第15話 二日目の始まり


 ドアを開けると、笑顔のイゼさんが立っていた。

 満面の笑みが怪しい。

 「おはようございます。

 ソーマ様は?」

 挨拶もそこそこに、イゼさんは、あたしの背後に視線を向け、部屋の中にソーマを見つけようとする。


 「入って」

 この場所でソーマの不在を話し、誰かに聞かれればマズイと考えたあたしは、イゼさんを部屋に招き入れた。

 「お姿が見えないようですが?」

 室内にソーマがいないことに、イゼさんは不審な顔になった。


 ソーマを見習い、伝声菅を指で示してから、あたしは戸口に立ったまま、小声でイゼさんに説明をした。

 「昨日の深夜、窓から外に出ていったみたいなの。

 朝までには戻るって約束したんだけど、まだ帰ってきてないわ」

 説明を聞いたイゼさんは、困ったような表情になると、開けっ放しになっている窓に顔を向けた。


 「ねえ、イゼさん。

 さっき、ソーマに至急、話したいことがあるとか言っていたけど、何なの?」

 「……わたくしたちは、これから、怪物退治に向かうことになりそうです」

 イゼさんは、窓に視線を向けたまま、小さな目を細めて言う。

 「怪物退治?」

 驚いたあたしは、昨夜、ソーマの言っていた言葉を思い出した。


 『ミホちゃんは、無邪気過ぎだろ。

 無償の施しの訳が無いじゃん。

 絶対に、代償を求められるに決まってるさ……』

 イゼさんの言う、怪物退治というのが、その代償なのだろうか。


 「……でも、イゼさん。

 どうして、そんなことを知っているの?」

 あたしは疑問を口にした。

 「詳しくは、この後、町の有力者から告げられるはずなのですが、昨夜、マリーちゃんがそっと教えてくれたのです」

 マリーちゃん? 親し気な呼び方である。

 しかも、昨夜と言った。


 と言うことは、部屋を案内されてからのことだろうか。

 イゼさんも、マリーちゃんと親しくなったのだろうか?

 疑問の答えのひとつに、例の魅了魔法のことが思い浮かんだ。


 「イゼさん。

 まさか、マリーちゃんに、チャームを使ったんじゃないよね」

 そう問うと、イゼさんの視線が、窓からあたしに戻った。

 その顔が、とてつもなく幸せそうに緩んでいる。


 「いやいや、それがですね。

 あの後です。あの後」

 イゼさんは「ぬふふふ」と堪えきれないように笑い声をもらした。


 「ソーマ様とミホさんが部屋に案内され、わたくしも一人部屋に案内されました。

 後でお風呂をいただき、さて、寝ようかと思っていたところ、ノックの音がし、マリーちゃんが現れたのです」

 「ホントに?」

 「はい。わたくしの部屋にやってきたマリーちゃんは、異世界、ああ、つまり、わたくしたちが元々いた世界の話を聞きたいと、はいはい、マリーちゃんからですよ、そうおっしゃってくれたのです」

 イゼさんは、めちゃくちゃ幸せそうな顔で言った。


 「深夜、わずかな時間でしたが、わたくしの部屋で、二人で語り合いました。

 なんと濃密で幸せなひと時であったことでありましょうか。

 マリーちゃんは女神です。

 天使のような笑い声が、未だに耳に残り、わたくしめに向けられた笑顔が脳裏に焼き付いております。

 そのような天使とも言える女性に、チャームなどかけることはいたしません」

 どこかで聞いたことのあるセリフを真顔で宣言した。

 ……ウソではないらしい。


 「そうなんだ」

 あたしがとりあえず納得すると、イゼさんは、再びあたしの背後の窓に視線を向けた。

 そして話を続ける。


 「そのときにですね、翌朝、つまり、今ですな。

 翌朝になると町長や神父たちから、西の岩山に巣食う怪物の退治を頼まれるはずだと、こう教えてもらったわけです」

 「でも、あたしたち二人で怪物退治なんて、絶対に無理でしょ」

 「マリーちゃんからも頼まれました」

 イゼさんは、聞いてもいないことを続けた。


 「まさか、イゼさん……」

 「ええ。昨夜、その場で、怪物退治を引き受けました」

 イゼさんは、とても素晴らし事をしたとでも言うような笑みを見せた。


 「ど、どうして勝手に決めるのよ!」

 「マリーちゃんが困っていたのです」

 「それは、分かるけど……」

 「心配無用です。

 ソーマ様がその気になれば、怪物など容易く倒せましょう」

 ソーマが出ていった窓を見詰めたまま、イゼさんが言う。


 「だから、そのソーマがいないのよ」

 あたしも振り返り、イゼさんの視線を追うように窓を見た。

 「ねえ、イゼさん。

 窓を眺めていても、ソーマが戻って来、る……!」

 あたしは、「ひいい!」と短く叫んだ。


 忘れていた。

 そこには、セーラー服とスカート、ショーツにブラジャーを干したままなのだ。

 外から見えないように、下着は室内側に干している。

 つまり室内からは丸見えなのだ。


 「だあああああああ!」

 あたしは窓に駆け寄り、慌てて手を伸ばすと、干していた下着を手に取り、イゼさんを睨みつけた。

 「ちょ、ちょ、ちょっと! なに、ジロジロとあたしの下着を見てるのよ!」


 「え? 下着? 

 おや、そこに下着を干されていたのですか。

 まったく気づきませんでした。

 私は、ただ、ソーマ様が今にも戻って来られるのではないかと思い、窓を見詰めていただけでございます。はい」

 イゼさんは、丸く小さな目をクリクリと動かしながら言った。

 胡散臭すぎる。


 そのとき、コンコンとノックの音がした。


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