第17話 町の代表者


 「ソーマ様の身が心配ですか?」

 イゼさんが、あたしの不安を見透かしたかのような言葉をかけてきた。

 「当然でしょ」

 「安心してください。

ソーマ様は、ご無事です。

 少なくとも、生きておられます」


 「どうして、そんなことが分かるのよ」

 イゼさんの言葉が気軽な慰めに聞こえ、あたしの声にトゲが生まれた。


 物騒な怪物が闊歩する世界なのだ。

 ソーマが死んでいる可能性が無いとは言えない。

 それを簡単に「生きている」と言ったイゼさんに、苛立ちが抑えられなかった。


 「わたくしが生きております」

 「……え?」

 イゼさんの言葉の意味が理解できなかった。

 「ソーマ様が死ぬようなことになれば、どれだけ離れていようとも、わたくしも瞬時に塵となって崩れ去ります」


 「……そ、そうなの?」

 「ですから、ソーマ様は生きておられます。

 ただ、なんらかの理由で、帰ること出来ないのでしょう。

 ならば、必ず二人でお迎えに参りましょう」

 「……うん! 行こう!」

 元気が出てきた。


 「まずは、町の代表者たちとの交渉ですね。

 わたくしにお任せください」

 イゼさんが階段に向かって歩いていく。

 だいぶ汚れた黄色いシャツの背中が頼もしく見えた。

 だめじゃない。

 いざという時は、やっぱり頼りになるイゼさんである。


 「……あ、ミホさん。

 ひとつ頼みがあるのですが」

 階段の手前で、イゼさんが振り返って言った。

 「なに?」

 「さっき、マリーちゃんの態度が素っ気なかったでしょう。

 あれはミホさんに、責任があると思うのです」


 「あたしに?」

 「わたくしが、ミホさんの部屋に、二人っきりでいたことで、ヤキモチを焼いたのですよ。

 わたくしとミホさんは、そのような関係ではないと、はっきり彼女に伝えてほしいのです。

 少なくとも、わたくしには、そのようなつもりはありません」

 小さな目をクリクリと動かしながら告げてきた。


 ……少なくとも、わたくしにはありませんって、はあ? 

 なに? ならば、あたくしの方には、そーいうつもりが、ちょっとでもあるっての?

 ……うん。なんかこう、一転して、あたしの中に、イゼさんに対する、邪悪なものが湧いてきた。


 階段を降り、イゼさんがドアを開ける。

 あたしたち二人は、酒場のホールに出た。

 

 思っていた以上に人がいた。

 あたしたちが出てきたのは、店の奥、カウンターの横にあるドアからである。

 正面には、丸テーブルが幾つか並ぶホールがあり、そこを通り抜けたると、この酒場の出入り口がある。

 ここから見て、ホールの左側に多くの人が集まっていた。


 さすがに子供の姿は無かったが、年配者から若者まで、三十人ほどの人々がいた。

 ショールを肩に掛けた、上品そうな老婦人。

 胸板の厚い、仕事着姿の中年男性。

 ふくよかで優しそうな目をした中年女性。

 杖を手にした、神経質そうな老人。

 艶やかな衣装を着た若い女性……。

 集まっている人々は、性別や身なりに統一感がなかった。


 それぞれが各テーブルの椅子に座ったり、壁際に並んで立ったりしている。

 酒場なのに、飲食をしている人はいない。

 野次馬のように見えなくもないが、みんな、行儀よく静かにしている。

 見学者や傍聴人と言ったところだろうか?


 逆に、ホールの右側は、人がいない。

 いや、正確には、奥に観葉植物が衝立のようになっている一角がある。

 そこに何人かが座っているのが、観葉植物の間から少しだけ見えた。

 マリーちゃんの言っていた「町の代表者」なのだろう。


 そのマリーちゃんは、あたしたちの左横に位置するカウンターの前に、さっきの女性従業員と共に立っていた。

 真正面、出入り口の方に顔を向け続けているため、あたしと視線が合うことが無かった。

 なんだか不自然だよね……。

 マリーちゃんの仕草に、あたしは胸騒ぎがした。

 

 「おはようございます。

 昨夜はゆっくりとできましたか?」

 カウンターの内から、髭面のマスターが出てきた。

 このマスターは、昨夜と変わらず愛想が良い。


 「もう一人の少年は?

 たしか、ソーマさんと言いましたよね」

 マスターの視線が、ソーマを探す。

 「えっと、あの……、迷子になっちゃったのかな」

 「迷子?」

 あたしの適当な返答に、マスターは怪訝な顔になった。


 「まずは、代表者の方々に、そのことも含めて、ご説明したいと思います」

 会話に入ってきたイゼさんが、うまく流してくれた。

 やはり、このあたりは大人である。


 「では、奥へ」

 マスターの案内で、観葉植物の向こうの席に案内された。

 楕円形のテーブルがある。

 先着していた町の代表者の三人は、席を立って出迎えてくれた。


 「どうぞ、こちらへ」

 あたしとイゼさんは、楕円形のテーブルと壁の間の席を勧められた。

 上座である。

 この世界でも上座になるのだろうか?

 勧められた席に移動はしたが、まだ座らない。

 先方も立ったままである。


 テーブルをはさんで向かい合ったとき、あたしは、町の代表者は三人ではなく、四人であると気が付いた。

 立っている三人の横、向かって右端に、テーブルに突っ伏している老人がいたのだ。

 「はっ、かか……っふ、はふん」と、変なリズムで呼吸をしている。


 テーブル越しに、強い酒の匂いが届いてくる。

 老人は、思い切り酔い潰れていた。

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