第14話 夜の翼
「ソーマ」
あたしはソーマに視線を向けた。
ソーマに部屋割りを任せたのだ。
「部屋は……」
あたしとイゼさんのやり取りをおもしろそうに聞いていたソーマは、少し考えると続けた。
「おれとミホちゃんが二人部屋を使う。
イゼ、お前は個室を使え」
意外だった。
ソーマは、あたしに個室をくれると思っていたのだ。
「承知しました、ソーマ様」
イゼさんは、一切異論はございません。そもそもわたくし、やましいことは考えておりませんでした。と言うような笑顔をみせた。
「それでいいよ。うん」
あたしも頷く。
ソーマが、変な気を起こして襲い掛かって来るとは、まるで思えなかったからである。
マリーちゃんに案内され、あたしとソーマは二人部屋、イゼさんは個室へと入った。
「何かあれば、遠慮なく鈴を鳴らしてください。
では、ごゆっくり」
「ありがとう、マリーちゃん」
あたしは、心から感謝した。
「この鈴か」
ソーマは壁に掛かっている鈴を見ながら頷いた。
その横には、床から伸びたパイプが、壁に設置されている。
おそらく伝声菅であろう。
パイプの反対側は、酒場のカウンター内にでも繋がっているはずである。
鈴を鳴らせば、管の内部を通った音が反対側まで響き、店の誰かが気づくというシステムだ。
部屋は質素だった。
ベッドが二つ、両側の壁に密着するように置かれ、その間に小さなテーブルがある。
明かりはランプと反射塗料。
ドアの鍵は、スライド式の簡単なものであった。
ドアを開けた正面、テーブルの向こうには両開きの窓があった。
「ミホちゃんを個室にすると、夜中、イゼが忍び込むかも知れないだろ」
伝声菅から離れたソーマは、窓を開け、外の鎧戸も大きく開け放った。
気持ち良い夜風が入り込んで来る。
「そうなの?
でも、その場合、イゼさんは、ソーマと一緒の部屋なんでしょ。
ソーマにバレて、叱られることを考えたら、そんなことしないんじゃない?」
あたしは、入口のそばにあった細長いクローゼットのドアを開いた。
「あった」
中には幾つかハンガーが掛けられていた。
これを探していたのである。
「ミホちゃん」
ソーマは、ベッドを指さしてあたしの名前を呼んだ。
「なに?」
あたしが怪訝な顔を見せると、ソーマは指を動かし、今度は伝声菅をさした。
……分かった。
盗聴を警戒しているのだ。
……小声で話したいけど、身長差があり過ぎるため、あたしに、ベッドに座ることを求めてきたのである。
あたしはハンガーときんちゃく袋を持って、伝声管からなるべく離れたベッドの端に座った。
「おれは夜中になったら、外に出ようと思っているんだ。
町の中や外を調べてくるよ」
あたしの耳元に口を寄せ、窓を指さしたソーマが小さな声で言った。
「え? 窓から?
もしかして、飛ぶの?」
あたしも囁き返す。
「飛ぶよ」
「ええ!
もしかして、背中から翼が生えるの?」
あたしは目を丸くして聞いた。
「生えるよ」
「すっごい。
ね、見せてくれる?」
「また今度ね。
今日は疲れただろ。
外に出るのは夜中だから、ミホちゃんは寝てなよ」
たしかにあたしは睡魔を感じていた。
「じゃあ、ソーマ、二つ約束して」
「約束?」
「絶対に、朝までには、帰って来てね」
「帰って来るよ」
ソーマは、大人びた笑みを口の端に浮かべた。
不安がっているあたしを子ども扱いしている笑みである。
あたしは、きんちゃく袋から出したセーラー服をハンガーに通した。
それから立ち上がると、普通の声で続けた。
伝声菅に耳を澄ましている者がいたら、充分に聞こえる声である。
「ねえ、ソーマ。
風通しの良い窓際に、パンツとブラジャーを干すけど、あんまりジロジロ見ないでね。恥ずかしいから」
「み、み、ばッ……。見る訳ないだろ!
バカ言ってんじゃねえよ!」
ソーマは顔を赤くし、ムキになって否定した。
このあたりは、子供っぽくてよろしい。
ハンガーに通したセーラー服とスカートを窓枠に引っ掛け、外から見えない部屋側に、下着や靴下も干した後で、ベッドの端に座った。
「でもさ、この町の人たち、親切で良かったよね」
「そうだな」
答えたソーマは、あたしに近寄り、耳元に口を寄せた。
「ミホちゃんは、無邪気過ぎだろ。
無償の施しの訳が無いじゃん。
絶対に、代償を求められるに決まってるさ」
「やっぱり、そうなの?」
「イゼも単純過ぎだ。
転生者だって、正体を明かして、今は良いように転がっているけど、この先、どうなることか……」
ソーマがさらに小声で続けた。
「この世界の有力者とすでに知り合っている。
有力者から密命を受けている。
これぐらいを匂わせ、保険をかけていれば良かったんだけどね」
「なるほどね」
……結構、色々と考えてるんだ。
あたしだけが、なんだか足ばかり引っ張っているみたいであった。
「あたし、何だか眠たくなっちゃった」
「おやすみ」
「ソーマ。約束、忘れないでね」
「ああ」
あたしは、ベッドに横になると、掛け布団の中に潜り込んだ。
しばらくすると、ソーマがランプの明かりを消したことが何となく分かった。
闇の中で眠りに落ちる寸前、ふわふわと疑問が浮かび上がってきた。
ソーマは、どんな暮らしをしていたのだろう?
どうして死んじゃったんだろう?
ヴァンパイアは不死身と言われているけど、それでも死に至らしめる方法はあったような気がする。
むごいころされ方をしたんだろうか……。
そして、ソーマに転生のことを教えた知り合いって……。
あまりにも多くのことが起こりすぎて、日中は何ひとつ聞けなかった。
明日は聞いてみよう……。
いや、聞かないほうがいいのかも……。
あたしは眠りに…………落ち……た。
開きっぱなしの窓から差し込む朝陽で目が覚めた。
朝になっている。
「……ソーマ?」
あたしはベッドの上で身を起こした。
部屋の中に、ソーマの姿はない。
向かいのベッドが使用された形跡もない。
心臓の鼓動が跳ねあがる。
ノックの音がした。
「ソーマ様、ソーマ様」
イゼさんの声だった。
「至急、お話ししたいことがございます。ドアをお開けください。ソーマ様」
嫌な一日が、始まりそうな予感がした……。
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