相方は、冷たい牙のあるラーニング・コレクター
七倉イルカ
第1話 奇妙な行列
あたしは行列に並んでいた。
ずいぶん以前から並んでいた気もすれば、ついさっき、ここまでやってきて並び始めた気もする。
どうも、頭がはっきりしなかった。
自分の服装を見ると、胸の赤いリボンタイが気恥ずかしい、いつものセーラー服である。
気恥ずかしいと言っても、セーラー服自体は可愛い。
あたしに似合わないだけなのだ。
似合わない原因は、背の高さである。初対面の相手からは、九割の確率で、バレーかバスケをやっているの? と尋ねられてしまう身長である。
自分でいうのもなんだが、スタイルは均整がとれていると思う。
でも、それは、モデルのそれではなく、スポーツ選手のそれであった。
そういうあたしが、セーラー服を着ると、哀しいことにコスプレか、胡散臭い人物に見えるらしい。
それはともかくとして、セーラー服を着ているということは、学校帰りに、この行列に並んだのであろうか?
それにしては、学生カバンを持っていなかった。
あたしの前には、黄色いシャツを着た男性が立っていた。
この男性も、なかなかの大柄である。
身長は、あたしよりやや低いが、黄色いシャツが左右に引っ張られたように、パンパンに伸びていた。
簡単に言えば肥満体系だ。
あたしは上半身を横に傾け、前方を確認してみた。
十数人先に、何やら窓口のようなものがあり、列に並ぶ人たちは、そこで短い会話をすると、指示された方向へ進んでいくようである。
霧がかかっているわけでもないのに、その先が見え辛かった。
目を凝らし、はっきり見ようと意識すればするほど、なぜか焦点がぼやけてしまうような感じだ。
上半身を元に戻すと、黄色い背中が一歩進んだ。
あたしも前に進み、今度は振り返ってみる。
後ろにもだらだらと人が並んでいる。
こっちも前方と同じく、最後尾が良く分からない。
数十人で途切れているようにも、延々と続いているようにも見える。
見える範囲で言えば、みんな男性のようだった。
女性は、あたし一人のようである。
真後ろに並ぶ男性は、頭を下げ、手元に視線を向けていた。
スマホではなく文庫本のようなものを読んでいる。
あたしより頭一つ小さい。160センチに届かないかも知れない。
背が低いと言うより、まだ少年のようであった。
サイズの合っていない、大きめのパーカーを着ている。
「あの、ちょっといいかな?」
あたしが声を掛けると、その少年は顔をあげた。
やっぱり顔立ちが幼かった。
中学生だろうか。もしかすると、まだ小学生かも知れない。
鼻筋が通り、唇が赤い。
ドキッとするほど整った顔立ちをしていた。
ただ目の表情は、どこか大人びて、妙に冷たいものを含んでいた。
成熟した猫を連想させる目である。
「なに?」
少年は、ぶっきらぼうな口調で言った。
「これ、なんの行列なのかな?」
あたしの質問に、少年は一瞬、怪訝な表情を浮かべ、それから口を開いた。
「テンセイの受付に並んでいる列だと思うけど……」
「テンセイ?」
「『回転』の転に、『生きる』の生で、転生」
あたしの表情から、理解していないことを察してくれたのか、少年はテンセイを漢字で説明してくれた。
「……それって、生まれ変わることだよね」
あたしが質問を続けると、少年は本を閉じ、観察するような目であたしを見た。
「お姉さん、もしかして、死ぬときに頭、打っちゃった?」
そこそこに失礼でインパクトのある言葉を投げかけられて、とっさに返答が出来なかった。
どう返答するかを迷っている内に、少年は重ねて聞いてきた。
「自分の名前は、覚えてる?」
「自分の名前?
当り前でしょ。あたしの名前は……」
そこまで言って、詰まってしまった。
セーラー服が似合う、似合わないなんて言うことは覚えていたのに、自分の名前がサラッと出なかった。
死んだと言うのはともかく、本当に頭を打ってしまったのだろうか?
