第17話 自己欺瞞

 甲高く鳴り響く着信音とバイブレーションによって叩き起こされる。自分で思っていたより疲れていたようで、すっかり熟睡じゅくすいしていたようだ。


 寝起きでまだいつも通りの声がでない喉で咳払いを1つ、スマホの画面を見るとそこには宮良みやら先輩と表示されていた。


 昨日のゼミで軽く自己紹介を済ませた後、同じ班のメンバーとなった僕たちは今後の活動を円滑化えんかつかするためにも、連絡先を交換していた。その後すぐに先輩から電話がかかってきたことにも驚いたが、どことなくこの状況にデジャブを感じた僕は起きて早々嫌な気分になった。


「もしもし、遅くなりました。」


 第一声に、まずは電話口で待たせてしまったであろう宮良先輩に非礼ひれいを詫びる。


「あー、いいよそんなこと。それより、さ。」


「ゼミで親睦会を催すことになったからさ、その日程が決まったのでご報告。」


「土曜日の夜7時から、大学近くの居酒屋に直接集合する形になるからよろしく。詳しい場所は後で送るよ。」


 そう一方的に内容を伝えられる。休日の予定は何も決まっていないので、特に断る理由もない。


「分かりました。」


「うん。ところで、昨日俺が言ったこと覚えてる?」


 ──昨日言ったこととは、あれか。ゼミの講義が終わった後、許斐このみさんと教室を出る間際に「今度何があったか、俺にも聞かせてくれ」と言っていたことだろうか。


「は、はい。」


「積もる話もあるだろうから、今は聞かないけど、土曜日はそこんところ詳しく頼むよ。」


 僕はあくまで一方的に話し続ける宮良先輩に、ずっと気になっていた疑問をぶつける。


「あの、先輩は許斐さんとどういう関係なんですか?」


友樹ゆうきでいいよ。あと、その他人行儀な話し方も、お互い気を使って疲れちゃうでしょ? 2人の時は敬語なんていらないよ。」


「あ、ありがとう。友樹、くん……。」


「それで、俺と許斐ちゃんの関係についてだっけ?」


「別に大したことじゃない。俺と彼女は幼馴染でね。大学で偶然再会して以来、ちょっと仲が良い友達ってだけ。」


「ここだけの話、許斐ちゃんから聞いたよ。影太えいたくんが高校時代の後輩で、今度一緒にご飯行くんだーって。」


「すっごく嬉しそうに話してたよ。あれだけの美人にモテるなんて、影太くんもなかなかすみに置けないじゃない?」


「それが昨日、あんなに分かりやすくしょげちゃって。僕もあんな許斐ちゃんは初めて見たからびっくりしてね、影太くんが何かやったんじゃないかって変に勘繰かんぐっちゃったって訳。」


 そう淡々と語る宮良先輩からは、ただ純粋に友達をおもんぱかる正直な気持ちが感じ取れた。


「ち、違う。僕も昨日から許斐さんの様子には違和感があって……。」


「あー、わかってるよ! 影太くんとも何度か話してみてある程度人となりとかも理解できてきたと思うし、電話越しだけど、君もかなりテンション低いみたいだし何か予想外のことがあったのは簡単に想像できる。もう影太くんについては、何も疑っちゃいないよ。」


 宮良先輩は全てを見透かすようにそう告げる。寝起きとはいえ、自覚していないだけでまだまだ落ち込んだ気分から立ち直れていない僕は予想以上に低い声で受け答えしていたようだ。だが、そうした繊細な変化に気付くことが出来るほど周囲をよく観察し、思いやりの心を持って接している先輩の姿勢に僕は心を開き、この人になら相談できるかもしれないと考えた。


「ありがとう。昨日、あの後個人的に許斐さんと話して違和感の正体について、手掛かりがあったんだ。そのことでいろいろと相談したいことが……。」


「うんうん。わかってるよ。俺も影太くんも、それぞれお互いしか持ち得ない情報があるはずでしょ? 許斐ちゃんが何か問題を抱えているなら、その解決のため、定期的に情報交換したほうがいいかなーって。」


「今はそれだけ。より詳しい話は、もっと長い時間がとれる土曜日にね。」


「わかった……。それじゃあまた。」


「うん、またね。」


 電話が切れれば、僕はまたベッドに横たわって天を仰いだ。しかし、許斐さんが何かに思い悩み、助けを求めていたとして、それを誰にも話したがっていないのに彼女について勝手に嗅ぎ回り水面下で暗躍あんやくしようとするのは、彼女のプライバシーを害することにならないだろうか。一抹の不安を抱え、及び腰になるが、真相への探求心と彼女をどうにか助けたいという思いで、自分をあざむくように正当化する。


 そうと決まれば、兎に角行動あるのみだ。そう思い立った僕は、身支度もそこそこに大学へと向かうのだった。

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