある結婚式会場。

 本日は、新郎である山田昇やまだのぼる新婦しんぷである山田雛子やまだひなこ(旧姓 鈴木すずき)の結婚式であった。

 

 教会の席には、身内や親しい友人達が既に着席しており、式の始まりを今か今かと待っている。その中の一人、佐藤加奈代さとうかなよもまた新婦しんぷ側の親しい友人として出席していた。

 

「遅いなあ、梨乃りのちゃん」

 

 時間は式が始まる十分前。加奈代はシンプルな濃い緑のドレスに着られたまま、一人居心地の悪そうに式場の席で小さく仲間を待っている。本来ならば加奈代は、新婦しんぷ共通の友人である山本梨乃やまもとりのと一緒にこの式場に来る予定であった。

 しかし、梨乃が使う予定だったバスに故障があったため、そういう訳にも行かなかったらしい。先に行ってほしいと書かれた梨乃の言う通りに、加奈代は一人で式場に来ていた。

 

 加奈代は改めて式場を見渡す。そこそこの人数はいるが、教会と人数のバランスを考えると、やはり人が少ない。それに、見渡すと中学高校からの友人は自分と梨乃しか呼ばれていないようだ。

 

(寧ろ、私達が来たことすら奇跡よね)

 

 加奈代は心の中で毒吐く。なにせ、新婦しんぷであり同級生である雛子は学生時代から男漁りで有名。迷惑を被った人たちは多々いる。

 加奈代も例外にもれず、密かに好きだった男子生徒を雛子に取られたことがあった。しかも、わかってて取られた上に、その男子生徒は無惨にもフラレてしまった。

 

「ごめんね、でも私モテるから」

 

 そうにっこりと笑ってきた雛子の顔を、加奈代は忘れたことがない。この痛ましい青春のいちページは、加奈代の心にも深く刻まれた傷として今も痛む。

 

 彼女とは親しいどころか、相手の連絡先すらもう知らない。本来ならば来るつもりもなく、なんなら招待状を燃やしたところで何も罪悪感などない。

 しかし、娘と親の事情は違う。雛子の母親と加奈代の母親が仲良いらしく、母親経由で懇願されたのだ。

 

「ご祝儀はいらないし、ドレスとヘアセット代も少し負担してくれるそうよ」

 

 なんとも切羽の詰まったお願いに、加奈代は流石に了承するしかなかった。いや、寧ろここまで頭下げてでしか人を集められたない、あの女の顔を見てやろう、という暗い愉悦が芽生えてしまったのだ。

 

 しかし、どうやら結婚相手はまともそうで、新郎席側の男たちはなかなかの良い身なりをしている。

 

(私に彼氏たくろーがいなかったら、感謝してしまってたかも)

 

 加奈代は自分の彼氏である拓郎たくろうを思い出し、雛子と同じことは出来ないなと少し湧いた邪な感情を消して、教会の装飾を眺めていた。

 拓郎は、現在歌舞伎町でホストをしており、顔もスタイルもいいし、トレードマークのネイビーのスーツがよく似合う男だ。加奈代とは、SNSを通じて出会い、今は彼を半同棲しながら

 

(一ヶ月くらい会えてないけど、ちゃんと将来を考えて、お金貯めておいてくれてるみたいだし……、今日は家に帰ってきてくれるかな)

 

 カンカンカンッ

 

 少しだけ油断していると、急いだヒールの独特な足音がこちらに近づいてきた。加奈代はもしやと振り向くと、そこには梨乃が慌てた様子で来ていた。

 

「梨乃! 間に合ったんだね、良かった」

「加奈代ちゃん、この前ぶり! ほんと、バスには参っちゃったよ〜」

 

 梨乃はふんわりとした可愛い柔らかなサーモンピンクのドレスを着ており、少しふくよかな彼女の雰囲気にマッチしていた。

 

「バス、大変だったみたいだもんね」

「うん、なんか煙出ててさあ、びっくりしちゃったよ……あ、そうそう、私、加奈代ちゃんに話したかった事があったの」

「え? 何?」

 

 バスの話を聞こうとしていた加奈代に、梨乃は昔から変わらないゆったりとした動きで、スマートフォンを取り出す。

 梨乃のスマートフォンのロック画面は彼女の旦那と生まれたばかりの子供との写真だ。相変わらずうだつの上がらなそうで優しいだけの男と、随分顔をした男の子。

 

