第4話 怪鳥の咆哮


 あたしは、掠れたような悲鳴をあげると、慌てて逃げ出した。

 下ってきた丘の斜面を必死に駆けあがっていく。

 四つん這いに近い姿だ。

 手頃な草があれば、それをつかんで体を引き上げる。


 途中、一度だけ振り返った。

 鳥の化け物たちは、走るのが苦手なのか、それとも斜面を登ることが苦手なのか、意外ともたもたとしながら、あたしを見上げていた。


 これなら、なんとか逃げ切れる。

 丘を越えて、森の中へ逃げ込めば、隠れられる場所があるかも知れない。


 あたしは両脚をグイグイと動かし、丘を登り切った。

 そのとき、後ろから凄まじい咆哮が響いてきた。


 背中を突き飛ばされたようなショックを受け、あたしは激しい脱力感に襲われた。

 まるで背骨を抜き取られた気分であった。


 声量が凄まじかったこともある。

 しかし、その咆哮には、聞いたものにダメージを与える、得体の知れない効力があるとしか思えなかった。


 あたしは腰が抜けたように、膝をガクガクと揺らすと、前につんのめった。

 草地に手を突くが力が入らない。そのまま、ゴロゴロと斜面を転げ落ちていく。


 途中でスカートがめくれていることに気付いたが、どうにもならない。

 草まみれになって丘の下まで転がり落ち、あたしは、ようやく止まった。


 「最悪。絶対に体中にアザができてるって……」

 あたしは愚痴を言うことで、萎えそうになる気力を支え、何とか立ち上がった。


 あちこちぶつけた痛みのせいか、腰の抜けたような状態からは少し回復したが、今度は目が回って、まっすぐに歩けない。

 それでも何とか森に向かって足を進めながら、背後の丘を見上げた。


 三匹がひょこひょこと姿を見せたところであった。

 斜面を下る速度はどうなんだろうかと考えたとき、三匹は丘の頂で大きな翼を広げた。


 翼で風を受けたかと思うと、凧のようにふわりと後退しながら上昇し、一気に高度を上げた。

 猛禽類のように、上空から急降下し、あたしに襲い掛かってくるとしか考えられない。


 「もう、やだ」

 絶望感に包まれたあたしは、そこで気力が萎えた。


 座り込んで泣き出しそうになる。

 「ミホちゃん!」

 そのときあたしを呼ぶ声がした。


 姿を見つける前に、声の主が誰だか分かった。

 ソーマである。

 「ソーマ! どこ!?」


 「こっちだ! ほら、早く早く!」

 声のした方を見ると、森に数メートル入った、薄暗い場所にソーマがいた。

 フードを深くかぶり、こっちに向かって手を振っている。

 小さくきゃしゃな体が頼もしく見えた。


 「助けてッ!」

 あたしはソーマに向かって走った。


 今、分かった。

 この世界に通じるドアへと向かう前に、ソーマはあたしに向かって小さく頷いてくれた。

 あれは、おれも、その世界に行くからという意味だったのだ。

 だから、心配しなくていいよという意味だったのだ。


 「早く早く。後ろに来てるぞ!」

 「分かってる!」

 「ほらほら、追いつかれる」

 ソーマは手を振り、声を掛けるだけで、森の中から動こうとはしなかった。


 「早く走れって!」

 「ち、ちょっと……」

 息が切れる。

 「遅いって! 食べられてもいいのか!」


 「あんた、一体、なにしに来たのよ! 

 森から、出て来て、手を貸してくれるとか、そういうのはない訳!?」

 あたしは泣きながら怒鳴った。

 さっき感激したのは、一体何だったのか。


 怒鳴ると一気に息があがった。

 森に逃げ込む前に、化け物鳥に襲い掛かられる予感をひしひしと感じた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る