第6話 自己陶酔-2
「到着です! ここだよ!」
お互いがお互いの歩くペースに合わせようとしたためか、予定より若干遅れて着いたのは
「
一目見て抱いた感想を最大限美化して言語化する。
「いやいや! 植物とか壁に張り付いちゃってるし、営業中とかどこにも書いてないし、廃墟同然だと思うけど……。」
「でも安心して! ここの料理は安いし、何でも美味しいから意外とお客さんくるんだよ? 知る人ぞ知るってやつ……?」
そう
「一先ず入ろうか! さぁ、どーぞ!」
そういってこのみさんは率先してドアを引いて中に入るよう促してくれた。その
「それじゃあ、まずは注文から済ませちゃおうか。何かアレルギーとか、嫌いなものとかある?」
「いえ、特にありません。」
「そっか、じゃあ私のおすすめはこのミートソースパスタとピザトーストのセットなんだけど、どう? これがここの名物で、すっごくおいしいんだよね!」
聞けば量もかなり多く、ブラックコーヒーがおかわり自由だというので至れり尽くせりだ。キッチンからやってくる多種多様な料理の香りに食欲がそそられ、思いのほか空腹であることに気付かされた僕は迷わずこのみさんのおすすめに従うことにした。
「マスター! いつもの2つお願いします!」
キッチンから顔を出さないマスターの代わりに、このみさんが立ち上がって注文内容を伝えに向かう。注文を任せっきりにしてしまったことに少しだけ罪悪感を感じて窓の外に視線を移すと、間もなくこのみさんがサービスのコーヒーが入ったカップをソーサーに乗せて持ってきた。
「はい、どーぞ。」
溢さないように慎重にカップ&ソーサーをテーブルにおいて、1つを僕に差し出してくれた。僕はそれ受け取って「ありがとうございます。」と伝えると、マスクを外してテーブルの端に置いて、
「だいじょうぶ?」
僕の
「それじゃあ、聞いてもいいですか。」
遠回しにこのみさんに対して話をするように促す。結局謝罪したいこととは何だったのか。
「うん。じゃあ、話すね。」
「まず、
──やっぱり。このみさんはどうやら僕と面識がある前提で話を進めようとする。でも、どれだけ頭の中で記憶を辿っても僕の方には心当たりがない。ましてや1つ上の先輩なんて……。
「僕は、その、このみさんとはお会いしたことがないと思います。」
「そのこのみさんって、もしかして私のファーストネームだと思ってる……?」
──違うのか!? もしかして、この透き通るような声色、優しそうな印象を与える目元、まさかという思いが急激に脳の回転と心拍を加速させるとともに、高校時代の記憶が走馬灯のように駆け巡る。次の瞬間、彼女はマスクを外しながら続けた。
「私の名前は
──思い出してくれたかだと。思い出したとも。何を隠そう僕が高校の入学式で在校生代表として登壇した彼女に一目惚れして以来ふつふつと恋心を募らせ、高校2年生の冬、ある日下校時間を過ぎて誰もいなくなった教室に呼び出し、一世一代の告白をした相手こそがこの女だ。僕が懸命に振り絞った勇気はどこ吹く風といわんばかりに、あっさりと「ごめんなさい。」の一言で片づけられたまではよかった。ただ、
「今更、なんなんですか。あなたの
──そう、昨夜だってその頃のトラウマがフラッシュバックして全然眠れなかったんだよ! 恨みがましく、皮肉をぶつける。
「本当にごめんなさい! でも、否己くんとの会話について私から誰かに言いふらしたことなんて何ひとつないの!」
──なるほど。謝罪とはこのことだったのか。僕は喜怒哀楽を目まぐるしく移り変わる感情の整理に精一杯ながらも、腑に落ちないことを1つずつ質問する。
「じゃあ、なんで僕が許斐さんに告白したことが知れ渡っていたんですか。」
「それは……。断言はできないけど、否己くんが告白してくれたとき、教室の外でまだ下校していなかった生徒の影が横目に見えたの。もしかしたらその人をきっかけに噂が広まったのかも。」
「何で今になって謝るんですか?あの時すぐにでも一言言ってくれれば僕もここまで思い悩むこともなかったかもしれないのに。」
「うん。本当にごめんなさい。でも、否己くんの連絡先は知らなかったし、呼び出されたクラスにもあのあと何回か行ってみたけど学校にも来てなかったみたいで、そうこうしてるうちに卒業しちゃって。」
──確かにそうだ。僕はフラれたショックと学校の居づらさで不登校ぎみになっていた。改めてよく考え直してみると、僕にも非があることは明白だ。勝手に
「
時間を忘れて会話に
「食べよっか……。」
配膳してくれたマスターは何か
「あの、僕の方こそ、すみませんでした。」
「何で否己くんが謝るの?」
「元はと言えば僕が
「そんな! 否己くんは何も悪くないよ! 逆の立場だったらすごく悲しいし、怒るのも当然だと思う。」
すかさずフォローしてくれる許斐さん。──だが……。
「ありがとうございます。でも、フラれた相手にフォローされるっていうのはなんというか、複雑な
「えっ、フラれたって、どういうこと?」
──えっ……?
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