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もぐもぐもぐもぐ

 リンの目はニケの一挙一動を眺めながら耳で野生司のうす大尉の言葉を聞き、口は一生懸命に戦闘糧食2号を咀嚼そしゃくしていた。

 会議室の窓という窓はベニヤ板が打ち付けられている。停電しているらしく照明は点いていないせいで室内は薄暗かった。明かりといえばバルーン投光器が1台 演台の上に置かれて電源コードが室外の発電機へ伸びている。

 これからの戦闘が正念場ということで半ば無理矢理に野生司のうす大尉に戦闘糧食を食べさせられている。乾燥させた穀物パンに動物油脂ラードを塗って食べる。そしてハイドレーションバッグ給水袋から水をがぶがぶと飲む。

 ニケが言うには、この世にはもっと美味しい食べ物があるらしい。ヒトの料理はどれも油っこくて薄味らしい。それでもあたしの知らない食べ物の名前をたくさん知っていた。強化兵だからそういう普通の食事には全然興味が無いけれど、でもずっと表情の硬かったニケが、そういう話をするときだけは少しだけ柔らかい表情をしていた。

 そんな顔を見ると、あたしまでついほんわか・・・・してしまう。

「偵察部隊からの報告では、基地とその周辺の掩体壕に多脚戦車ルガーが集結している。さらに物資も集結させている、とのことだ。市民と負傷兵はラーヤタイ駅から隣の町へピストン輸送している。が、汽車の限界までスピードを出しても往復2時間かかる。5000人の市民と負傷兵を運ぶのに4往復は必要だ」

 野生司大尉。軍人らしくないヒト。でも地図を見ながら戦略を立てる鋭い目線はさすが中央で働く軍人といったふうだった。

「残存兵力は? 守備隊は5000人ほどいたはずでしたが」

「機甲部隊と砲兵部隊は初撃で壊滅、歩兵も半数状が死傷している。正確な数は分からないが、戦闘可能な人員は数百といったところだ。駅とこの市役所に通ずる道を死守させているが時間の問題だろう」

 こういうときは“悲しい”って顔をするべきなんだろうなぁ。この前の慰問会で見た映画でそう言ってた。強化兵は上映会場の端の端で観なければならずほとんど観えなかったけど、そういう顔をする映画俳優がいた。

 でもみんな役目を果たしたんだ。武器を持ち獣人テウヘルと戦い、そしてヒトに降りかかる厄災を振り払う。それがあたしたちの生きる目的。生きている役目。だったら悲しいって顔じゃなくて“よくやった!”って顔をしなきゃ。ニケがときどき頭をなでてくれるけど、ああいう感じに。

 リンは糧食を食べ終わり、その空き殻を部屋の隅にまとめて捨てた。他の兵士たちが捨てたゴミも積み上がっている。そしてニケの横にぴたりとくっつくようにして立つと、地図を眺めた。

「ラーヤタイ市から西へ20里の位置に 巡空艦じゅんくうかんの艦隊がいる。が、獣人テウヘルの空中要塞の存在が理由で支援に来られないんだそうだ。そこで、観測射撃を行うことにする。 巡空艦じゅんくうかんが射程ギリギリまでラーヤタイ市に接近した後、弾着修正を無線で行う」

「敵の集結地点と市街地がかなり近いようですが」

「すでに住民は避難しているし、家屋の保証も、まあ軍務省がするだろう。ワシの責任じゃない。ワシの責任は敵部隊を押し返すこと。そして兵士たちを生還させてやること。もちろん、強化兵もだ」

 リンはじぃっと大尉を見た。めずらしい。たいていの将官は強化兵なんて使い捨ての道具としか思ってない。別にそれで構わない。それが生きている役目なのだから。でも、この大尉はニケと同じ。強化兵を道具と思ってない。しかし戦闘から遠ざけるわけでもない。仲間として、横に立たせてくれる。

