第一節 - 暗闇

Part 1. Pacific Security

「密輸銃器、八百丁――気でも狂ったか」


 その男は、公安本部のとある洒落た部屋の椅子へと座っていた。

 公安警察総監――眞木まき啓次郎けいじろう。その外見は年老いているものの、威厳と風格は未だ確かなものとして保たれている。彼が目前にするのは机から投影された立体光彩――通称『ホログラム』。

 

「情報局でさえ、大阪連盟内部のきな臭さの正体に辿り着けなかったとはな」

「部品ごとの密輸の為、正確な追跡は困難です」

 

 眞木が報告書へ目を通す中、部屋に立っていた神崎は口を開いた。

 正確な追跡は困難――とは言ったものの、事細かに記載が。武器の概要、推定される密輸ルート、関与の疑いがある組織。その全ての情報は、後始末を担った絢路組のみならず特捜局・情報局の双方よりもたらされていた。必要ならば、この密輸に関わったであろう組織を綺麗さっぱり消し去ることさえ彼等公安は躊躇わない。

「にしても随分な量だな、戦争を吹っかけるにしても手が足りんだろうに」

 華川組は既知の通り大阪連盟の傘下組織――厳密には直系団体であり、本家を介した提携関係にある。しかし近頃、直接的ではないものの他の組との対立が相次いだことや、フロント企業による所謂『ボッタくり』の横行など、本家からしてみれば問題児同然。

 これ以上の横暴は流石に認可できない大阪連盟と、情報局からの提言を基に、不穏な動きを見せる大阪連盟内部の調査を行いたい公安。

 最終的に彼等が合致したのは家宅捜索――その過程で組員が死亡することは許容範囲内。本来であればこの任務には大阪支部の人間が遣わされるのだが、公安警察大阪支部長直々の指名により、東京勤務の神崎が充てられた――というのがこれまでの筋書きである。

 公安は極道の銃器保有を黙認――実態としては認可している。されどその所在管理に関しては非常に厳重であり、万一表社会に流失しようものなら一大事であるが故に、銃器の入手は本家からのゴーサインを得なければならない。

 しかし今回の一件は本家の預かり知らぬこと、ましてや彼等は総勢百名程度の組――等しく配分した所で、全員が阿弥陀でもない限り引き金のが生じる。

 そうにも関わらず、何故八百という数の銃器を仕入れたのか――その真相を知る最有力候補は華川組の組長。だが困ったことに、彼は数日前に姿を消した。

「華川組の処遇を含め暫くの間、本家預かりになるとの事だ」

 

取りは先方に任せるので?」

 

「元はといえば内部の揉め事だ、こっちが心配する必要はあるまい」

 眞木はホログラムを見つめながら、緑茶を口へ。

 大規模な空調システムにより施設全域の温度は二十一度に保たれてはいるものの、一歩外に出れば待ち受けるは一月の寒気。日々任務で外界に駆り出され、表社会の人間と変わらぬ過ごし方になってしまった者もいれば、彼のように季節の移ろいを忘れんとする為の者も。


「我々が気にすべきは、この銃器を表へ流出せんようにする事だ」

「となればやはり、公安で押収という訳ですね」

「平時はこんなケースを勝手に進められんからな、念の為政府に確認は取るとしよう」

 追加で立ち上げるホログラム――そのメッセージの送信先には、『内閣総理大臣』と『内閣官房長官』、『外務大臣』及び『防衛大臣』、そして『内閣特別顧問』との表示が。

 本来ならば監督権限を有する総理大臣、そのほか国家安全保障会議の四大臣会合を構成する者達に指示を仰ぐだけで問題ないのだが、そこに助言を任とする内閣顧問が絡んでくる――その真相もまた、日本が抱える闇として彼等は知っている。


「承知致しました」


 左手首に手を動かす――服装を整えるように見せかけ、こちらを向く腕時計へと目線を向ける。外側ではなく敢えて内側に向けることで、相手に時間を気にさせないというホテルマンの技法を流用したものだが、彼自身は余計に腕を動かす必要が無い――という効率的な面も捉えていた。だが全てを見通していたかのようにどことなく口を開く。


「こう言うのもなんだが、今日は閉まってるぞ」

「まさか今日は――」

「定休日だ」

 小さく呻く神崎――彼等の言葉が指し示すは、堅苦しい仕事の話から一転、彼の行きつけであるうどん屋。彼の鉱物であり、調味長や食材を少し変えるだけで幾通りも味わえる――と口を開いてしまえば、その話は止まることを知らなくなる。

「たまには本部で食べたらどうだ、余計な支出も必要ない」

 政府直轄の組織として、破格の税金が表社会よりつぎ込まれる――故に、設備や備品、何から何までが充実している。その一例として、本部及び各支部の居住棟に存在する食堂では一切の金銭の支払いなく全職員が食事をとることができるものの、神崎は食事のほとんどを外部の飲食店で。同僚曰く、彼が食堂に来た次の日には雷に打たれる――とも。


「我々は仮にも日本国民です。に比べれば、真っ当に経済を回せるほうが良いのでは……」

 日本国民――その言葉に何か突っかかりを覚える眞木だが、今の彼が知るには早すぎることだ――と心に留める。

 

「まぁ、そうとも言えるな」


 座ったまま椅子を横に向け、背中を預ける。二十世紀らしいレトロな様式でありながら、そこに隠された機能は二十一世紀の面影を残す。

 穏やかな斜陽に晒されながら再び一口、その視線を窓の外へと。

「検討はしておきましょう」

「重ねたうえで加速するタイプの検討なら勘弁してくれ」

 溜息をつきながら発する神崎に、眞木がそう返すと彼は沈黙を浮かべる。視線を戻して眞木は小さな笑みを浮かべ、変わらんな――と穏やかな口調で。その瞳にはどこか、家族のような温もりが感じられる。穏やかな時が流れる中、突如として部屋に響く通知の音。


「総監、大阪支部長より連絡が入っています」


 スピーカーから聞こえる声――副総監の声。同時に神崎のスマホに届くメール、『今日は健診だよ、忘れてない?』と。返信メールを入力する一方、彼等は会話を続ける。

「大阪からか、何の用件だ?」

「先日の華川組の件ですが、組長の痕跡が完全に消し去られています」

 その言葉に、神崎はその手を止める。治安維持の為、一坪たりとも欠けることなく日本全域に張り巡らされた監視網を掻い潜るのは至難の業――ましてや、地域に深く根付いた極道組織の目すらも逃れるとなれば、それは不可能の域に達する。


も含め、一度司令部で協議すべきかと」

「分かった、すぐに向かう」


 眞木の目を見て小さく頷く神崎。任務にあたった人間にさえ、現段階では明かせない情報――それを察し、即座に敬礼。

「急ですまない、後で連絡する」

 共に敬礼――先程とは打って変わり、その瞳は神崎のように現実を見通し続ける。

 闇は、着実に近づいてくる。その確信を持って、上からの指示を待つことだけが、総監執務室を去る彼に与えられた唯一の路だった。

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ユートピアの詩 Ⅰ 偽りの薄灯 ともひナ @Tomo_tsukungame1768

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