第8話 血の属性
あたしたちは、倒れている黄色いシャツのところへ到着した。
雑草を払ってしゃがみ込んだあたしは、うつ伏せになって倒れている黄色シャツの顔を覗き込む。
意識は無いようだった。
でも、呼吸音は聞こえる。
黄色い男を挟んで反対側で、ドラゴンに噛まれた腰の傷跡をチェックしていたソーマが顔をあげた。
「腰回りが、ズタズタに抉られてるよ。
けど、ぶ厚い脂肪のおかげで、内臓は無事っぽいかな」
「じゃあ、助かるの?」
「それは無理。
二、三日も経ったら、感染症で死ぬだろうね」
あっさりと答えたソーマは、黄色男の頭の方に移動した。
黄色男の頭を挟み、あたしの対面の位置で膝をつく。
ソーマは少し前かがみになり、黄色の顔を覗き込んだ。
「助けられないの?」
無理な相談と分かりつつ、ソーマに尋ねてみた。
消毒液や抗生物質、縫合用の針も糸も無いのだ。
ここに現役の医者がいても、どうにもならないだろう。
「……気が進まないな」
ソーマの答えに驚いた。
気が進まないけど、助けることは出来るという意味にしか聞こえない。
「もしかしたら、助けることができるの?」
「でもなあ、このおっさんを助けてもメリットないだろ。
使えるのはチャームだし。
それ魔法だし……」
「助けられるんなら、助けてあげようよ。ね」
あたしがそう言うと、ソーマは実に嫌そうな顔をしながら、革手袋をはめたままの手で、黄色いシャツの頬っぺたをパシパシと叩いた。
黄色いシャツは、あたしの方を向いている。
四回叩くと、黄色いシャツが小さく呻いた。
意識を取り戻した黄色いシャツが、顔をあたしの方に向けたまま、薄く目を開けた。
完全に覚醒した感じではない。
「おっさん。助かりたい?」
ソーマが問うと、黒目が、黄色いシャツにとっては背後にいるソーマの方へと少し動き、肯定するように瞬きした。
「代償は、死ぬまで、おれの下僕になることだけど、それでもいいか?」
あたしは、ギョッとしてソーマを見た。
この状況で、とてつもない条件を出すソーマの倫理観が分からなかった。
もう、黄色いシャツの視線はソーマを見ていなかった。
力無く閉じかけた目で、真っすぐに、あたしの足元を見ている。
拒否ではなく、視線を動かすだけの力も残って無いのかも知れない。
「ミホちゃん」
ソーマが向かい側から、あたしを呼んだ。
「パンツ、見られてるよ」
「……!」
意味が分かったあたしは、スカートを押さえ「ぎゃああ!」と叫びながら飛び下がった。
至近距離で見られた。
黄色いシャツは、ソーマを見上げる力が無くなったのではなく、頭の横でしゃがみ込んでいた、あたしのスカートの中を覗きこんでいたのだ。
「ミホちゃんに頼まれたから、仕方なくやるんだぞ」
後ろに下がり、スカートを押さえて立っているあたしに向かい、黄色いエロシャツの横で膝をついたソーマが、恩着せがましく言う。
「お願いしゃーーす」
半分やけになって、あたしは頭を下げた。
あれほど助けてあげてとソーマに頼んだけど、半分ぐらいはどうでもよくなっていた。
むしろ黄色いシャツに、止めを刺したい方へ心が揺れている。
ソーマは、顔の下を覆っていたスカーフを外した。
でも、助けるって、どうするんだろうか?
今更ながらに思ったとき、ソーマがとんでもない行動に出た。
黄色いシャツの首筋に、ぞぶりと噛みついたのだ。
「ちょ、ちょっと! 何やってんの!」
あたしが声を上げると同時に、ソーマが「げべッ!」と変な声を上げながら立ち上がった。
「ぶわッ! かッ!」と喚きながら、何度も赤い唾を吐き捨てる。
「なんだ、こいつの血は!
ドッロドロで、どれだけ不健康なんだよ!
あぐ、なんか口の中がねちゃねちゃする」
ソーマは思い切り顔をしかめ、赤い唾を吐くのを止めなかった。
あたしの頭の中に、『背脂マシマシ濃厚スープ』のワードが浮かんだ。
あたしは、黄色いシャツの男を改めて見た。
血は流れ出ていないが、首筋に穴が二つ、ソーマに噛まれた跡がある。
そして、見ているうちに黄色いシャツの顔色が悪くなっていった。
血の気が失せ、唇は紫に、顔色は蒼白になっていく。
「……え? 大丈夫?
これって、むしろ死にそうになってるんじゃないの?」
あたしは、ソーマを見た。
「逆。もう、そのおっさんは簡単に死なないよ。
元気に生きているのかと言われれば、それもどうかと思うけどね」
ソーマは口元の血をぬぐいながら答える。
その口から牙が覗いていた。
あたしの視線に気づいたソーマは、唇の端に小指をかけて引っ張ると、鋭い牙をはっきりと見せた。犬歯ではなく牙である。
「おれが頼んだ願いは二つ。
一つ目は、ミホちゃんと同じ世界へ転生すること。
二つ目は、ラーニング」
「ラーニング?」
「自分の体に受けた相手の特殊能力を学習し、自分のものにする能力だよ」
あたしの疑問にソーマが答える。
……そうか、ハーピィの咆哮は、あたしが受けたとき、森の中にいたソーマも受けていたのだ。
そして、蹴爪で攻撃され、蹴爪の特殊能力も身につけたのだ。
「不死と言うのは、元からの属性なんだよ」
ソーマは、スカーフを戻し口元を覆った。
「……ごめん。意味が分からない」
……いや、そんなことは無い。
薄々分かっているけど、信じられないのだ。
「……おれはヴァンパイア。
吸血鬼なんだ。驚いたかい?」
ソーマは透明感のある笑顔で言う。
その笑顔が少し寂しそうだった。
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