第7話 自己陶酔-3

 すっかり冷めてしまったミートソースパスタを一口食べてから改めて切り出す。


「どういう意味ですか?」


 僕は高校の入学式で在校生代表として演説を行った許斐佳容このみかよに一目惚れし、告白した。その見目麗みめうるわしい容姿から高嶺の花と称される一方で、誰にでも分けへだてなく接する優しさと柔和にゅうわな人柄にかれ、思いの丈をぶつけた結果遭えなく玉砕したという過去を持つ。それが一部では面白おかしいネタとして扱われ、噂に尾鰭おひれがついて全校生徒の知るところとなったことについては、彼女に非がないということで誤解が解けた。だが、僕の告白については、彼女はあの時「ごめんなさい」といって断ったはずだ。それがどうやら、彼女との間で食い違いがあるようなのだ。


「どういう意味も何も、私は否己いなきくんをフッた覚えはないよ。」


「でも、あの時許斐さんは確かにごめんなさいって……。」


「あぁ、あれはどのみち私はもう少しで卒業しちゃうし、都内の大学へ入学が決まっていたから少し疎遠になって、いろいろと不便をかけることになるかもってことを伝えるための枕詞まくらことばのつもりだったんだけど……。確かに今考えると誤解を招くような言い方だったよね。」


 ──そうだったのか。僕は元々良い返事など期待していなかったからか「ごめんなさい」の一言を聞いた瞬間に勝手に諦めをつけて、思考が停止した状態でその先の言葉を勝手に想像し、これ以上聞きたくないと現実から目をそむけただけだったのだ。全ては僕の早とちりと現実逃避という悪癖あくへきが招いた事態であり、いよいよ許斐さんは何も悪くないじゃないか。


「それにしても驚いたよ。私たちの母校からは結構距離がある場所だからね。まさか同じ大学で、同じゼミで再会できるとは夢にも思わなかったよ。」


「否己くんはあの後そうですか、って一言つぶやいて帰っちゃうもんだから、遠距離になるのは嫌だから逆にお断りされちゃったのかなって勝手に解釈かいしゃくしちゃったんだけど。」


「やっぱり否己くんはちゃんと話聞いてくれてなかったんだ……。確かに今思い返すと、どこか上の空だったなーとは思ったんだよね。」


「本当に、申し訳ありませんでした!!」


 ──もはや全面的に、100%僕が悪い。弁解の余地もない。なんて情けないことだろう。


「いやいや! いいんだよ! でもまさか否己くんも同じ大学を志望してたとはね。」


 ──世間的にはそこそこ名の知れた私立大学だ。確かに偶然だが、在り得なくもない話だろう。


「やっぱり頭いいんだね! いや、私も通っている大学だから、その言い方だとなんか自慢っぽくなっちゃうか。」


「僕は一般入試ではなく推薦入試で合格しました。あんまり頭の良さは関係なかったかもしれません。」


「推薦入試の方がレベルが低いなんて言うのは時代錯誤な考え方だと思うよ?小論文とかはある程度の基礎知識と文章構成の上手さが求められるし、面接とかでもきっと否己いなきくんの誠実な人柄がきちんと伝わった結果、他の受験生よりも優秀だってことが認められたんだろうし。」


 ──地方の三流高校から都内の有名大学へ推薦入試を経て合格した時には、運だのまぐれだのとひがまれたものだ。それが、許斐さんは僕のことをしっかりと認め、褒めてくれる。先程とは違って、この人が嘘偽りなく、誠実に素直な感想を伝えてくれていることが目を見れば分かった。


 それにしても、いろいろと誤解が解け、お互いに抱えていた多年の疑問が氷解するうちにようやく味がはっきりと分かるようになったが、このミートソースパスタはなかなかに美味い。惜しげもなく盛られた合挽肉がトマトベースのソースと見事なハーモニーを奏で、アルデンテのパスタとよく絡んでいる。


「ありがとうございます。それにしてもこれ、美味しいですね。」


「そうでしょ! 私はここに来るときはいつもこれを頼むんだけど、全く飽きずに食べられるんだよね!」


 セットのピザトーストも食べ応えがあって具沢山だ。所謂いわゆる食パンが切り分けられた形のトーストではなく、本物のピザがそのままワンサイズ縮んだような形をしており、ピーマンやトマトといった野菜にペパロニが散りばめられており、かなりのボリュームだ。僕は一般的な人より良く食べる方なのでこれくらいはまだ完食できる量だが、許斐さんにとってこれは多くはないのだろうか。まあいつも注文していると言っていたので、杞憂きゆうなのだろう。


「やっぱり、5年ぶりに再会したけど、否己くんの口下手だけど誠実な感じとか、あの時から変わってなくて安心した。」


 ──そんな風に思ってくれていたなんて。僕は許斐さんの言葉に陶酔感とうすいかんを覚え、思いがけず口走ってしまう。


「もし許斐さんさえよろしければ、あの日の埋め合わせ、させてくれませんか……?」

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