「そうですね」ニケも頷いて肯定した。「多脚戦車ルガーと集積された物資、それと指揮官クラスのテウヘルを排除できれば敗走するでしょう。で、何か問題があるのでしょう」

「まず長距離無線がない。基地から撤退する際に持ってくることができなかった。よって市内の通信施設へ行き、隣街の駐屯地を経由して巡空艦じゅんくうかん隊に連絡を取らなければならない。そしてその時差と風向きを計算し着弾修正をしなければならない」

 トントン、と野生司大尉は地図を叩いた。民間の通信施設でここから他の街への電話交換をしていた。しかしその指の周囲には大尉の指より太い弾丸──テウヘルの死体から回収した弾丸が敵陣地を示す“駒”として置かれていた。侵攻は抑えられているようだが、市役所や駅を包囲しつつあった。

「それと、多脚戦車ルガーですね。何両かはすでに市内に入り込んでいる」

テウヘル連中の指揮官クラスが頭がキレる奴なら通信施設は精鋭に守らせているはずだ。もちろんルガーも配置されているに違いない」

 リンは気づいたときには反射的に手を上げていた。自分の役目を果たせるなら。それ以上にニケの役に立つなら。

 野生司大尉は一瞬だけ驚いたようだったが、すぐうなずいて発言を許可してくれた。

「あたし……いえ、自分は狙撃においてルガーの駆動部を撃ち抜くことができます。訓練で、着弾率は93%でした。距離は1町でした。あの、八五式ライフルと10……いえ5倍の照準器さえあれば撃破してみせます」

 ──よく喋る強化兵だな。そういう答えが返ってくるかと思った。しかし野生司大尉は落ち着いたままだった。

「ふむ、なかなか優秀な狙撃手のようだ。たしかに、多脚戦車ルガーの脚の駆動部に詰められた半可塑性ケイ素に着弾すれば火災を起こすことができる。しかし基地から撤退する際に狙撃ライフルまでは持ち出せなかった。無反動砲ならいくつかあるが、だが構えている間に歩兵に撃たれるだろう」

 リンはぎゅっとライフルの負い革を握った。役目を果たせない。戦うことが役目だし戦ってニケにこれ以上傷を負ってほしくない。

「この子に、“名前”はあるのかね、軍曹」

「今日からですが、リンと呼んでいます」

「なるほどいい音韻だ。してどういう意味なのかね?」

「ブレーメンの里にいる……赤い鳥です」

 嬉しい。あたしの名前。野生司大尉も認めてくれた。やっぱりいい人だ。

「梱包爆薬はありますか?」ニケが口を開いた。「あるいは吸着地雷でも。ルガーに接近して腹下に仕掛けられれば、半可塑性ケイ素に引火して誘爆を起こせます」

「もしその発言が、ブレーメンではなく決死覚悟の強化兵だったら認めなかっただろう」

 野生司大尉は工兵に目配せした。工兵はメモ帳をめくり指を4つ立てた。

「自分が通信施設の奪回に向かいます。途中、防衛ラインに寄って弾薬を届け、もしルガーがいれば“ついで”に排除します」ニケが地図を指でなぞった。「敵の数次第ですが、1時間で到着し、施設を確保できます。任せてください。剣がなくともブレーメンとしての本領を発揮してみせます」

「うむ、いいだろう。通信兵がひとりいる。彼が巡空艦じゅんくうかん隊とワシが率いる観測班とを中継してくれる。なんとしても彼を守るんだ。それと兵士を10人ほど任せるが、指揮はできるかい?」

「もっと少ないほうが、彼らを守りながら戦えます」

 違う。リンはぎゅっとニケの袖を握った。強化兵は代わりがいる。代わりがいない・・・人を守るのがあたしたちの役目なのに。

「なに弾除けという意味じゃない。施設は広い。制圧に君一人では時間がかかるだろう。5人、これはワシからの条件だ。それとその子。リン君も行きたがっているようだが」

「わかりました。全員を生還させます。銃と爆薬を補給して10分後に出発します」

 仲間が増えた。これでみんなで戦える。犬野郎たちを叩ける!

