第2話 異世界へ
知り合いからは、転生を強く願った人間は、死後、別の世界に生まれ変わることが出来ると教えてもらったけど、どこまで正しいのか、よく分からないよ。
おれは、そうやって、ここにいるけど、ミホちゃんみたいに、違うパターンで、入り込んでいる人間もいるみたいだしね。
ともかく、転生の資格を得た人間は、亡くなった後、気が付くと行列に並んでいるらしいんだ。
この行列が、そうなんだろう。
そうとしか考えられないじゃん。
この列の先、あの窓口まで行くと、自分が転生する世界を指示されるらしいよ。
いや、元の世界じゃないだろう。
もしかしたら、転生を指示される世界の中には、元の世界があるかも知れないけどね。
そこまでは知らないよ。
おれの知り合いは、ドラゴンや巨人、魔獣がうろつきまわり、魔法が発達した世界に転生したって言っていたよ。
窓口にいるのは誰かだって?
さあ、神とか悪魔とか、そういうヤツらじゃないの?
どっちにしろ、もう少しで顔を合わせることになるんだから、自分で確かめなよ。
大切なのは、窓口で聞かれる質問に対する答えだよ。
だから、今から、それを話すって。
ほら、前。進んでるよ。
どんな能力が欲しい?
何が望みだ?
そういう意味のことを聞かれるはずだよ。
もしかしたら、三つの望みを叶えてやるとか言われるかも知れないね。
人によって、叶えてもらう望みの制限や数が違うかもしれないって言ってたけど……。
お金? 大金持ちになるチャンスって?
あのさ、お金もらってどうすんだよ。
そりゃ、転生する世界にも通貨はあると思うけど、ミホちゃんって結構、俗っぽいんだね。
普通はさ、異世界で生きていくために必要な能力や望みを叶えてもらうだろ。
「たとえば?」
と、あたしは聞いた。
「伝説の剣が欲しいとか」
「なにそれ?」
「ゲームと一緒だよ。
RPGゲームをやったことはある?
モンスターを倒しながら主人公を成長させ、最後に魔王を倒すようなゲームだよ。
序盤から、最強の武器を手に入れれば、楽にゲームを進めていけるだろ」
「……は、はあ」
あたしは気の抜けた返事をした。
「不死不老の肉体が欲しいってのもあるんだろうな。
魔物と戦っても死なず、勝つまで何度でも対戦できる。無限コンティニューだね」
「……あのさ、戦うの?」
あたしは、不安が増してきた。
転生すると、戦わなくっちゃならないのだろうか……。
なぜあたしは、記憶があやふやなまま、こんな物騒な行列に並んでいるのだろう。
「そりゃ、農民とか酒場の店員、踊り子として過ごすってのもあるんだろうけど、それじゃ、生きていた時に暮らしていた世界と変わらないんじゃないの?」
少年は不思議そうに、あたしを眺める。
そう言われても、変わった世界を望んでいたわけじゃないし……。
「記憶はそのままで、赤ん坊から人生を再チャレンジするって話もあるらしいよ」
「あ、それは、ちょっといいかも」
「まあ、何でもかんでも、無制限に叶えてくれることは無いと思うけどね」
そこまで言った少年は、視線をあたしの背後に向けた。
「後は、窓口で聞いたらいいよ」
少年の言葉に、あたしは前方に向き直った。
五歩ほど進んだ先で、黄色いシャツの男性が窓口の前に立っていた。
次があたしの番である。
窓口と言っても列の正面にある訳ではない。
右側にある。
先頭までいくと、右に向き直り、窓口の中の人物の指示を受けるという流れだ。
こうやって近くから見ると、今まで窓口と呼んでいたそれは、おそらく上から見れば楕円形になる、密閉された大きなカウンターのようであった。
下半分は大理石のような石材で囲まれ、上半分はすりガラスで覆われている。
いや、すりガラスではなかった。
内部に白い煙のようなものが充満し、すりガラスのように見えていたのだ。
「チャーム」
黄色いシャツが、窓口に向かって、早口でそう言っていた。
「ひとつだけなら、チャームの上位魔法で」
真剣な顔で窓口に向かって希望を述べている。
横顔を見ると、思っていたよりも若くなかった。三十代中頃だろうか。横から見ると、不摂生で運動不足のお腹回りをしていた。
なんとなく「チャームマシマシヤサイカラメマシ」と、ラーメン屋のカウンターで注文している姿に見えてくる。
「ね、チャームってなに?」
あたしは少年に聞いた。
「魅了の魔法だよ。異世界での女の子をチャームでたぶらかし、ハーレムでも作る気でいるんじゃないのか」
呆れた顔になって視線を戻すと、黄色はチャームの上位魔法と言うのをゲットしたのか、指示されたらしい方向へと進んでいった。
足取りが軽くみえる。
そこには色違いのドアが、ズラリと並んでいた。
黄色いシャツはモスグリーンのドアへと近づくと、ドアを開けるのではなく、そのまま吸い込まれるように消えていった。
なにあれ?