(ミホちゃん)と、友達や彼氏に呼ばれていた記憶がよみがえった。
「ミホ。御子神ミホよ」
そう。あたしは御子神ミホ。
二年生になったばかりの女子高生である。
「ミホちゃんさ、生きているときに、人生に嫌気がさして、別の世界に生まれ変わりたいって願わなかった?」
いきなり年下っぽい少年に、『ちゃん』づけで呼ばれてしまった……。
しかも、『生きているとき』とは、今は、死んでいることが大前提のセリフである。
否定しようと口を開いたとき、深海から浮上してきた幾つかの泡が、海面で弾けたように記憶がよみがえった。
当たってる。
人生に嫌気がさしていたのだ!
彼氏だった和也が、二股をかけていたことを知ったのだ。
浮気である。浮気。
いや、向こうが本命で、こっちが浮気かも知れない。
どちらにしろ、高校二年の女の子が、人生に嫌気をさすには、十分な出来事だったのだ。
「あ!」
あたしは思わず声をあげた。
「もう、ひとつ思い出した!」
「もうひとつ?」
二股のことは口に出していないので、少年にしてみれば、「もうひとつ」と言っても、なんのことか分からないだろう。
そこは無視して、あたしは続けた。
「天生神社に行ったの!
テンは天国の天だけどね。彼氏だった和也に誘われて、二人でお参りして、そこで和也は、こう言ったのよ」
あたしは、あのとき、和也が言った言葉を口にした。
「ここでお願いをすれば、いつか死んじゃった時、天の意志によって、生まれ変わることができるんだよ。
つまり転生できるんだ。
次に生まれ変わっても、おれはミホちゃんと、巡り会いたい……」
歯が浮きまくる言葉を口にした瞬間、怒りと恥ずかしさで頭がカッとした。
あのときは、胸が痛くなるほど嬉しかったのに、今は、はらわたが煮えくり返るほどの怒りしかない。
「なーーにが生まれ変わってもよ!
生まれ変わる前に、浮気してんじゃん!
ふざけないでよね!」
「……ああ、なるほど。
その天生神社の前に、彼氏の浮気を思い出したんだ。
そっちがひとつ目の記憶なんだね」
少年の小馬鹿にしたような冷ややかな笑みと言葉で、あたしの怒りは、穴の開いたビーチボールのように、中途半端にしぼんでいった。
「ねえ。じゃあ、あたしは、その神社にお参りしたせいで、ここに並んでいるの?」
あたしはテンションの下がった声で聞く。
「そこまでは知らないよ。
少なくとも、おれはそんな神社に参拝した記憶は無いけどね」
少年は小さく肩をすくめた。
「たぶん、この列に並べる条件は幾つもあって、けっこうハードルは、低いんじゃないのかな」
力が抜けるような言葉だった。
転生って、ラーメンの替え玉を頼むように、ホイホイと気軽に出来るものなのだろうか?
「で、死んだ記憶は、思い出したの?」
「それは、まだ……」
そもそも、あたしは、本当に死んだんだろうか?
たしかに、この奇妙な行列は、現世のものとは思えない。
周囲を見回したあたしは、前が進んでいたことに気付き、黄色との距離を詰めた。
あたしが詰めた分、少年も前に進む。
「あなたは?」
前に進んでから、また少年に声を掛けた。
「あなたは、別の世界に生まれ変わりたいと願って死んだの?」
少年は開きかけていた文庫本を閉じると、迷惑そうな目であたしを見た。
もう会話を終わりにしたいと思っていたのだろう。
それから、あきらめたような顔になると、閉じた文庫本をパーカーのポケットに入れた。
「そうだよ」
観念して、あたしとの会話を続けるつもりになったらしい。
「不思議なんだけどさ。
どうして、あなたは、ここが転生する場所だって知ってるの?」
「知り合いから聞いたんだよ」
「その知り合って……」
少年は、軽く手をあげ、その掌をあたしに向けた。
とりあえず、黙って聞けと言うことであろう。
「聞いた話だし、おれの想像の部分もあるよ。
それでもよければ、話してあげるよ」
と前置きをしてから、少年は改めて話し始めた。
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