 リンは会議室の隣の部屋で八二式ライフルの弾薬クリップを、弾帯にいっぱいに詰め込んだ。普段の訓練と違って撃ち放題倒し放題。訓練の時みたいにばらばらになったベニヤ板を掃除しなくて良い。壊したら壊した分だけニケに褒めてもらえる。

 さらにボディアーマーも貸してもらえた。テウヘルの大口径弾を防ぐ効果はないけど気休めにはなる。

 市役所のロビーに降りたときにはすでにニケの小隊が集結していた。5人の強化兵の歩兵と通信兵を前にして作戦を説明している。みんな同じ左耳に黄色の識別タグがついている。

「──リン、お前は通信兵といっしょだ。隊列中央で彼を守りつつ、後方から狙撃で支援をしてくれ」

「うん、了解。精一杯役に立つね」

 ニケに続いて小隊が市庁舎を出た。反対方向へ町の一番高い丘へ野生司大尉が率いる小隊も出発した。

 日はまだ高くて強い日差しで銃身が熱く火照ほてっている。速い足取りで半ば壊された市街地を進んだ。

「えへへ、ニケ、すごいんだよ。あ、あなたとははじめましてかな? あたしリンっていうんだ」

 左を走る兵士に声をかけてみた。歳は同じくらいの男の兵士。ちらりと一瞬だけ目が合ったがすぐに前を向いてしまった。左耳に付いた黄色いタグが走る動作に応じて揺れている。

 右を走る兵士にかぶりを振った。ニケに守れと言われた通信兵。背中に大きな機材を背負っている。その機械の使い方は知らないけれど彼も優秀なんだろうな。

「あのね!」

「お前、あんまりべらべら喋ってたらテウヘルに狙われるぞ」

 取り付く島もない。面白くない。

 隊列は道路の左右に分かれて壁沿いに進み、窓や路地裏からの奇襲に備えた。

「接敵!」

 ニケの大きな声の合図で隊列が一斉に瓦礫や壊れた店先に隠れた。そしてほぼ同時に大口径弾が機関銃手きかんじゅうしゅのすぐ脇の道路の敷石を破壊した。やや遅れて大きな銃声が轟く。

 発砲が見えた? いやもしかしてニケは飛来する弾道が見えている? すごい。

 隠れていたテウヘルどもの奇襲。しかしすでに小隊は戦闘準備ができていた。先制攻撃はこちらから。

 リンは崩れた瓦礫の山に伏せると照準器を覗き込んだ。テウヘルは緑の血しぶきを上げながら次々と倒れていっている。

「1人やられた!」

 誰かの叫び声。誰がやられた? 大丈夫、ニケじゃない。

 銃口からの発光/テウヘルのスナイパーの姿が見えた──広告看板の下/距離は半町。

 風向き確認。リンはライフルを構えた。あまり悠長に狙ってはいられない。頭のすぐ横を弾丸が飛んでいく風切り音が聞こえる。

 狙撃手がこちらを見ている。たぶん、そんな気がする。

 恐怖で震える。でもいまここで照準を外して隠れたら他の誰かが撃たれてしまう。

 ──違う。狙撃教練で言われた。相手も同じく恐怖している。逃げ場のない高所と攻撃を一人で請け負うリスク。狙撃合戦は敵に弾を当てることじゃなく恐怖に打ち克つことが肝要なのだ、と。

 あの犬野郎たちがヒトと同じ恐怖感があるとは思えない、教練のときには斜に構えていた。

 発砲の光が見えた。しかし弾道はれてリンの横 2尺の距離で弾けた。

 風向きが変わってる? 

