第8話 戦闘中毒 その2
元々、覚悟はできていた。
ぼくの決断は早い――
自分でも驚くほど早く立ち上がることができた。そして楽外と雨衣、二人が戦っている戦場へ、飛び出す。ぼくがなにかできるとは思えない。なにもできないだろう――、だけどそれは直接的な攻撃……、殴る、蹴る、に限ればの話だ。
それ以外なら、非力なぼくにもできることがある。
やはり、雨衣の優勢、楽外の劣勢だった――、やはり魅奈月は強い。
楽外を襲う銃弾――、ゴム弾。ぼくに向けられていたそれと同じだ。しかし威力が違う――、楽外へは、容赦なく、発射速度が桁違いに早くなっている。
となれば威力も倍以上に膨れ上がる。
遠隔操作で発射速度まで変えることができるのか? 便利な商売道具だな……。
撃ち出されるゴム弾は、楽外をはずさない。見えている白い肌が、青黒くなっていく――、血だらけでないだけ、優しく見えるが、それでも雨衣は本気だろう。
充分、これでも人は殺せる。
連続し、鈍い音が響き渡る。
見ていて、こっちが痛みを感じてしまうほどだ。
「楽が――」
「こないでっ!」
ぼくの呼びかけが遮られる。
邪魔だ、という意見が感じられた……。
楽外は、雨衣の手の平の上で転がされているわけではないようだ。
彼女も狙いがあり、ゴム弾を、受け続けている……?
だからこそ耐えている、とも言えた。
意識していなければ、序盤の数発で気を失っていたはずだ――。
数十発以上も体で受けていても、頭部への一撃は未だにない。
意識して、そこへの衝撃は避けているのだろう。
楽外は反撃を狙っている――、では、そこはいつだ?
彼女にも限界がある。体力的にも、時間的にも。長くはないだろう……、
ならば、ぼくがこの、待っているだけの状態を、切り開くことができるのではないか。
「危険はある……でも、すぐに逃げれば、大丈夫かな……」
心配なのは楽外まで引っ掛かってしまうことだけど、そこは賭けるしかないな。
楽外の耐久力に、頼るしかない。
なんとも穴だらけの作戦だ。でも、唯一の策である。
成功率は高いとは言えないだろう、でも、やる価値はあるはずだ。
これが、非力であり脇役であり、主人公なんかではない――
だけど一般人から飛び抜けている、ぼくの唯一の、力。
自慢もできない。味方には迷惑をかけるだけで、でも敵の注意を引くことに関しては、最も効果を発揮する――、オリジナルだ。
「楽外……っ、今の状態で言うのも悪いけど、あと少しだけ、耐えてくれっ」
「ちょ、それどういう――、っ!」
楽外の返事も待たず、ぼくは雨衣の元へゆっくりと歩いて近づく。しかし、雨衣がどこにいるのかよく分からない……、彼女は遠距離専門だ、姿を隠すのは定石。
銃士であり、
そのため、ぼくの足は勘を頼りに進んでいる。
ここは、学校の校舎裏だ。隠れる場所など限られているはずだ――。
なのに、見つけられない。木にもいない、壁にもいない。校舎の中は、今は確認できないから可能性としては一番、高いけど……、でも、鍵が開いていない空き教室。
窓だって閉められている――、入るのは困難のはずだ。
考えられる限りの場所に視線を向けるも、いない。
もう、空中を歩いているのか――くらいしか思い浮かばないが。
もちろん、視線を上げてもいない。
…………もういいや。
見つけても見つけなくても、ぼくがすることは変わらない。
遅いか、早いかの違いだ――、さて、やるか。
タオルで覆った膝の傷に手を伸ばし、指先で、傷の中を、かき混ぜる。
ぐじゅぐじゅ、と音を鳴らし、血液を、地面に滴らせる。
血が出ると同時、ぼくの力も効果を発揮する。
戦闘、という行為が体の芯に染み込んでいる人間の、無意識に抑えている欲求――理由なき純粋な殺意を、ぼくの力は相手の中から無理やり呼び起こすことができる。
戦闘一族【魑魅魍魎】に限ってであり、一般人にはなんの影響もない。
だけど、雨衣に対しては、これ以上ないくらいに通用する、奥の手だ。
そして、反応がすぐにきた。
真下、地面。そこからゾンビのように腕が飛び出してくる。ぼくの足をがしっと掴み、思い切り引っ張った――、完全な不意討ちだった。ぼくはなにもできず、背中を地面に打ちつける。
抵抗ができない……っ、地面の中から飛び出してきた少女――雨衣円座が、ぼくを見下ろす。
っ、真下に――地中にいたのかよ。
そんなの分かるわけがないっっ。
ぼくの勘も頼りにならないものだ。
観察眼も、選択肢を絞ることには向いていても、隠れている人物を見つけ出すことには長けていなかったようだ――まあいい。こうして彼女を引きずり出せたのだ、目的は達成済みだ。
あとは、賭けである。
この力が、彼女まで襲っていなければ、いいのだけど……。
襲っていたとしても、がまんできることを信じて――、待っているだけだ。
近距離にいる銃士は、近くともしかし、拳銃は手離さない。銃口をぼくの眉間に押し付け、全身を震わせるほどに喜びながら、そして、引き金に指をかけ――
引く、寸前で。
雨衣が、吹き飛んだ。
彼女は地面を削りながら校舎の壁に激突する。
しかしすぐに体勢を取り戻し、枝の上へ跳躍——
なんて身のこなしだ。圧倒的に、身軽である。
「どれだけ無茶をすれば気が済むの、あなたは」
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