声劇台本『がんばれ、紫苑ちゃん』男性0人、女性2人

深上鴻一:DISCORD文芸部

『がんばれ、紫苑ちゃん』

男性0人

女性2人


紫苑(しおん)……弱気なヤンキー。


みちる……のんびりした女の子。


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  ドアを乱暴に開ける音。


紫苑「おらあ! みちる! 今晩、出かけるぞ!」


みちる「あらあ。紫苑ちゃん、いらっしゃい。出かけるってどこに?」


紫苑「集会だ!」


みちる「集会ってなあに? あたし政治的な集会と、宗教的な集会は、ちょっとパスしたいわあ」


紫苑「そんなんじゃねえよ」


みちる「でも、紫苑ちゃんがそういう集会に行きたいなら、あたしに止める権利はないわよねえ。思想も自由だし、宗教も自由なんだもの」


紫苑「だから、そんなんじゃねえって言ってるだろ。そもそも俺が今まで、政治とか宗教の話をしたことがあったかよ」


みちる「うーん? 他の人に知られたくない政治思想とか、秘密にしてる宗教とかもあるじゃない」


紫苑「もういいよ! 俺が言ってるのは、ヤンキーの集会! みんなで工場跡に集まるんだよ」


みちる「あらあ。ちょっと興味はあるけど、あたしが行ってもいいのかしら。あたしはヤンキーじゃないわよねえ。あら? でも自覚がないだけで、人にはヤンキーに見えたりするのかしら。紫苑ちゃんには、どう見える?」


紫苑「どこから見てもヤンキーじゃねえよ。でもいいんだ、あたしのダチだろ? だから誘ってやってるんだ」


みちる「まあ、嬉しいわあ。あたしも紫苑ちゃんのこと、お友達だと思ってる。それも一番のお友達よ。これからもずっと、仲良くしましょうね」


紫苑「言われなくてもそのつもりだよ。で、行くのか、行かねえのか」


みちる「うーん。もうすぐ期末テストがあるでしょう。あたし、勉強して、もう少し順位を上げたいのよねえ」


紫苑「じゃあ、行かねえんだな?」


みちる「紫苑ちゃんも、勉強しなくていいの? 前回のテストの順位、トップクラスだったじゃない。あんなに喜んでたのに、順位が落ちたらがっかりしない?」


紫苑「(動揺してる)かかか、関係ねえよ。世の中には、勉強より大事なこともあるんだよ」


みちる「そうなの。でも、もっと早く誘って欲しかったわあ。あたしも一緒に行きたいけど、やっぱりお勉強も大事だし。今度じゃだめなのかしら? それならあたし、きちんと予定に入れておくから。今日は紫苑ちゃん一人じゃだめ?」


紫苑「……だって……怖いだろ」


みちる「なあに、紫苑ちゃん? 良く聞こえなかったわ」


紫苑「だって怖いだろ! ヤンキーの集会って、男がいっぱい来るんだぞ。俺、ずっと女子校だし、そういう場所に行くのは初めてなんだよ……」


みちる「紫苑ちゃん、男性が苦手だものねえ」


紫苑「苦手なんじゃねえよ。話とかしたことねえから、どうしたらよいのかわかんねえだけだよ。それも男が一人じゃなくて、いっぱい来るんだぞ。怖く感じちゃってもしょうがねえだろ」