 照準器を1ノッチ左へ修正──引き金を絞った。敵は次弾を装填するために硬直している。

 外れるわけがない。弾道は頭の中でそう感じた・・・通りにテウヘルの狙撃手へ吸い込まれた。アーマーが覆っていない首の付け根が弾けた。体は途端に力を失い、地上へ落下していった。

「狙撃手 排除!」

「リン、よくやった。お前とお前、路地から敵側面へ回りこめ。全員、制圧射撃。弾はまだある」

 ニケの正確な指示。闘志を奮い起こす。

 次弾装填。左右に動くテウヘルの動きの先を読んで発射──命中。装填──発射──命中。

 潰走かいそうするテウヘルの背後に複数の銃撃が命中し、さらに側面に回り込んだ味方からの攻撃で指揮官クラスのテウヘルも倒れた。

「負傷者はいるか?」

 ニケが素早く小隊を見渡した。動かなくなった仲間が1人、負傷した仲間が2人いたがこちらはまだ動けそうだ。

「お前、倒れた彼の装備を引き継げ。前進するぞ」

 ちょっとだけニケと目が合った。嬉しい。戦いの興奮が恐怖を上回りそう。もっとたくさん助けになりたい。

 小隊は街並みが徹底的に破壊された通りを進んで、小さい丘の稜線りょうせんで停止した。敵には気づかれていない──武装したテウヘルと多脚戦車ルガーが電波塔の周りで巡回していた。そのすぐ横が目的地だ。地の利はこちらにある。高所なのだから。しかし数でも装備でもテウヘルのほうが上だった。

 小隊がニケの周りに集合した。ニケは背嚢はいのうからビニールに包まれた梱包爆薬を取り出した。さっき工兵に時限式の起爆装置をつけてもらったやつだ。

「作戦だ。俺が家屋づたいに近づいて多脚戦車ルガーにこれを仕掛ける。起爆するか俺がテウヘルに見つかったら攻撃開始。通信施設に突入しろ。屋内ならまだテウヘルに対して勝機がある。擲弾兵てきだんへい……お前だな。敵兵に牽制を仕掛けろ。2、3発の至近弾で連中は怯むはずだ」

「ねえ、ニケ」ダメ、危険すぎる「他に方法はないのかな。やっぱり、さすがにニケでも危険すぎるよ」

「無反動砲を当てるよりよっぽど確実だし安全だ。大丈夫。俺はブレーメンだ。このくらいなんてことない」

 ぽん、とニケは頭を撫でてくれた。安心だけど不安だ。

 ニケは割れた窓から屋内に入った。強化兵たちもそれぞれの持場に就いて武器をそれぞれ構えた。

 リンは照準器を覗き込んでテウヘルの動きを見た。誰も警戒していない。だらだらと武器を肩からぶら下げて手持ち無沙汰にしている。多脚戦車ルガーも上部ハッチが開いたまま。そういえば、ここは風下だった。嗅覚の鋭いテウヘルに察知されにくい場所。ニケはもしかしてすべて織り込み済みで小隊を率いたのだろうか。だったらすごい。さすがだ。

 照準器越しにニケの姿が見えた。物陰に隠れて……消えた。わずかに左を見るとテウヘルの背後に飛びつき喉笛をナイフで掻き切って声が出せないまま止めをさした。

 瞬きの間に10間もの距離を移動している。動きが速すぎて目で追うのがやっと。銃で狙うとなるとたぶん無理。ニケが接近戦闘を好むのも分かる気がする。

 敵の部隊が慌ただしく動き始めた。たぶん倒したばかりの死体を発見されたらしい。血の臭いでバレたはず。ニケはドラム缶の陰から飛び出すと一気に多脚戦車ルガーの下に滑り込んだ。

 安全装置解除──照準──引き金を絞る──すべてをひとつの動作で、リンはニケを狙うテウヘルの頭部を吹き飛ばした。流れる動作でその隣の携行ロケット砲を携えたテウヘルも撃ち倒す。

