第25話 自己犠牲
8月下旬の昼下がり。じっとりと蒸し暑い日が続く中、今日は適度に風が吹いて過ごしやすい気候となっていたため、僕と
僕たちと同じようにカフェで勉強に励んでいる者、近くのベンチに座って休憩している者、次の講義に遅れそうなのか慌ただしく道行く者、僕の目にはその全てが怪しく見えてきた。──この中に許斐さんを付け狙って僕を殺そうとした張本人が潜伏しているかもしれない。そう考えると、僕は居ても立っても居られない気持ちになる。
「
僕の不安と焦慮に駆られた心情を察してか、許斐さんは至って冷静に優しく声を掛けてくれる。──ストーカーの被害者である許斐さん本人が落ち着いているのに、僕がこんな調子でどうするんだ。僕は一度平静を取り戻すために、ゆっくりと深呼吸した。
「折角いい天気だからさ。あんまり
「ご、ごめん……。」
僕は許斐さんのストーカー被害の現場に居合わせるという目的があるとはいえ、彼女と過ごす時間を
「多分、例のストーカーからだと思う……。」
許斐さんは今に至るまで幾度となく非通知による迷惑電話を経験している。そんな彼女は直感的に何か感じ取ったのか、不安と恐怖に満ちた表情で固まってしまう。
「大丈夫。僕が付いてるよ。」
今度は僕が許斐さんを落ち着かせる番だ。臭い台詞であることを自覚しながらも自身の存在を強調して安心してもらおうとする。僕の
無論、どんなことがあろうとも僕が発言することは不用意にストーカーを刺激することに直結する。そのことを改めて脳内で反芻しながら、僕は許斐さんとストーカーとの通話を黙って聞いていることしかできない歯痒い思いに耐えるべく覚悟を決めた。
「っ、もしもし……。」
「許斐ちゃん、元気?今日はいい天気だねぇ。」
「涼し気な水色のワンピースも、よく似合ってるよ。」
「ひぅ……。」
今日の服装を言い当てられた許斐さんは、声にならない声を上げる。僕は
僕が急に身を翻してきょろきょろと忙しなく目線を動かせば、風を切る音や物音がイヤホン越しにストーカーの耳に入ってしまう。これまでの行動から察するに、ストーカーは自分の正体が明かされることを恐れている様子がある。僅かな違和感でも不信感を与えかねない。
それに、もし付近にストーカーが潜伏しているなら、僕は動かない方が得策だろう。動けば許斐さんとの通話内容をこちらも把握していることを公言するのも同然だし、
「この前は変な奴と一緒に歩いていたみたいだけど、どういう関係なの?」
ストーカーは白々しくも先日の夜道での騒動を引き合いに出す。
「彼とは、ただの友人です……。彼は関係ありません!」
「じゃあ何であんな奴を庇ったりしたんだよ。俺は折角許斐ちゃんについていた悪い虫を追い払ってあげようとしたのに。」
ストーカーは悪びれる様子もなく
「私に用があるなら、私に直接会いに来てください! 逃げも隠れもしませんから!」
──許斐さん! それはダメだ! 僕はアイコンタクトで彼女に強く訴えかけて
許斐さんは、僕をあわや死に追いやろうとした張本人の
「悪くない提案だけど、今はまだその時じゃない。許斐ちゃんにはまだ俺の正体を明かしたくないしね。その方が、許斐ちゃんも俺のことをずーっと考えていてくれるでしょ? 相思相愛ってやつだね。」
──狂ってる。もはや僕には怒りや恐怖といった感情を通り越して殺意すら湧いてくる。許斐さんは顔面蒼白で言葉を失っている。
「俺、今はこうして許斐ちゃんの声が聞けるだけで満足だから。また今度連絡するよ。」
そういって一方的に通話が途絶えた。僕たちの間には暫しの沈黙が流れるも、近くのテラス席に座っていた数名の学生は僕たちの徒ならぬ雰囲気を察知したようで、
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