第10話 酒場へ
イゼさんが、荷馬車を見たという方向へしばらく進むと道を見つけた。
石畳で舗装されたような道ではない。
人や馬車の行き来する頻度が高いため、その場所だけ土が踏み固められ、草が生え無くなったラインが伸びている。
そんな道である。
陽が沈み始める中、道に沿って歩いていくと、森を切り開いた田畑や作業小屋、切り倒した木材を一時的に保管する倉庫らしきものが見え始めた。
そして、陽が遠い山脈の稜線に沈み切ったとき、あたしたち三人は町に到着した。
後でイゼさんに聞いた話では、町と村の違いは、人口によって決まるらしい。
とは言っても、日本の場合である。
しかも、その要人口は各都道府県の条例によって、差があるというのだ。
要人口の多いところでは、人口一万五千人を超えれば町、それ以下は村と定める県。
要人口の少ないところでは、人口三千人を超えれば町、それ以下は村と定める県などがある。
たどり着いたこの町に、三千人以上の人々が住んでいるとは思えない。
視界に入る住居や公共施設らしき建物のシルエットからみて、その半分程度ではないだろうか。
それでも村というより、町と呼んだ方がふさわしいと、あたしは思う。
町の周囲は、柵や堀で囲われているでも無く、歩いてきた道が、そのまま町の大通りになっていた。
星が瞬き始めた町の通りに、人影は無かった。
でも、人の気配はある。
明かりが漏れている建物がいくつもあり、大人の笑い声や赤ん坊の泣き声、食器を洗っているのか、陶器が触れ合う様な音もかすかに聞こえてくる。
大通りから左右に幾つか道が分かれ、そこに幾つもの住居が建てられている。
通りの奥には、寺院らしい大きな建造物のシルエットも見えた。
「思っていたより大きな町だな」
周囲を見回しながらソーマが言う。
苦手な太陽が沈んだせいか、森の中に現れたときより、ずいぶんと元気そうに見えた。
フードをあげて夜風に顔をさらし、手袋も外している。
「辺境の開拓地ではないようですな。
建物の数やインフラ設備からみて、衛星都市を繋ぐ、中継地の町のひとつと言ったところでしょうか」
イゼさんが丁寧に答える。
「ねえ、あの建物」
あたしは、前方に現れた、二階建ての大きな建物を指さした。
出入り口らしき場所の左右に篝火が焚かれ、周囲の闇を追い払っている。
幾つかある窓は、屋内の黄色い明かりを浮かびあがらせていた。
酔ったような笑い声や嬌声が届いてくる。
「建物の造りや、この時間帯に大勢の人が集まっている雰囲気からして、まず間違いなく、酒場でしょう」
建物を見る目を細めて、イゼさんはそう言った。
「酒場での情報収集は基本。立ち寄ることをお勧めします」
「じゃあ、行くか」
イゼさんの提案をソーマが受け、あたしたちは、酒場らしき建物に向かった。
「ここは、わたくしめが」
イゼさんが先頭に立った。
少年のソーマを先頭にして酒場に入れば、初っ端からトラブルが発生するかも知れないと、気を利かしたようであった。
あたしも、夜に酒を出す大人の店に入ったことはない。
ここはイゼさんに任せるしかなかった。
篝火の間を抜け、あたしたち三人はスイングドアを押し開けて、建物内へと入った。
イゼさんの予想は的中した。
そこは西部劇の映画に出てきそうな作りの酒場であったのだ。
明かりは、ランプと燭台のロウソク。広々とした店内には、幾つかの丸テーブルが置かれ、数組の客が酒を酌み交わしている。
客に入りは、四割といったところであろう。
あたしたちが店内に入った瞬間、寸前まで聞こえていた笑い声やざわめきが、見えない穴に吸い込まれたかのようにスッと消えた。
気まずい……。
とてつもなく気まずい空気の中、あたしたちは正面に見えるカウンターへと歩いた。
よそ者を警戒する視線が、ビシビシと四方から突き刺さってきた。
この時になって、今更ながら、重大なことに気付いた。
そう、あたしたちは、よそ者なのだ。
……言葉は通じるのだろうか?
イゼさんは、そのことに気付いているのかいないのか、正面にあるカウンターに到着した。
カウンターの向こうからは、酒場のマスターらしき髭面の大男が、あたしたちに鋭い目を向けている。
「見ない顔だな。旅人かい?」
髭面のマスターはそう言った。
それは、まぎれもない日本語であった。
あたしが驚いていると、イゼさんはマスターに答えた。
「わたしたち三人は、転生者です」
わたしはギョッとして、イゼさんに目を向けた。
いきなり正体を明かすようなことを言っても大丈夫なんだろうか?
そもそも、酒場のマスターらしき人物に、「転生者です」と言って、意味が通じるのだろうか。
あたしたちと店主の会話に耳を澄ましていたのだろう、マスターより先に、「おおおお」と客たちがどよめいた。
そしてマスターが、髭の中で大きな笑みを浮かべた。
「ようこそ、ロキアの町へ」
それから、「ちょっと待ってくださいよ」と言い残し、カウンター内を移動し、あたしたちの前から去っていった。
「やっぱり転生者だったんだ」
「服が違うものな」
「わしゃ、転生者を見るのは、初めてだよ」
「おれもだ。話には聞いていたんだけどな」
周囲から聞こえてくる客たちの言葉には、友好的な温かみが感じられた。
「ねえ、イゼさん。言葉が通じるって分かっていたの?」
あたしは小声で疑問を口にした。
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