第16話 ソーマの行方


 「どうぞ」と答えると、ドアが開き、マリーちゃんが姿を見せた。

 後ろには、もう一人女性従業員がいた。

 昨夜、マリーちゃんと共に、酒場のホールで働いていた女性である。


 「マリーちゃん!」

 イゼさんが、嬉しそうな笑顔を見せる。

 マリーちゃんは、そんなイゼさんをスルーして、あたしを見た。


 「おはようございます。

 朝食と洗顔の用具をお持ちしました」

 マリーちゃんが差し出した編み籠には、焼き立てのパンが幾つか入っている。

 編み籠がテーブルの上に置かれると、もう一人の女性が、フルーツジュースがたっぷりと入ったグラスを二つ、その横に並べた。


 「イゼ様の朝食は、お部屋の方にご用意しております」

 マリーちゃんが、イゼさんに言う。

 今、テーブルに並べられたのは、あたしとソーマの分であると遠回しに告げたのであろう。


 「洗顔の用具です」

 真新しいタオルが収まった、小さな編み籠も渡された。

 タオルの上には、15センチほどの木の棒が二本、乗っていた。


 棒の一端は、細く削られ尖っている。

 逆の一端は、叩いて潰し、繊維が筆のようなブラシ状になっている。

 これは房楊枝という歯ブラシだ。

 ブラシ状の部分で歯を磨き、尖った方は爪楊枝のように使って、歯間の汚れを取る。


 「昨夜の脱衣所に、湯の入った桶をご用意しています」

 「ありがとう」

 あたしは笑顔でお礼を言った。


 「用意が整いましたら、店のホールまでお越し頂けますか?

 町の代表の方々が、ぜひお会いしたいとお待ちしております」

 マリーちゃんの態度は、昨夜と違って硬い。

 今は、公式なメッセンジャーとしての立場で来たということだろうか。


 「あの、そのことだけど……」

 「承知した。

 用意が出来たら、すぐに行くよ」

 あたしの言葉をさえぎり、イゼさんが、妙に自信に満ちた笑みで、マリーちゃんに答えた。

 「よろしくお願いします」

 マリーちゃんは頭を下げると、もう一人の女性と共に部屋を出て行った。


 「ちょっと、イゼさん!

 どうして即答するのよ!」

 マリーちゃんたちが去ると、あたしはイゼさんに詰め寄った。

 「適当に時間稼ぎをして、せめてソーマが戻るまで待った方がいいんじゃないの?」

 

 「理由があるのです」

 「理由?」

 「昨日の夜、マリーちゃんのタイプは、頼りがいのある男性と聞いたのです。

 ならば即断即決ができる男だと、態度でみせるべきでしょう」

 イゼさんは、あたしにまで、ニヤリと自信に満ちた笑みを向けた。

 ああ、ダメだ。

 こいつは、優先順位が無茶苦茶だ。


 とりあえず、イゼさんを部屋から追い出すと、あたしは、パンを二つ食べた。

 空腹感はまるで無かったけど、しっかりと噛んで飲み込む。

 グラスのジュースも飲み干した。

 今、少しでも体力をつけておくことが、最善の行動だと考えたのだ。


 それから夜風で乾いた、下着や靴下、セーラー服に着替えた。

 ブラジャーが半乾きなのが泣ける。


 昨夜、マリーちゃんから受け取った衣類は、畳んできんちゃく袋に入れた。

 断ることが出来るなら、何とかして怪物退治を断りたい。

 だけど、そのときに、もらった服を着ていれば、断り辛くなると思ったのだ。

 もちろん、これが無駄なあがきだとは、分かっているけど……。


 階下の脱衣所で洗顔を終え、再び部屋に戻る。

 やはりソーマは帰ってきていなかった。


 小さくノックの音がした。

 「ミホさん。イゼです。

 ご用意はできましたでしょうか?」


 ドアを開けるとイゼさんが立っていた。

 部屋を出る前に、あたしは、もう一度振り返って窓を見た。

 ソーマが戻るまで待った方がいいとイゼさんに言ったけど、ソーマが帰って来る気配は無かった。


 きっと帰ることが出来ない状況に陥っているんだ。

 それなら、あたしが約束を守らなければならない。

 あたしは、ソーマとの会話を思い出した。


 『……もし、おれが倒れていたら?』

 『ソーマが倒れていたら、バッタが出ようが、化け物鳥が出ようが、絶対に走って助けにいくよ』


 怪物退治などしている場合じゃないのだ。

 でも、もしかして……。

 あたしは嫌な可能性を考えた。

 これから、退治を頼まれることになるだろう怪物。

 その怪物が、ソーマを捕えている可能性を考えたのだ。

 そして、最悪の場合は……。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る