第10話 加入者
楽外を味方だと思っていたのは、ぼくの主観でしかない。
実は彼女も、雨衣と同じく、ぼくを狙っていた可能性も――
そう、敵かもしれない。
「一般人じゃあ、ないわよね。飛躍屋棺。限られた人間にだけ作用する影響型の【異能】を持つ――珍しいけど、私たちの【世界】のものよ。でも、それだけ。運動能力が特別に高いわけじゃない――低いわよね?」
「平均的じゃない? 下の上――、くらいだと思うけど」
「そうよね。だったら、尚更っ、自分の力をもっと制御しなさいよっっ!!」
ごんっ、と、楽外の拳骨がぼくの頭に落ちた。
いっっっっ、たぁ――っ。
え、その握り拳、実は岩だったとかじゃないよね?
「な、にを――」
「自覚あるの!? 自覚はあるのか、その力を利用したんだからねっ。でも足りないよ――全然っ、これっぽっちも、足らない! 一番最初に襲ってきたのがあの子で良かったわよ……、魅奈月だけど、全然、軽い方だもの。この世界に入ったばかりの初心者にぶつけるようなプレイヤーだもの!!」
怒涛の勢いで説教された。
反論する余地がない。反論する弾だってないんだけど。
魑飛沫で、剣士だけど、まるでマシンガンみたいな喋り方だ。
「もしも、襲ってきたのがあの子じゃなかったら――絶対に殺されていたわ。あの子、全然本気じゃなかったもの。暇潰しで、遊びなのね。これが他の、戦闘狂だったりしたら話は違ってくる――、出会って一瞬もしない内に、全身を撃ち抜かれて、終わりよ」
だからもっと、その力を厳重に隠しなさい、と楽外がぼくを叱る。
「隠すって言っても……、流血しなくても匂うんでしょ? 無理じゃん。どうしようもなくない? さすがに範囲はあるだろうけど、でも相手がどこにいるのか、なんて、逐一把握もできないしさ」
「それよ」
と、楽外が、ぼくに向けたままの柄をぐいっと突き出し、意見を示す。
「もっと敏感になるべきね。私たちが射程範囲に入ったら、すぐに逃げる。それくらいのこと、簡単にできなければ、あなたは死ぬわ。……これが、同じ世界にいるけど、常識がまったく異なる小さな世界にいる私からのメッセージね。あなたは今、片方ずつ、二つの世界に足を突っ込んでいる状況なの。元の世界に戻りたければ、隠して、関わらないで、知らないふりをするしかないわ――分かった?」
それは、その通りだ。
でも、片方ずつ、足を突っ込んでいる――か。
「それは違うんだよね」
「え?」
「もう充分に、全身が浸かっているよ。ぼくは、もう無関係じゃない。知らないふりなんてできないんだ――残念なことにね。だから逃げられない。ぼくが元の世界に戻り、なにも知らず、感じないままに生きていくには、もう無理だ。色々なことを、知り過ぎてしまっている――」
「忘れること、できるでしょ。なんなのよ、それ――」
「きみだよ」
楽外の真似をするように、柄ではなく自分の指を、びしっと伸ばして楽外を差す。
「きみだけじゃない、さっきの雨衣もそうだけど――、ぼくがのうのうと平和な世界で暮らしている間に、裏では、命懸けの戦いが起こっているんだ。そんなの、知ってしまえば、とてもじゃないけど、知らないふりなんかできないさ」
「なによそれ、やっぱり馬鹿でしょ、あなた」
楽外は呆れたようで、深い溜息を吐いた。
だけど視線は、これまでと違う。気のせいかもしれないが、なんだか、優しく、温かくなったようにも感じられた。
しかし、それも一瞬のことだ、すぐに厳しい視線に逆戻り。
「……気持ちは分かるけどね。だからって、あなたが危険を冒してまで、こっちの世界に首を突っ込むって言うの? 私たちが命懸けで戦っているから、隣にいて、見届けないと気が済まないって? そんなの、大きなお世話よ。馬鹿にしてるの? 邪魔よ、それを優しさとは言わないわ――自己満足よ。見捨てる自分が嫌いなだけでしょ? だからなにもできなくてもいいから、現場にいたいだけ。その場にいたけど、結果を出せませんでした、でも行動したから見て見ぬ振りをしているやつよりは偉いでしょ、って、安全地帯にいたいだけ。だったらいなくて結構よ。あなたの罪悪感を消すために、私たちを利用しないでくれるかしら。――出ていけ、無関係。これ以上、踏み込む気なら、私も本気であなたを殺す気で――」
そこで、ぼくは割り込むように、声を挟む。
「ぼくもさ、楽外と同じで、【魑飛沫】だから」
楽外が固まる。
するとちょうど、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った。
「とは言っても不完全で、出来損ないさ。完全に落第している――そんな【魑飛沫】なんだけどね」
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