(結婚式で、「優しいだけなのつまらなそう」とか梨乃に言っちゃったし、「男の子は顔じゃないからね」とか悪態ついちゃったけどね)

 

 むしゃくしゃしていた自分の悪感情をぶつけてしまったのに、梨乃とはまだ仲良くやれているのだから不思議だ。

 幸せな家族写真に、加奈代も彼氏たくろーといつか……と思うが、梨乃はさっさとメッセージアプリを開いた。そして、その中から誰かからのメッセージ画面を加奈代に見せた。

 

「なにこれ?」

 

 hinaという相手とのやり取りらしく、アイコンには結婚指輪が並んでる写真。そして、お互いが送りあっただろう、たくさんの可愛いスタンプが並んでいた。

 その一番下に「明日のサプライズ、楽しみにしててね」というメッセージが置かれていた。

 

「え、雛子と連絡とってたの?」

「うん、なんだかんだね〜。式場の相談とかも乗ってんだんだ。あ、でも、この、サプライズってなんだろう、って」

 

 梨乃が雛子と連絡していたとは聞いて無かったため純粋に驚いてしまうが、それよりも文面のサプライズというものが気になってしまう。

 

「サプライズ……式場でのサプライズなんてさ、アレしか思いつかない」

 

 加奈代は、ウェブ掲示板の家庭板に毒されているせいか、不幸な結婚式という板が好きだった。その中で、よく使われるサプライズなんて大抵は、アレだ。

 

「え、何……もしかして、あれ? 真実の愛とつ?」

「それか、出来たかでしょ」

 

 梨乃は推測されるサプライズの内容に戸惑いながら、うわぁって顔で加奈代を見る。加奈代はもっと現実的で、面白くないサプライズ内容も彼女に伝える。

 もし、本当に前者ならば、何故梨乃に伝えたのだろうかと不思議ではある。が、あの雛子のことだ。

 梨乃も彼氏を雛子に取られたが、優しいからそれを許した事があった。その優しさに漬け込んで、こんなナメた真似を雛子はしてきたのかもしれない。

 

「でも、たしかに、真実の愛凸あるかも」

「え?」

 

 まさかの梨乃の賛同に、加奈代は驚いた声を思わず上げる。慌てて口を塞ぎ、当たりをちらりと見るが、こちらに注目してる人はいない。焦る加奈代を尻目に梨乃は、言葉を続けた。

 

「実はさっき式場スタッフに「新婦しんぷだせ!」って、言いながら詰め寄ってた男の人いたんだよ」

「絶対そうじゃん」

 

 なんというフラグの立て方だ。そんな立派なフラグがあれば確実としか言えない。

 加奈代は一人妄想して、苛々が沸々と湧いてきた。何故この女のため、休日を潰してるのだろうかと、怒りを燃やしていた。

 

「楽しいサプライズかもね」

「梨乃、相変わらず鈍感すぎでしょ、それが楽しいわけないじゃない」

「あ、そうだよねごめんね」

 

 隣の梨乃は相変わらず鈍感なのか、空気が読めないのか。少し楽しそうにそう話すものだから、少しばかり毒気が抜かれてしまったが。

 

 気付けば開始時間はもう来ていたのか、司会進行の挨拶が始まった。神父しんぷと新郎も入場を終え、神父しんぷからの有り難い言葉を頂戴する。

 神父しんぷはなかなかにカッコよいナイスミドルで、外国の方なのか少しばかり日本語が辿々しい話し方だ。そして、新郎はなんとも推しの弱そうな男ではあるが、こんなにも見た目は盛大な挙式をできる人なのだろう。三十路前に結婚したいと言っていた雛子のことだ、このラストイヤーに押し切ったのだろう。

 

 加奈代は更に苛々を強めてさっさと帰りたい、なんて思いながら、神父しんぷに促されてヴァージンロードの入り口目をやる。

 

新婦しんぷ入場です!」

 

 扉が開き、現れたのは、雛子とその父親だった。加奈代はあれが製造元かと思うが、雛子は昔の尖っていた時代とは違い、なんとも落ち着いた雰囲気を装っている。そして、父親もまた人の良さそうなおっさんであった。

 

 ヴァージンロードを歩く雛子。手元には純白のカスミソウのブーケが握られている。真っ直ぐ見てるのは新郎だけ。けど、どうせ上の面剥げばあの時の雛子なんだろう。

 