 他の仲間も射撃を開始した。機関銃手が大口径弾をテウヘルに浴びせかけ倒す。歩兵たちの単発射撃でテウヘルはじりじりと退いた。

 ニケが多脚戦車ルガーの腹下から飛び出してきた。しかしすでに多脚戦車ルガーも動き始めている。ヒトの兵器の軽油エンジンと違って、駆動部兼燃料の半可塑性ケイ素は予備動作なしに虫のような動きをしている。走り去るニケを狙って重機関銃が動く。

 リンは素早く徹甲弾を薬室に差し込んで装填──多脚戦車ルガーの重機関銃を狙って撃った。しかし弾かれた。効果なし。角度が浅かった。コックを素早く前後させ、次の徹甲弾を込めて狙いを定めた。

 落ち着け。正確に。弾道落下を予測。生物のように動く多脚戦車ルガーの、次の動きを予想する。

 撃った。砲弾の装填レールに着弾。効果あり。装弾不良を起こしてガタガタと震えている。

 多脚戦車ルガーが車体の向きを変えて盾脚で弱点が覆われる前にさらに2発を撃ち込んで重機関銃を完全に無力化した。

 その直後に閃光──爆轟と爆風が荒れ果てた通りを駆け抜けた。粉塵で目が開けられない。

 手筈通り──小隊全員が走った。ニケは通信施設の入り口でライフルを構え、そして煙幕を炊いてテウヘルの視界を奪った。擲弾兵が榴弾を打ち出しテウヘルの部隊を後退させる。闇雲な攻撃が煙幕を突き抜けて到来するが弾はまったく別方向へ飛んでいく。

 リンが最初に到達。足の速さじゃ誰にも負けたことがなかった。ニケとは反対方向を睨みライフルを構えて敵の存在を探す。

 歩兵が施設内に突入し、通信兵が続く。リンもその横について突入した。殿しんがりはニケだった。

 裏口から侵入した先は倉庫兼空調施設だった。施設内は荒らされていたが弾痕や赤や緑の血しぶきは無かった。

「全員、装備を確認。弾倉は捨てるなよ」ニケは集結した小隊に指示を出した。「よし、まだ電力は生きている。発電機を探す手間が省けた」

「通信施設は3階です、軍曹。以前に来たことがあります」

 真面目な通信兵が報告した。

「わかった、ついてこい。民間人がいるかもしれない。誤射に注意しろ」

「しかし軍曹。テウヘルは捕虜をとりません。捕まったら最期、連中の腹の中です」

「ほう、じゃあ齧られた・・・・死体を見たことが?」

「いえ、軍曹」

「じゃあ連中はヒトを食わない。第一、ヒトは臭くて食えないだろう」

 ──そういえば、ブレーメンも嗅覚が鋭いんだった。

「準備はいいな。近接戦闘だ。角に注意しろ」

 小隊はニケを先頭に上階に続く階段を登った。機関銃手が続き、通信兵が真ん中、擲弾兵と歩兵が続きリンは最後尾だった。

 2階に到達するとすぐに銃声が響いた。ニケが持つ三三式ライフルの素早い発砲音。しかし戦闘はすぐに収まりニケの合図で進んだ。廊下にはテウヘルの死体が3つ──頭部のバイタルポイントをめちゃくちゃに破壊されたのが2つ、アーマーに弾痕を残しつつ側頭部にナイフによる傷があるのが1つ。

 3階に登ろうというとき、廊下の突き当りの角の向こうからバラバラな重い足音が響いた。

 「接敵!」

 リンは叫んだ。民間人……そんな訳がない。

 膝立ちになり、照準器いっぱいにテウヘルの巨体が現れた瞬間に1発を放った。隣に仲間の歩兵もやってきて制圧射撃をする。

 アーマーに命中──浅い。早く次を撃たないと。

 2発目もアーマーに命中。しかし貫通したようで、致命弾ではないが倒せた。しかし次々とテウヘルが機関銃を乱射しながら突撃してくる。狭い廊下であちこち跳弾ちょうだんする。

