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 怒号、銃声、爆発音、悲鳴───

 暗闇に慣れた目に飛び込む光──味方の警備兵が工場の屋上に上り、敵対者を探そうとサーチライトが照らされる。その強烈な光が通り過ぎるたびに敵ないし味方の人影がちらりと映る。

 ニケはずるずると重いその体を引っ張ってコンクリートの柱の陰を目指した。耳元で甲高い風切り音を立てて銃弾が通り過ぎていく。

 緊急事態なのに思考が緩慢に順繰りに記憶が巡る。

 こんなはずじゃなかった───住み慣れた里を出なければならない。

 こんなはずじゃなかった───剣技の稽古けいこではなく銃の訓練と兵法を覚える日々。

 こんなはずじゃなかった───ヒトを守ると誓い獣人テウヘルと戦う心構えをしていたのに。

 柱の陰に隠れた。銃弾が壁を穿ちパラパラとコンクリート片が降り注いでくる。誰かに狙われている───大丈夫。夜目の効かないヒトはこの暗闇の中で照明が無い中で命中させることなんてできない。ましてや相手はろくに訓練を受けていない民兵集団のはず。

 それなのに。

 ずるずるとひきずってきた体をゆっくりと横たえる。とことん運が悪い。

「先輩、傷口をしっかり押さえててください」

 自分の血じゃない───べっとりと血が付いた手で、先輩の両の手をつかんで胸にぽっかり開いた傷口にあてがってやる。しかし指の隙間からどくどくと熱い血が流れ出てくる。

 士官学校しかんがっこうで習った───ブレーメンよりはるかにもろいヒトの体の構造───動脈が切れている。

「すぐに止血剤を。いやすぐに医療班を呼んできます。呼吸をしっかり!」

 こんなの普通の銃創じゃない。対獣人テウヘル用の大口径弾で撃たれている。

「たす……けて」

 口から唾液と血が混ざってどばっと吹き出た。途端に激しく咳き込み始めて体が震えた。

「喋らないで! 気道が塞がってしまう」

「たすけて」

 最期にはっきりと聞こえた言葉。2度3度、引きつけを起こしたかのように息を吸うとそのまま動かなくなってしまった───溢れ出ていたはずの血も止まってしまった。

 ニケは開きっぱなしの先輩の両まぶたを閉じてやると、ライフルの負革おいかわたぐりよせ構えた───プルバップの弾倉を新しいものに交換し、先輩の亡骸から弾倉を受け取ると戦闘服のポケットに突っ込んだ。

 里を捨て、ア・メンを捨て、連邦コモンウェルスのためにとヒトの社会で耐えてきたのに。

 民兵たちがバラバラとした足取りで破壊した軍需工場の壁から侵入してくるのが見えた。

 復讐───そして走った。たぎる血の熱さを冷ますため。

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