第7話 黄色いシャツ
「……ねえ、ソーマ。
それはちょっと冷たすぎると思うんだけど」
「そう?」
あたしの言葉に非難の響きを感じたのか、ソーマは不満そうな顔になった。
「あの人、このままだと、死んじゃうかも知れないのよ」
「じゃあ、夜になったら、見に行こうよ。
それでいいだろ」
「だから、今、死にかけだって言ってるでしょ!」
面倒臭そうに答えたソーマに、つい口調がきつくなってしまった。
黄色いシャツの男性のことも気になるが、ソーマに、こんな冷酷な態度を取ってほしくなかったのだ。
「おれさ、陽の光が苦手なんだよ」
「温室育ちの令嬢みたいな言い訳だよね。
分かった、もういい!
あたしが一人で行ってくる!」
そう言い捨てると、あたしはソーマに背を向け、森を出ていった。
樹々の木陰から出て、草原の日差しを浴びた途端、ついさっき、あのハーピィとかいう化け物鳥に追いかけられた恐怖が蘇った。
捕まっていたら、たぶん生きながら食べられていたのだ……。
あの二匹は、本当に逃げたのだろうか。
もしかして、その辺りの草むらに潜み、あたしが森から充分に離れるのを待っているのかも知れない。
自分の想像で足がすくんだ。
でも、後ろからソーマが見ている。あんなに偉そうなことを言った手前、ここで引き返すわけにはいかなかった。
嫌がる足を前に出す。
……一歩。
……二歩。
……三歩。
三歩目を踏み出した足のそばの草むらから、小指ほどのバッタがチキチキと鳴きながら飛び出した。
「ふひゃあああああああ!!」
みっともない悲鳴をあげて、あたしは尻尾を踏まれたネコのように飛びあがると、猛ダッシュで引き返した。
転びそうになりながら、森に飛び込み、ソーマの元に逃げ帰る。
「無理無理無理!
ソーマ、一緒に行ってよ!
お願いだって!」
涙目で訴えると、物凄く迷惑そうな顔をされた。
ソーマはズボンのポケットから出した黒いスカーフで、目から下を覆った。
パーカーのチャックを首元までしっかりと閉め、フードを深く降ろす。
ハーピィに裂かれた部分は、草の茎を紐のように使って縫い止めた。応急処置である。
それからスカーフと一緒に取り出していた、薄い革の手袋をはめる。
防寒用ではなく、指にぴったりとフィットする手袋であった。
完全防備である。
陽の光が苦手とかではなく、これは日光アレルギーというレベルであった。
そう言えば、あたしを助けてくれた時も、頑なに木陰から出なかったことを思い出した。
「あの……、本当に、日光が苦手だったんだ。ごめんなさい」
あたしは申し訳なくなって、頭をさげた。
「気にしなくていいよ。
長時間じゃなきゃ平気だろうし」
ソーマは森から、太陽の光が降り注ぐ草原へと出た。
あたしは、陽が射す方向に移動し、少しでも自分の影にソーマを入れようとした。
自分の身長の高さに、少しだけ感謝する。
「ミホちゃんに、聞きたいことがあるんだけどさ」
少しでも陽の影響を避けようとしているのか、ソーマは顔を伏せて歩いている。
「なに?」
「どうして、あのチャームのおっさんを助けたいの?」
「どうしてって言われても……、ほら。この世界に一緒に転生してきた、仲間みたいなものでしょ。
色々と助け合えるかも知れないし」
「……じゃあ、もし、おれが倒れていたら?」
「ソーマが?」
あたしは当然のように即答した。
「ソーマが倒れていたら、バッタが出ようが、化け物鳥が出ようが、絶対に走って助けにいくよ」
「そう」
素っ気ない返事だったが、フードを被った頭が歩くリズムより早く、小刻みに揺れた。
たぶん喜んでくれているのだろう。
ちょっと可愛かった。
もう少しで丘を登り切る。
「ねえ、あたしからも聞いていい」
「いいよ」と、ソーマが答える。
「あの行列の窓口でさ、不死の願いを叶えてもらったの?」
ソーマは答えずに、うつむいたまま「ふふ」と小さく笑った。
「だって、ハーピィの蹴爪で切られた傷って、絶対に重症だったよね」
「おれさ、あの窓口で二つの願いを叶えてもらったんだよ」
「ええええええ! いいなあ~~」
あたしは本心から羨ましくなって言った。
「誰かさんとは違うよね。
あなたの望みは叶える必要が無いとか言われただろ。
インパクトのある笑いだったよね」
あたしはちょっと泣きそうになった。
辛いことの連続で、優しくしてほしいのに、小馬鹿にされると心が折れそうになる。
「最初に、ミホちゃんと同じ世界へ転生させてくれって言ったんだよ。
ミホちゃんが、心配だったからね」
丘を登り切ったときに、そう言われた。
やばい。涙腺が緩んでしまった。
優しくされても涙が出てきた。
大事な願いを、あたしのために使ってくれたんだ。
自分がどれほど心細かったのか、改めて感じた。
「そしたら、似たような顔の人間が現れて、なにか話し合った後、もう一つ願い事を叶えてやるって言われたんだよ」
「あたしの時との差は、一体何なの?」
あたしは情けない顔になって言った。
……あれ?
と、疑問が浮かんだ。
ソーマが叶えてもらった願いは二つ。
そのうちの一つは、あたしと同じ、この世界へと転生すること。
でも、大ケガを一瞬で治した不死?と、ハーピィの攻撃を模倣した魔法?を加えると三つになってしまう。
「ねえ、ソーマ……」
「あそこにいる」
たずねようとした時、ソーマが丘を下った場所を指さした。
そこに黄色いシャツの男が倒れているのが見えた。
黄色いシャツは、あたしが最後に見た場所から移動していた。
押し潰された草が蛇行して伸び、その先に黄色いシャツが倒れているのだ。
「生きてる! 生きてるよ!」
思わず声をあげ、あたしは急いで丘を下った。
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