 恐怖で指先が震える。だがそれでも引き金を絞った。となりで誰かが倒れる感覚。

 テウヘルの1匹の首と頸椎がまとめて吹き飛んだ。リンはいつもの動作で次弾を装填すると、アーマーを撃たれてたじろいでいるテウヘルの頭部を吹き飛ばした。さらにその背後──テウヘルの機関銃の銃口がまっすぐこちらを見ている恐怖で漏れそうになる──我慢。

 発射──アーマーを貫通し撃ち倒した。

 柱の陰に身を隠す。ちょうど弾切れ。空のクリップを排莢し、次の装弾クリップを押し込む。

 新手の敵の姿は見えない。負傷し怒ったような唸り声を出すテウヘルが3匹だけ。

 リンは流れるような動作で倒れているテウヘルに装填した弾丸を全て撃ち込んで止めを刺した。

 排莢──新たな弾を込める。そこでやっと呼吸を忘れていたことに気づいた。深く息を吸う。火薬の臭いと血の臭い。銃声のせいで耳鳴りがいんいんと聞こえる。隣にいたはずの仲間は倒れて動かない。

「リン、無事か」

「ごめんなさい。あたし」

 ニケはひとりで戦いながら仲間も守っている。それなのに──それなのに自分の身を守るので精一杯だった。

「大丈夫だ。はやくこっちへ。任務を達成するぞ」

 ニケの後に続いて3階へ登った。仲間は4人になってしまった。

 隊列の先頭でひときわ大きな単発の銃声、そしてテウヘルのうめき声が轟いた。ニケが──たぶん拳銃とナイフでテウヘルを倒した。

「リン、民間人の捕虜だ。縄をほどいて水を飲ませてやるんだ。そのあとは、そうだな。隣の駐屯地と接続が途切れないようにこの通信室を死守する。以上だが」

「うん、任せて」

 ニケは通信室の出入り口へデスクを軽々と運ぶと簡易のバリケードを作っている。通信兵はボタンがたくさんある機械を手際よく操作している──仕組みはよくわからないが、彼は頭が良さそう。

 リンはもう一人の歩兵と協力して捕虜の腕にきつく巻かれた縄をナイフで切って回った。背嚢はいのうからのハイドレーションバッグ給水袋を取り出して、渡してあげた。

「リン、こっちへ。敵が近づいてる。少数だが油断できない」

 ニケは4人がけのソファを軽々と持ち上げると階段に落として足場を悪くした。テウヘルは突撃できないし、柔らかいソファは弾丸をそのまま通してしまう。もうひとりの歩兵は通信兵と顔なじみらしくふたりで協力して通信機を操作している。

 ライフルを構えた。たった半日でも酷使したせいであちこち傷だらけになってしまった。装填を確認して銃口を階段の下の角へ向けた。

「リン、疲れてないか」

「まだまだ平気。たくさんご飯を食べたからね。ニケはどう? ちょっと顔色が悪い?」

「さっきの傷が開いて少し出血しただけだ。それとリン、これを。手榴弾だ。敵が来たら投げつけてやれ」

「うん、わかった! あたし、全力で戦ってやるんだから!」

 心強い。隣にニケがいて一緒に戦ってくれる。嬉しい。がんばったらいっぱい褒めてくれるかな。

「無理だと思ったらすぐに引くんだ。生きていたら次の手が打てる」

「その前にやっつけてやる」

「そうじゃなくて」ニケの長い溜息が聞こえた。「命を大切にするんだ。任務も大切だが生き残ってこそ意味がある」

 ぽん、とニケはリンの頭を撫でた。

「軍曹、基地との接続が完了しました。大尉からの通信を中継します」

「わかった。巡空艦じゅんくうかんから砲撃が来る。一発目は大きく外すかもしれない。念のため窓から離れておくんだ」

 言い終わらないそばから雷鳴のような遠鳴りが聞こえた。数秒の間隔を開けて建物全体が激しく揺れて窓ガラスが吹き飛んだ。部屋の奥に集まっていた民間人たちは悲鳴をあげた。