 どろりと、傷口から凝固した血が出て、その不快感で思わず加奈代は目を逸らした。

 

 サプライズ、はやく、サプライズよ来てくれ。

 

 何なのかわからない、サプライズが自分の傷口を塞いでくれる。そう願うしかない。

 

なんじ、山田昂は、この女山田雛子を妻としーー」

 

 空虚な誓いの言葉が始まる。どきどきと、今か今かとその時を願う。新郎の返事が聞こえる。次は、雛子の番だ。どんな顔をして、どんな声をして返事をするのか、いや、返事をしないのか。加奈代はにたりと笑いながら前を見る。

 

「ーー神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?」

「はい!」

 

 雛子の晴れやかな声が響き渡った、その時だった。

 

「〜〜を出せ!!!」

「おきゃ……まっ! おゃ、めください!」

「〜んぷを、出せ! どけ!」

「け……つをよ……ますよ!!」

 

 ヴァージンロードの入り口。既に閉められた扉の先から、酷く大きな男の声が聞こえた。そして、それを取り押さえようとするスタッフの声も聞こえる。

 

 キタキタキタキタ! 来たっ!!!

 

 心臓はまるで激しいロックバンドのドラムのように強く、激しく鳴り響く。

 会場内がざわめき、新郎新婦しんぷも驚いた表情で狼狽えている。雛子の女優っぷりに思わず拍手しそうだ。

 

「し、ぷ、をだせ! 俺とあいつは、運命なんだよ!」

 

 途切れ途切れの言葉から、やはり彼はと皆一斉に雛子を見る。雛子は顔を真っ青にしながら、新郎に縋りつこうとした。新郎はそんな雛子を守るように前に出た。

 

「離せ!」

 

 扉の向こうの男が叫んだあと、「わあっ!」と取り押さえていた誰かの声が聞こえた。振り切ったのだろう、バタンッ! と大きな音を立てて、男が中に入ってきた。雛子の顔が困惑で染まっていく、その後ろにいる神父しんぷですらも狼狽えており、動きを止めて男を見つめている。

 

「ちょっと待った! その結婚式に意義あり!」

 

 男の声が響く、雛子は震える身体で新郎にしがみついた。加奈代はそんな雛子の様子にニヤつきが止まらない。

 

 さあ、どうくる。

 

 早く、

 

 さあ早く、

 

 こんなグロテスクな式を、

 

 ぶち壊してしまえ。

 

 タッタッタッタッ

 

 加奈代が見ていない扉側から革靴で走る音がする。その音はこちら側へと向かっていき、そして通り過ぎた。雛子の顔は段々と青褪めていき、新郎は震えながらも不審者に対峙する。

 

「雛子さんは、僕のだ!」

 

 新郎の咆哮が響き渡る。

 

「くそっ、どけ!」

 

 しかし、乱入してきた男は新郎を引き剥がす。あれっ? と加奈代はその違和感に男に視点を向ける。だんだんと雛子から男へとピント合わせた。

 

 乱入してきたのは、ネイビーのスーツがよく似合う男だった。

 

「意義ありだ」

「で! でも! もう誓いあった後で……」

 

「意義あるだろ! お前言ってたじゃねぇか! 結婚する人を心の底から祝えないって!」

「で、でも……」

「俺と行こう! もう、辛い思いして結婚を祝わなくていいんだ! 俺がお前の全てを背負うから!」

 

 そう言って、ネイビースーツの男は神父しんぷの唇を奪った。

 

 主役の二人より先に誓いのキスをした、ネイビーのスーツの男と神父しんぷ

 

 もしかして、あの時聞こえてきた「しんぷ」は

新婦しんぷ」ではなくて、「神父しんぷ」?

 先程まで加奈代を支配していた高揚感は静まり返ってしまう。そして、その途端男が着ているネイビーのスーツを見て、加奈代はざっと血の気が引いた。

 

「もう、俺と行こうよ、フィリップ、君だけを愛してるんだ」

「ああ、タクロウ……私の最愛……」

 

 そして、ネイビースーツの男は神父しんぷの手を握って、ヴァージンロードを駆け抜けていく。まさに映画のワンシーン。

 このまま車に乗り込んで、二人は愛の世界へと飛び立つのだろうか。

 

 二人はお互いしか見えてない。ナイスミドルも嬉しそうに、手を繋ぎながら扉の向こうへと消えていく。

 