みちる「紫苑ちゃんは人一倍、繊細な女の子だものねえ」


紫苑「だから、お前が来てくれるなら、安心なんだよ。一緒に来てくれよ」


みちる「うーん? あたしは頼りにされてるのね? だったら紫苑ちゃんのためにも集会に行かなきゃだわ。そうよね、世の中には勉強よりも大事なことだってあるのよね」


紫苑「……悪いな」


みちる「いいのよ。ちょっと楽しそうだし。でも集会って、何をするの?」


紫苑「……わかんねえ」


みちる「あら、そうなの?」


紫苑「たぶん、みんなでお菓子を食べながら、お喋りすると思うんだ。あとトランプとかするかもしれねえな。チェスやリバーシはしねえと思う」


みちる「ふーん。お洋服は、何を着て行けばいいのかしら」


紫苑「トップクだよ」


みちる「あら。聞いたことがないブランドだわ。紫苑ちゃんって、やっぱりお洒落さんよねえ。いつもみたいにフリルがついてるの?」


紫苑「ついてねえよ。トップクは特攻服。ヤンキーが気合入れるために着る服だよ」


みちる「それってお値段はどれくらい? あたしのお小遣いで買えるのかしら。もっと早く教えてくれれば、あたしだってネットで調べてみたのに」


紫苑「俺のトップクを貸してやるから大丈夫だよ」


みちる「まあ。それは助かるわ」


紫苑「あと、手土産は何がいいんだよ」


みちる「紫苑ちゃんは、本当に気が利くわよねえ」


紫苑「当たり前だろ。初めて集会に顔を出すんだぞ。手土産ぐらい持って行かないと恥ずかしいじゃねえか」


みちる「そうねえ。集会には、何人ぐらいくるのかしら?」


紫苑「それがわかんねえんだよ。だからみんなでつまめる、クッキーなんかどうかと思うんだ。でも、甘いのが嫌いな人もいるかもしれねえし。今の季節、イチゴもうめえんだよな。どう思う?」


みちる「クッキーでいいんじゃないかしら。お茶にも合うし」


紫苑「だよな。誰かアッサムティーを持って来てねえかな。それとクッキーの組み合わせは最高だよな!」


みちる「で、その工場跡まで何で行くの? あっ、バイクね。紫苑ちゃん、教習所に通っていたもの。偏見かも知れないけど、ヤンキーってやっぱりバイクのイメージがあるわよね」


紫苑「……試験に落ちたんだ」


みちる「あら」


紫苑「一本橋から落ちて、一発不合格なんだ。でも一本橋って難しいんだぞ。幅が30センチしかなくて、15メートルもあるんだ。普通二輪はこれをゆっくり7秒以上かけて渡らないといけないんだぞ。7秒だぞ! 小型二輪は5秒以上でいいのに」


みちる「良くわからないけど、とっても難しいのね。じゃあ、何で行くの?」


紫苑「すぐ近くにバス停があるんだ。時刻表は、俺が調べてあるから安心しろ」


みちる「紫苑ちゃん、準備がいいわあ。じゃあ帰りもバスね?」


紫苑「ああ。最終バスの時間が早いんだよ。あんまり長居はできねえな」


みちる「それで……なんだけど。どうしてそこまでして集会に行きたいの? 何か特別な理由があるんでしょう。教えてくれてもいいんじゃない?」


紫苑「集会に誘ってくれた先輩が……かっこいいんだ」


みちる「まあ。男性に不慣れなのに恋なのね」


紫苑「こんな気持ち、初めてなんだよ。先輩のことを思うと、心臓がどきどきするんだよ」


みちる「あたし応援するわ。紫苑ちゃんの初恋がかなうよう、協力する」


紫苑「すまねえな」


みちる「でも、えっちなことは、まだだめよ?」


紫苑「そんなこと、するわけないだろ! 俺はまだ未成年なんだぞ! 第一、そういうことは結婚してからだ!」


みちる「その先輩が、どうしてもえっちなことしたいって言ったら、断れる?」


紫苑「せ、先輩は、そんな不潔な男じゃねえよ! ……たぶん」


みちる「キスぐらいは、すぐにしたがるかもしれないわねえ」


紫苑「キ、キスう!?」


みちる「先輩だって男性だもの。紫苑ちゃんのことが好きなら、そういうこと、求めてくるかもしれないわよ」


紫苑「そ……そうかな……。やだな……俺……集会……怖くなってきた」


みちる「あら」


紫苑「先輩が、俺のことを好きかわからねえけど。そんな心配は、しすぎなのかもしれねえけど。でも……キスとか……求められたら……俺……どうやって断ったらいいか……わかんねえし……先輩に嫌われたくねえけど……でも……怖いし……俺……泣いちゃうかも……」


みちる「紫苑ちゃん……」


  雨の音。


みちる「あ、あらあ。雨だわ。集会はどうなるのかしら?」


紫苑「雨なら……中止だな」


みちる「そうなの。先輩に会えなくて、残念ね」


紫苑「……いいんだ。俺、浮かれてたかも。先輩のことが本当に好きなら、もっともっと、男女の正しい付き合い方ってやつを、冷静に考えてみるよ」


みちる「うん。あたし、そういう紫苑ちゃんが大好きよ。がんばれ、紫苑ちゃん!」


紫苑「じゃあ、せっかく来たんだし、一緒に勉強するかあ」


みちる「まあ、嬉しいわ。あたしに、わからないところ教えてくれる?」


紫苑「しょうがねえなあ。俺の教え方は、乱暴だぜ? だって俺は、ヤンキーなんだからな!」


  おわり

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