「くそ、射程ギリギリのせいでぜんぜん違うところに着弾している。っと、こっちも来たか。新手だ」

 予兆は無かったけれど──照準器を覗き込むとテウヘルの部隊が突撃してきた。ガラクタが放り込まれ足場の悪い階段を無理矢理に登ってこようとしている。ニケが的確な3点射撃で動きを封じた。リンもボルトアクションをなめらかに操作して次々にテウヘルに弾丸を撃ち込む。

「リン、手榴弾を!」

 リンが新たな弾薬クリップを装填しようとしたときの指示だった。ピンを引き抜き、階段下の踊り場へ向けて投げた。

 爆発音と振動。粉塵を巻き上げる突風が突き抜けてきた。しかしそれ以上の地響きが続いた。窓の外で巨大な黒煙が立ち上っている。

「うへっ、次はここに落ちてきそう」

 リンは新たな弾薬を薬室に送り込みながら悪態をついた。

「ここも、敵が集まっている基地も、そう離れていない。だができればテウヘルの集団の上に着弾してほしいところだが──」

 新手──テウヘルはどこからか引きちぎってきた鉄製のドアを盾に階段を登ってくる。が、ニケはその背後に手榴弾を投げ込んであっけなく倒した。

「テウヘルの攻撃がゆるい。指揮官クラスがもう死んだか逃げたらしい。勝てるかもしれない」

「じゃあさ、戦闘が終わったら、そうだなぁお腹いっぱいに糧食を食べたい!」

「ああ、俺のもやるよ」

「食べなくていいの? さっきも水を飲んだだけだし」

「ヒトほど頻繁に食事を摂らなくていいだけだ」

「でも、あちこち傷だらけだし。何か食べたほうが良いよ」

 テウヘルの攻撃が止んだ。リンはライフルに残った空薬莢を捨てた。床で金属音が鳴った。

「そうだな。塩がたっぷりかかった肉が食べたい。正直なところ、ヒトの食事は脂っこい上に味が薄い」

 ニケはちょっと険しい顔をしていた──どこか痛いのだろうか。

「軍曹、効力射が来ます! 上空の風が強いので何発かは外れるとのことです」

 通信兵が早口で告げた。

「わかった。全員、部屋の奥へ。通路は爆薬で塞ぐ」

 ニケはガラクタやテウヘルの巨体で半ば埋まった階段に余った梱包爆薬を投げ込んだ。数秒の後に爆薬が炸裂して緑の肉片や壁のコンクリート塊が一緒になって崩落して足場を完全に塞いだ。

 そして空高くから不器用な虫の羽音のような遠鳴りが次第に大きく近づいてきた。

 遠くで連続した閃光が見えた。空気が割れてたなびいていた白煙を蹴散らして爆轟が到来した。地面を掘り起こすかのような猛攻だった。たちまち空は真っ黒な煙に包まれて太陽が見えなくなる。

 しかし1発が大きく外れて市街地に落ちた。そしてもう1発が通信施設の壁に突き刺さって爆発した。

 天井がゆれて電灯が落ちてきた。床もひび割れて窓際にあった通信コンソールは壁ごと階下へ崩落してしまった。

 砂埃で何も見えない。口と鼻を袖で覆い、しかし右手はライフルから手を離さなかった。

 静寂。やがて風で砂埃が晴れるとどこにもテウヘルの姿は無かった。基地周辺は市街地ごと巨大なクレーターに変わった。ほんの今日の朝までただの田舎町だったのにその痕跡は徹底的に破壊され尽くしていた。

 ぽん、と頭の上にニケの大きな手が置かれた。

「なんとか押し返せた。よくやったな、リン」

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