第70話







「ぬぁ?」


 俺は窓から入ってくる光で目が覚めた。


「ふわぁ、よく寝た」


 そう呟きながら、背を伸ばして意識を覚醒させると、隣を見た。

 そこには、俺の愛しい女性の一人である月読が心地良さそうに眠っていて。

 

「むぅ、甘味を...寄越すのだ...」


 なんて、女神の威厳も何もないような寝言を言っている。


 そうだな、俺も街に出たことはここ一ヶ月の移動の時に菫に誘われて、少し寄ったぐらいだから今度紅葉や紗枝、冥奈に帰ってきていたら美雪も誘って出かけてみるのもいいかもな。


 俺はそう考えながら、霊術などを使い手早く着替えを済ませ、少し乱れている布団を月読が起きないように直して、部屋を出た。

 できれば起きるまで横に居てやりたいが、今日から休学も解けて高校に通わなくてはダメだからな。紅葉や婆さんに言っておこう。







 ちなみに、昨晩はあの後雰囲気は散ってしまったが、俺も月読も十年以上我慢していたために「もうこれ以上我慢するのは無理」となり、抑えきれずにシた。

 感想は最高だったとだけ言っておく。








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「おはよう。昨晩はお楽しみだったな?」


 居間に着くなり、紅葉にそんなことを言われた。どうやら冥奈はまだ寝ているようだ。


 まあ、確かにその通りだが、実際に言われるとなんとも気恥ずかしい。


「おはよう。それと、恥ずかしいから揶揄わないでくれ」


「ククク、すまぬな。すまほでいんたーねっとを見ていたが、その中にこういう状況で言うお約束なるものがあってな。それを真似てみたのだが、貴様がそういうのならばこれからはやめよう」


「そうしてくれ」


 それにしても、美雪や紗枝に教わったはいえ、随分と電子機器の扱いに慣れてきたな。


「む、そういえば蒼夜は今日から学舎へ通うのだったな。今から朝食の準備をする。あと今日は弁当の材料を準備していなくてな、すまんが購買?や食堂?で食べてくれぬか?」


「ああ、それなら購買でパンでも買うよ。あと、時間にも余裕があるし、朝食を食べた後に話したいことがあるんだけどいいか?」


「わかった。明日はしっかり弁当を用意しておくので安心してくれ、では朝食の準備をしてくる」


 紅葉はそう言って、台所の方に向かって行った。


 いやぁ、にしても婚約者が毎食作ってくれるって幸せだな。作ってくれる料理も美味しいし、今度何か贈り物でもしよう。そうしよう。


「さて、それはそうと朝の鍛錬だ。短い時間でもサボると鈍ってしまうからな」


 俺はそう呟き、庭へと向かった。






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「うん、今日も今日とて美味い」


 朝の鍛錬を終えた俺は、霊術で身を綺麗にし、紅葉が作った朝食を食べている。


「それは何より。ところで蒼夜よ、すまほには弁当を作る際に昨日の夕食の残りを入れるとも書いてあるが、貴様はどう思う?夕食と同じものが昼間食べたいのなら多めに作って別で保管するが」


 うーん、家庭的。最古の鬼神が家庭的って中々にギャップあるよね。

 で、弁当の話だっけ?


「そうだな、紅葉の作る料理はどれも美味しいからな。紅葉が楽なら多めに作って保管しておけばいいし...まあ、紅葉が好きな方でやってくれ。あと、強いて言うなら俺は唐揚げやカツなどが好きだな」


「そうか、ではその時の気分で決めるとしよう。それで?そろそろ食べ終わるようだが吾に話とはどうしたのだ?」


 おっ、その話は少し長めになるかもだからな。パッパッと食べてしまおう。

 

 俺は朝食の残りを速やかに片付けて、食器を霊術で綺麗にしたのち、台所へ転送して紅葉と話す準備をした。


「ゴクゴク...ふぅ。さて、話すにしてもどう話したものかな」


 俺が紅葉に話そうとしたのは、昨晩月読に話したことと同じ事だ。まあ、早い話が月読に俺のしょうもない葛藤がバレている時点で、人間関係であれば月読より数段上と思われる紅葉にも、俺が彼女を抱く際に思ったしょうもない葛藤がバレているのは確実。

 あの時に紅葉に聞かれて言い訳じみたことを言ったが、本心全てを言ったかと言われるとそれは違う。ならば月読に言った以上隠すのなどやめて改めて言っておくべきだと思ったのだ。あとは俺の自己満足的な部分も多い。


 よし、きっちり一から百まで本心を言うとしよう。




 そうして俺は紅葉に本心を語り始めた。

 そして紅葉もそれを止めることなく全て聞いてくれた。




「なるほど、まあ吾も気付いておったよ。鬼の中には心の闇に漬け込む者も少なくない。吾はそういった鬼とは別だが、最古の鬼神故か少なからず相手の心や精神がどういった状態なのかわかるからな。それに、蒼夜の考えもわからないわけではない。昔から女も退魔師として戦い強い者や、退魔師でなくとも精神的に強い者はいたが、やはり男が前を進んだり手を引いたりすることが多かった」


「いやぁ、本当ヘタレっていうかしょうもない事で葛藤してごめんな」


「別に構わぬ。だが、女は何かと一本筋のは言った者が多い、まあ、悪女などもいる故一概には言えぬがな。それに、吾も月読も多少の事で折れたりするほど弱くはない。ましてや貴様はその年で超越者となりはしたが、吾や月読からすればまだ子供。いや、世間一般でも元服しただけでまだ子供といえる。だから辛い時や悩んだ時は好きに甘えれば良い」


 ヤバい、泣きそう。紅葉のことだから笑いどばしてくれるだろうとか思っていたけど、これは勝てる気がしないな。


「それじゃあ、これから先苦しい時は甘えさせてもらうよ。でも紅葉も俺のこと頼ってくれよ?」


「うむ。吾らは夫婦だからな。ところで蒼夜よ、先ほどから書こうと思っていたのだが、月読はどうした?まだ起きてこぬのか?」


 うん?そう言えば全然起きてこないな?

 いくら夜遅くまで起きていたとはいえ、こんなに寝坊する理由なんて......あ。


「あ」


「む?心当たりがあるのか?」


「あーいや、もしかしたら昨晩、その...激しくしすぎたかもしれない...」


 本心を言えて楽になっていた事や十年も待った事もあって、紅葉との時より何倍も激しくしてしまった気がする。

 あとは、紅葉が力を再現しているのと違い、月読は俺が作った依代に宿っているのも起きてこない理由の一つだと思う。それでも超越者と言えるだけの力はあるけど、やっぱり地力が違うし。


 その事を紅葉に伝えると、呆れた顔で「加減を覚えぬか、間抜けめ」と言われてしまった。


 だって仕方ないだろ、一昨日まで童貞で加減とか全く分からないんだから。


 俺は心の中でそう言い訳をしながら、月読にどう謝るかを考えるのだった。




 

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