第11話 歓迎の食事


 「可能性は高いと思っておりました」

 答えたイゼさんは、笑顔でタネ明かしをした。

 「入る前に建物を見上げると、『酒・BEER』と書かれた看板が見えたのです」

 気が付かなかった……。


 「あとさ、転生者だって言っちゃって良かったの? 

 って言うか、そもそも、転生者という言葉が、ここの人たちに通じたことに驚いているんだけど」

 「それはですね……」

 イゼさんは少し言葉を途切れさせた。

 どう説明すれば、あたしに理解できるかを考えているようであった。


 「私たちの使う言葉や文字が、この世界に浸透しているということは、以前にも、転生者が、この世界にやってきたということです」

 「うん。そうなるよね」

 あたしは頷いた。

 それぐらいは理解できる。


 「一人や二人の転生者が、短期間の間に、広範囲に渡る言語体系に、大きな変化を与えるとは考えにくいでしょう?」

 「うん」


 「少なくとも何十年、もしかしたら何百年も前から、多くの転生者が、この世界へ訪れていたのではと考えたのです。

 おそらく総数は数百人、いや、数千人はいたのではないでしょうか。

 その結果、転生者の使う言語が、この世界に住む人々の間で広がったのでしょう。

 元々、この世界にあった言語や文法は、その過程で駆逐されたのかも知れませんね」


 あたしは、この世界に入る前に並んでいた、あの行列を思い出した。

 イゼさんは続ける。

 「それほど多くの転生者が訪れたのなら、中には、自身が転生者だと説明した者も、少なくは無かったのではないかと推測した次第であります」

 

 「つまり、この世界じゃ、転生者が何者かという知識は一般的だと言うことね」

 あたしは「は~~」と、感心の声を漏らした。


 「どのみち服装や会話の内容から、いずれは私たちが転生者と知れることでしょう。

 ならば早い段階で、こちらからオープンにした方が、相手に好印象を与えることにもなるかと考えました」

 「ねえ、ソーマ。

 イゼさんって、思ったより頼りになるよね」

 ソーマは何も答えず、皮肉めいた笑みを唇の端に浮かべた。


 その笑みを『不愉快』と捕らえたのか、「あわわわわ」とイゼさんがうろたえた。

 「ソーマ様のお許しも得ず、勝手な振る舞いをしてしまい、申し訳ございませんでした」

 「えええ? 謝ることないじゃん」

 あたしがそう言った時、髭面のマスターがカウンターを回り、ホール側に出てきた。

 

 「どうぞ、こちらのテーブルへ。

 さあ遠慮なく」

 マスターが愛想の良い笑顔で、四人掛けのテーブルにあたしたちを招いた。

 「今、料理を作らせていますから」

 「待って、待って、待って!」

 あたしは慌てて声をあげた。


 「あたしたち、この世界の通貨? 

 そういうのを全然持っていません」

 そう言ってイゼさんとソーマを見る。

 イゼさんは肯定するように頷き、ソーマはそっぽを向いている。


 二人とも通貨の代わりになりそうなものは、持っていないと言うことであろう。

 「ああ、気にしないで大丈夫です。

 昔から、転生者はできる限りもてなせと言われているですよ」

 そう答えたマスターの向こうから、二人の女性従業員が、トレイにグラスや料理を乗せてやってきた。


 「さあ、座って座って」

 マスターが、あたしたちをうながした。


 次々と運ばれて来た料理で、テーブルは埋まった。

 グラスに注がれた葡萄酒、ミルク、果汁。

 蒸した数種の根菜類。

 岩塩が添えられた、ウサギらしき動物の丸焼き。

 肉と野菜がたっぷりと入ったミルク煮。

 塩焼きにした大きな魚。

 揚げたエビ。

 軽く焦げ目のついたパンにチーズ。

 柑橘系の果物。


 あたしはゴクリと大きく喉を鳴らしてしまった。



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