第13話 部屋割り


 現れたマリーちゃんは、スリッパまで持ってきてくれていた。


 「こっちです」

 スリッパを履くと、マリーちゃんが案内してくれる。

 酒場のホールには戻らず、ドアの左右にあった階段の内のひとつをあがった。


 階段をあがり切ると、そこは二階の回廊であった。

 手すりの向こうからは、酒場のホールが見下ろせる。

 入って来た時とは違い、ホールのテーブル、カウンターは満席だった。


 集まった人々は、回廊を見上げている。

 当然、あたしと目が合い、ホールの人々が「おお!」とどよめいた。


 「え、なになに!」

 驚いて、ホールから見えない位置にまで下がる。

 と、ソーマの声がした。

 「ミホちゃん、こっちだよ」


 顔を向けると、回廊から少し奥に引っ込んだところに、低いテーブルと椅子があった。

 簡単な談話スペースのような一角である。

 ソーマとイゼさんが、そこにいた。


 「ねえ、どうなってるの?」

 二人に近寄り、視線を手すりの方向に向けて問う。

 「転生者が珍しいみたいだな」

 「我々の話が広がり、町の人々が集まったようです。

 質問攻めに合うので、こちらへ移動してきたのです」

 ホールの人々は、ヤジ馬と言うことである。


 「気を悪くなさらないでください。

 みんな、転生者を見るのは初めてなんです」

 そう言ったマリーちゃんは、「私も」と付け加えた。

 

 イゼさんは、過去、数千人の転生者が、この世界に訪れた可能性を語っていたが、そのスパンは数百年とも言っていた。

 さらに、この世界が地球ほどの広さがあり、転生者がランダムな場所に現れるなら、話には聞いたことがあっても、出会ったことが無い人が大半なのであろう。


 「ミホさん、お風呂はどうでしたか?」

 イゼさんが話題を変えた。

 「ちゃん」ではなく「さん」と呼ぶことにしたらしい。


 「極楽だったわよ」

 「構造は? やっぱり五右衛門風呂でしたか?」

 「……いや、あれは鉄砲風呂だったと思うけど」

 あたしは、湯船を思い出して答えた。


 五右衛門風呂とは、言ってしまえば、かまどの上に巨大な鉄釜を設置し、その鉄釜を木桶で囲むようにして湯船を作る構造となっている。

 そこに水を入れ、釜の底で火を起こし、湯を沸かすのだ。

 直接、釜を炙るため、そのまま湯船に入れば、熱くなった釜底に触れて火傷をしてしまう。

 なので、木製の底板を沈め、その上に座るようにして湯に浸かるのである。

 大どろぼう、石川五右衛門が釜茹での刑にされたという俗説から、五右衛門風呂と呼ばれる。


 鉄砲風呂は、湯船の底も木でできている。

 どのように湯を沸かすのかというと、湯船の一角を格子状の竹で囲み、そこに鉄製の長い筒を入れるのだ。

 底の部分は溶接された鉄の筒である。

 水を湯船に満たした後、鉄筒の中に熱く燃えた炭を放り込む。

 鉄筒の上部は湯船から煙突のように突き立ち、換気口の役目をしている。

 炭の火力で鉄筒が熱くなり、湯船の水を温めるという仕組みである。

 さっきのお風呂では、この鉄筒の先は壁に設置された通風孔から外に出ていた。

 湯船の中の鉄筒に触れると、当然、火傷をするので、格子状の竹で囲んでいるのだ。


 「鉄砲風呂?」

 ソーマが怪訝そうな顔で言うので、あたしは今のことを簡単に説明した。

 説明し終えたあたしは、イゼさんが不思議そうな目で、こっちを見ていることに気づいた。


 「なに?」

 「いや、よく御存じだと思いまして……。五右衛門風呂はともかく、鉄砲風呂を知っている人は、そう多くないかと」

 イゼさんの言葉に、あたしは眉を寄せた。

 少し前に、似たようなことを言われた記憶がある。


 ……ソーマだ。

 あたしが『蹴爪』という言葉を知っていると、意外と物知りだと驚かれたのだ。

 もっともなことである。

 なぜあたしは『蹴爪』や『鉄砲風呂』なんてことを知っているのだろうか?

 『蹴爪』は、雑学として持っていたかもしれない。

 でも『鉄砲風呂』の名称や仕組みなど、普通の女子高生が知る機会は、そうそう無い気がする……。


 「店主のご厚意で、宿泊できる部屋を用意していただきました。

 ここは宿屋を兼ねた酒場のようですな」

 「ふ~~ん」

 自分の考えに没頭し、イゼさんの言葉を聞き流す。


 あたしは普通の高校生のはずだ。

 両親の顔も思い出せる。

 あたしのことを「ミホちゃん」と呼ぶ友達。

 学校、教室、登下校の景色。

 そして、浮気をした彼氏の和也……。


 でも、なんだろう……。

 平凡な記憶の裏側に、別のものが潜んでいる気がする。


 「用意していただいたのは、個室と二人部屋です。

 やはり、主であるソーマ様に、個室を使用していただきたいと思っております」

 「……うん」

 なんとなく頷いた後で、油断も隙も無いことに気付いた。


 「そんな、わけないでしょ!」

 あたしは、イゼさんを睨んだ。


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