 ネイビースーツの男は、ヴァージンロードを逆走する中加奈代に気づくことはなかった。しかし、加奈代は現実だと思いたくないのに、男の顔を食い入るように見つめる。

 

(なんで、私の彼氏たくろーがここに)

 

 唖然とその光景を見ることしかできない。

 

 勿論、式場もパニックである。新郎新婦はへたり込んでお互いを抱きしめ合いながら震えており、身内たちは怒り心頭でスタッフに詰め寄る。そして、プランナーやスタッフたちは申し訳ないくらい頭を下げていた。

 

「なんか凄い事になったね〜てか、凄い。加奈代ちゃんの言った通りだね」

「な、なんで、あんたは普通なのよ」

 

 隣りにいる梨乃は、相変わらずおっとりと微笑みながらこのカオスな状況を眺めている。勿論式は一時中止となり、控えの新しい神父しんぷさんが式を続けた。ただ、雛子の精神は限界らしく、二度目の誓いの言葉を聞いた直後過呼吸気味になったため、披露宴までお開きになってしまった。

 

 もう、帰ろう。そう思った時、雛子の母親に声を掛けられた。黒留袖を着た彼女が随分窶れた表情で、「雛子に会ってくれないかしら」と懇願してくるものだから、加奈代も梨乃も断ることができない。いやむしろ、加奈代には断る元気すらなかった。梨乃に促されるまま、ついてきただけだった。

 

(あいつに入れたシャンパン、何本あると思ってんの)

 

 家の片隅に積まれた今までの飾りボトルたちは、全て彼との未来のために頑張った証だったのに。

 

 そんな形骸化したトロフィーは、ただのゴミだ。

 

 ふらふらとした足取りで、雛子がいる控室に入る。雛子はブーケを握りしめたまま、新郎の腕の中で泣いていた。その側には雛子の父親や新郎側の親族もいる。

 

「……っ、あ、梨乃と、加奈代ちゃん」

「……雛子ちゃん、久しぶり」

「雛子、大丈夫? なんか、凄いことになっちゃったね」

 

 涙で目を腫らした雛子は、それでも美しく可憐だ。そんな彼女に加奈代は手短に挨拶をし、梨乃は相変わらずの調子で声をかけた。

 

「来てくれて、ありがとう、でも、こんな事になっちゃった。昔のおこないのせい、かな。ごめんね、二人共」

「雛子は、悪くないよ。誰も予想付かないよこんなこと」

 

 涙ながらにたどたどしく頭を下げる雛子に、梨乃は優しく声を掛ける。加奈代は静かに黙ったまま、その様子を眺めていた。雛子はそんな加奈代の視線に気づき、ハッとすると自分の手元を見た。

 

「そ、そうだ、私、サプライズが、本当はあったの」

「サプライズ?」

 

 加奈代は、サプライズという言葉に思わず顔を顰める。先程の悪趣味なのは、サプライズではなくて、本当に偶然起きた事件だったのだと、改めて加奈代は理解する。そんな加奈代に、雛子は手元のブーケを突き出した。

 

「本当は、加奈代ちゃんがだって梨乃から聞いてて、ならブーケトスをせず、ちゃんと私のブーケをあげたかったの……」

「えっ」

「昔、加奈代ちゃんの片想いしてた人が私のストーカーになって捕まったじゃない。あれ以来、まともに口も聞けなくなっちゃったから」

 

 雛子はそう言いながら、加奈代の手を持ち上げて、自分が握っていた純白のブーケを握らした。

 

「これ、サプライズ。次のお嫁さんは、加奈代ちゃんだと思うからね」

 

 加奈代は手に持っていたブーケをじっと見つめる。真っ白な花で出来た可愛らしいブーケ。

 結婚すると思っていた相手は、今頃映画のエピローグのように逃避行しているだろう。

 

 加奈代の目からはぼたぼたと涙が溢れる。出すべき言葉も感情も分からず、口ははくはくと動くばかり。雛子はそんな様子の加奈代に驚いて、自分の涙を拭いていたハンカチを差し出すことしか出来ない。

 

 そんな時だった。

 

「サプラァイズ」

 

 空気の読めない声が加奈代の耳に響く。

 キッと言葉の主であろう梨乃の方へと、加奈代は振り向いた。

 

「これは、サプライズ、大成功だね」

 

 梨乃はそんな加奈代を見ながら、いつもと変わらない微笑みを浮かべていた。

 

 

 

 おわり

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