第9話 脅威退散・第二ラウンド

 雨衣と入れ替わりでぼくの目の前に現れたのは、楽外指南。

 彼女はふらふらと、不安な足取りだ。

 落ちかけているまぶたを無理やり上げて、ぼくを睨む――。

 やはり手に持つ刀に刀身はなく、柄だけだった。

 雨衣を吹き飛ばしたのは、その刀のおかげか? でも、刀身がない――斬撃でも飛ばしたのかと思ったが、やはり刀身がないことがネックになる。

 なにをどうしたのか、謎だ。

 ただまあ、理屈はどうあれ、雨衣を退けたのだ、解かなくてもいい謎ではある。

「……その力、私が耐えることを前提にして、賭けに出ないでよ。こうして耐えたから良かったものの、もしも耐えられていなかったら……、あなたは今頃、あの子に惨殺されていたわ。そうでなくとも、私に殺されていた結果だって、あったかもしれないのに――」

「でも、無茶でもないよ。だってそうでしょ、楽外指南。そっちは二週間も、ぼくのこの力に耐え続けていたんだから。だったら雨衣にとっては毒でも、楽外にとっては毒にはならない。ただの水だ、とは言わないけどね――、がまんできるでしょ」

 そう思った。思っただけだったが。

 根拠はそれだけなのだ――結局のところ、だからやっぱり、賭けである。

「……安易よね。馬鹿じゃないの?」

「叱ってくれているところ悪いけど、必死で耐えている表情を見せられると、心配が勝つよ」

「うっさいっ」

 楽外から少しだけ、殺意が漏れる。

 その小さな殺意から飲み込まれる可能性もあるのだ、自重してほしい……。

「あなたが思っているよりもこっちは数倍、必死なのよ!! いいから早く塞いでくれる、その傷! その血を止めて!! 私もね、目に見えた全部を壊したい衝動に襲われているのよ!!」

 自分で自分を抱きながら、楽外が叫ぶ。

 命令なのかお願いなのか分からない言い方に、からかってやりたい気分になったけど、さすがにここは空気を読むべきか。遊んでもいいけど、痛い目を見るのはぼくだし――。

 すると、ガサガサ、という、木の枝が揺れる音。

 忘れていたわけではないが、端に置き過ぎていた――、雨衣がいたのだ。

 ぼくは傷と血を隠す。それでも全てを隠すことは難しかったが。

 雨衣円座が、頭痛に苦しむように、頭を片手で押さえている。木の上に立ち、ふらふらと、あれでよく落ちないな……と思う。体幹は良いのだろう、当然。

 彼女はぼくたちを見つめ、さっきまでの殺意はなくなっていた。

 ビリビリ、と周囲が震えるようなプレッシャーは、向けられていない。

 それだけで、かなり楽になった。

 でも、なぜ?

 理由が分からなければ、すごく怖いのだが……。

「どうするの、まだ、やる?」

 楽外が、雨衣を見て、刀身がない柄を向ける。

「んーん、もういいかな。結局、趣味で、遊びで、暇潰しみたいなものだし? 確かに、そこのきみから出ている『なにか』は気になるけど……、でも、それよりも今日発売される漫画の最新刊が気になるから、そっちを読みたいから――もういいや」

 雨衣は、戦闘モードではなくなったみたいだ。

 オフに切り替えた。

 ゆったりとした速度で、脅威が感じ取れなくなる。

 ……感じさせないのもまた、技術だろう――いや、素なのか?

 雨衣はくすっ、と微笑み、視線をぼくに向ける。優しい笑顔だった。

 ぼくと楽外を、ゴム弾で蜂の巣にしようとした少女とは思えない――。

 視線が合う。逸らさない。じっと、見つめてくる。

 それから、

「じゃあね、ばいびー。次に会うのはいつだろうね、きみ。きみはいつ、わたしの前にいてくれるのかな? そこの剣士がいない時にでも、二人きりで会おうね――色々と、教えてあげる」

 さらばっ、と最後にセリフを置いて、去っていく雨衣。

 まるで飛び降り自殺のように倒れた彼女の姿が、もう消えている。

 気配も感じ取れなくなった……、それは楽外も同じだったようだ。

 追う気力がないだけかもしれないが、見失ったことは確実。

 長年、この世界にいる彼女でも、雨衣のステルス力には敵わないようだ。

「……ふう、なんとか、無事だったね――怪我もなく、とは言えないけど」

 楽外が横目でぼくを見る。冷たい視線……、怪我は仕方ないだろ。

 それだけで済んだことを喜ぶべきだ。

 腕の一本や二本、なくなることも想定していたのだから。

 気づけば首元に、刀身のない刀が付きつけられていた。

 まるでそこにあるかのように感じてしまう……ないからなんの脅威もないけど。

 ――いや。

 目に見えず、触れることができなくとも、そこにあるのだとしたら?

 はったりでも、ぼくはその刃に近づかない方がいいだろう。

 タネが分からない以上、迂闊に突撃もできない。

 ――まさか、このまま第二ラウンド開始、とか言うんじゃないだろうな?

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