第24話 自己反省-2
僕たちは病院から車を走らせること30分ほどの距離にある、海岸線沿いの海鮮料理専門店に来ていた。頭蓋骨のひびが早く治るようにと、カルシウムたっぷりのシーフードを食べに行こうというのは、
「
許斐さんと一緒に店内に入る。僕たちは今が旬の
食事が運ばれてきてから、新鮮な海の幸に舌鼓を打っていると、会話の話題は自然と昨日の事件へ移っていった。
「人目につかない夜道で実力行使に出るなんて、ストーカーは計画的に明確な殺意を持って襲い掛かってきたみたいだよね……。」
薄暗い路地に入ってから間もなく殴られたという状況から鑑みるに、犯人は僕たちの跡をつけながら、襲撃するタイミングと場所を吟味していたようだ。しかしそうなると、当然の疑問に行き着く。
「じゃあ、犯人は何時、何処から私たちをつけていたんだろう……。」
それは僕も随分と前から気になっていた。ただ、許斐さんは自宅から大学付近の居酒屋まで移動して、数時間滞在した後に僕と一緒に徒歩での帰宅途中に襲われた。つまり、尾行の
もっとも、許斐さんはストーカーに自宅付近で尾行されたことはないようで、当日家から1人で道を歩いていた際も自分に付き纏う人間の気配は感じなかったという。許斐さんの証言を信用するならば、ストーカーが僕たちの尾行を開始したのは親睦会からの帰り道ということになる。
要するに、ストーカーは許斐さんの電話番号という厄介な個人情報を掴んでいるようだが、彼女の自宅の場所や家族構成など、未だ詳しいところまで知り得てはいないだろうというのが僕の結論だ。終電が過ぎた時間帯に大学付近で姿を現したということは、犯人の住処もその周辺だという推測も成り立つ。許斐さんは大体、通学時に悪質な迷惑電話や付き纏い行為を受けることが多いというので、その点も一致する。
犯人の動機が凡そ
──以上の諸事情を総合的に勘案すれば、現時点でストーカーは、許斐さんに対して直ちに脅威となり得る存在では、依然としてないだろう。とも言い切ることができないところに、僕は焦りを感じ始めていた。
ストーカーは僕を排除しようと、牙を剥いた。その事実は、犯人には殺人をも
「否己くん、聞いてる?」
僕はあれこれ考えを巡らせている間に、許斐さんとの対話を疎かにしていたようだ。
「はぁ。否己くんってば、また1人で先走って私の話聞いてなかったんでしょ。」
許斐さんはやれやれといった様子で、僕に諭すように話し始める。
「否己くんが私を心配して色々と考えてくれているのは分かるし、とても嬉しいよ。」
「けどね、否己くんにはもっと自分を大切にしてほしい。今だって大怪我してるんだし、次また同じようなことがあったら危ないのは否己くんの方なんだよ?」
許斐さんの尤もな言い分に、僕はぐうの音も出ない。
「もっと私のことを信頼して、ね……?」
僕はここ最近、何かと彼女に助けられてばかりだというのに、1人で独善的に突っ走ろうとする悪癖は未だ直っていなかったようだ。僕は許斐さんの言葉を噛み締めるように
「うん。許斐さんのことは頼りにしてるよ。」
そこで僕は、先程閃いた犯人特定に向けた次なる一手を打つために、彼女に協力を仰いだ。
「明日からの1週間、学校でのストーカー被害を記録しておいてほしいんだ。」
◆◇◆
月曜日、僕は未だ治まらない頭痛と格闘しながら大学へと足を運んだ。1限の講義を終え、次は3限のゼミに遅れないように教室を早めに訪れた。すると、昨日車で自宅まで送ってくれた許斐さんも、開始時刻より大幅に早く教室に来ていたようで、こちらに気が付くや否や声を掛けてくる。
「怪我の具合はどう?」
「痛みは大分マシになってきたよ。でも、まだ痛み止めは手放せないかな......。」
「昨日伝えたこと、覚えてるよね?」
「ばっちりだよ。」
僕には、許斐さんのストーカーの正体を炙り出すために、ある考えがあった。それを実行に移すため、僕は許斐さんに件の指示の内容を理解しているか、改めて確認するように目配せした。
講義は前回同様にグループ形式での作業が中心だった。従って、前回決定された僕と許斐さんが所属するC班のメンバーがその場に出揃う、はずだった。
「あれ、
すると、同じく班のメンバーである柳楽さんが話しかけてきた。僕は言われて辺りを見回すけれど、確かに宮良先輩の姿が見えない。すると教授が僕たちの困惑を察するように、補足する。
「そういえば、宮良くんからは体調不良で欠席する旨の連絡がありましたので、5人居るA班からC班に1人移籍して作業するようにお願いします。」
教授による突然の指示に困惑するも、逸早く席を立った男子学生が僕たちの近くの席に移動した。
「俺は
そう軽々しい口調で名乗る男に、僕はあまりいい印象を抱かなかった。だが、どうやら彼は柳楽さんの所属する音楽サークルの先輩らしく、許斐さんとも同級生として、一応面識があるらしい。僕はどうやら、ストーカーの一件をきっかけに、男性に対して必要以上に警戒心を強めてしまっているみたいだ。
「準備が出来たみたいなので、作業を開始してください。」
教授の合図で各班が一斉に作業に取り掛かる。今日は「国家間紛争における武力行使の結果として生じるエコサイドを未然防止するための国際法上の対処」とやらを議論して、研究結果を発表するまでが一連の作業として僕たちに課せられた。
前回と異なるのは、宮良先輩のようなムードメーカーが居ない分、作業効率が上がらないところだ。それでも何とか熟議を重ねて、皆で知恵を絞りながら意見をまとめ上げて発表に間に合わせることができた。
講義全体が滞りなく終了し、
「許斐ちゃん、帰るの? 先週辺りから妙に元気ない感じに見えたんだけど、大丈夫……?」
許斐さんは
「うん、もう大丈夫。心配してくれてありがとうね。」
「いやいや、いつも笑顔の許斐ちゃんが元気なかったら、誰でも心配するよ。」
2人の会話から完全に爪弾きにされた僕は、所在なく立ち尽くす。知り合いとはいえ、許斐さんに対していきなり馴れ馴れしく話しかける鷲尾先輩のことを、やっぱり好きになれないのは、所謂やきもちというやつだろうか。
「ごめん。この後予定があるから、そろそろ行くね……。」
「予定って、その子と?」
──そうだよ、何か文句あるのか。僕はムッとした顔でこちらを伺う鷲尾先輩に鋭い目つきで見つめ返す。
「うん。だからもう行かないと。」
許斐さんは放置されていた僕の心情を察してか、早々と会話を切り上げようとしてくれている。
「引き止めちゃったみたいで、すまなかったね! それじゃ。」
「またね!」
許斐さんは、僕を放って立ち話に興じたことを一言詫びてから歩き出した。僕はストーカーを捜し当てるために編み出したアイデアを検証するため、警戒心を一段と高めて
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