びっくりしていたあたしに「次」と言う声が聞こえた。
あたしの番である。
前に進む前に、あたしはもう一度振り返り、少年に質問をした。
「あ、もうひとつ教えて。
あなたに、それを教えた人って、どうしてそんなことを知っていたの?」
「そいつはね、一度転生して、元の世界へ戻って来たんだよ」
少年の答えを聞いて、あたしの願いは決まった。
「あとひとつ」
「早くいかないと、叱られるぞ」
「あなたの名前は?」
あたしの質問に、少年は年相応であろう幼い表情でキョトンとした。
しかし、一瞬である。
「……ソーマ。
蒼い真理で蒼真。蒼真マサト。
名前はカタカナだよ」
答えたときには、その表情は消え、小馬鹿にしたような笑みを浮かべる生意気なものに戻っていた。
「色々とありがとうね、ソーマくん。
いや、ソーマの方が呼びやすいね」
「ミホちゃん。おれもひとつ質問していいか?」
「いいわよ」
「バスケのポジションは、センターだったの?」
「うっさい!」
あたしは窓口の前に立った。
この位置からだと、中にいる人が見える。
ガラスの向こうに満ちている白い煙は、濃淡が不自然だった。白煙の大蛇がのたうっているように見える。
そのせいで、中にいる人間ははっきりと見えた。
驚いたことに、中には受付嬢がいた。
正確には、大企業の本社ロビー、正面カウンターに座っている受付嬢のイメージそのままと言う感じの女性が、薄っすらと白煙の充満するガラスの向こうにいたのだ。
受付嬢らしからぬことと言えば、彼女の髪の毛の色である。
彼女の髪の毛は赤かった。
オレンジやブラウン系の赤毛ではなく、ワインレッドのような鮮やかな赤毛である。
染めているのかと思ったが、眉やまつ毛も同色なので、これが地毛のようであった。
「望みは?」
前置きも何もなしに、受付嬢は事務的に聞いてきた。
男女どちらともつかない、中性的な声であった。
ガラスに声を通すスリットは見当たらなかったが、明瞭に聞こえる。
受付嬢は、綺麗な顔をしているが表情が無い。
精巧な仮面のようだった。
「元の世界に返して。それが望みです」
「却下」
あたしは呆然とした。一言で断られてしまったのだ。
「そういう望みは、転生後の世界で、魔王を倒すなり、神竜を倒すなりして、自分で叶えなさい」
呆然としている間に、滅茶苦茶ハードルの高そうなことを言われしまった。
魔王はともかく、神竜である。
そんなのを倒したら、望みが叶うどころか、罰があたるんじゃないだろうか。
ともかく別の願いを言わなくてはと焦った。
なんだったっけ?
最強の剣? 不死不老の肉体? お金?
パニックになっていると、受付嬢が確認するようにあたしの名前を呼んだ。
「……あなたは、御子神ミホですね?」
あたしを見詰めている。
さっきまでは、流れ作業のように、ただ見ているだけだったが、今は、明らかに、あたしを視認している。
「は、はい」
「あなたの望みは、叶える必要がありません」
「え?」
あたしは自分の耳を疑った。
「この先の黒いドアに入って下さい。
赤い縁取りのある、漆黒のドアです」
「ちょっと待って。ちょっと待って!」
怖い怖い。
今度こそ、本当にパニックになった。
じゃあ、あれ?
なんの用意も無しに、ドラゴンや魔獣のいる世界に放り込まれるの?
ウソでしょ。
しかも赤い縁取りの黒いドアとか、不吉過ぎて嫌な予感しかしないんだけど。
「待ちなさい」
ガラスの向こうで声がした。
受付嬢の後ろに漂う濃いスモークの中から、もう一人の受付嬢が現れた。
どちらも、まったく同じ顔をしている。
髪の毛の色も同じだ。
「彼女は例の女性でしょ」
「ええ」
「行先は指定されているわ」
「ですが……」
連絡ミスか意見の相違があるのか、二人は聞き取れぬほどの声になって言葉を交わしだした。
なに、このイレギュラー感……。
新たに現れた受付嬢が、最初からいた受付嬢と替わり、あたしに命じた。
「あのモスグリーンのドアに進みなさい」
さっき黄色が吸い込まれていったドアである。
頭がついていかなくなったあたしは、泣きそうな顔で振り返るとソーマを見た。
あたしと目が合ったソーマは、大丈夫と言うように、小さく頷いた。
小さな少年の小さな頷きで、不思議なほどにパニックが収まっていった。
「分かりました」
モスグリーンのドアへと進む。
ドアの前に立つと、引き寄せられるように体が動き、あたしはドアの形をした通路に吸い込まれた。
強い緑の匂いがした。
そこは広大な丘陵地だった。
緩やかな凹凸のある丘がどこまでも広がり、膝ぐらいまでの草が一面になびいている。
強い日差しが降り注ぎ、心地良い風が吹いている。
拍子抜けするほど、素敵な風景が広がっていた。
振り返ってみたが、予想通りドアは無い。
代わりにと言う訳でもないだろうが、少し先に深い森が広がっている。
あたしは大きな森と丘陵地の境目あたりに立っているのだ。
「チャーム!」と声が聞こえた。
黄色の声だ。
先に入った黄色いシャツが、近くでチャームマシマシを注文しているのだ。
あたしは思わず、声がした方向へと小走りに駆けた。
丘がある。
丘の向こうから「チャーム」の声は聞こえた気がする。
あたしは丘を登り切った。
見下ろすと、黄色いシャツは、すぐに見つかった。
丘を下ったところで、「チャーム! チャーム! ファースネイション!」と叫ぶ黄色いシャツの男は、大きなトカゲに生きながら食べられていた。
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