第5話 vs魅奈月 その2
彼女は、呪文のような喋り方を一切せず、まるで一般人のように名乗った。
「初めまして。初めまして? うん、そうだ、そうだよ初めましてだね。きみと出会うのは初めて――初対面だねっ。初対面なら名乗らなきゃ、そう教わったからさ――」
それじゃあいくよ、と彼女は拳銃を、未だぼくに向けたまま。
おい、初対面を相手に、銃口は逸らさないのかよ。
「わたしは
自己紹介をされたらぼくもするべきだ、と教わった。
だからこそ口を開こうとしたけど、それを待つことなく、彼女が先に動いた。
寝ぐせそのまま、ぴょんぴょんと跳ねている、寝起きにばったりと出くわしたみたいな容姿だ。ただし、眠気眼ではない。ぱっちりとそのまぶたは開いている。
眠そうではないが、それでもだるそうではあった――、彼女はとんっ、と跳躍し、ぼくの上を放物線を描くような軌道に乗って移動しながら、真下に向けた拳銃の引き金に、指をかけた。
ぼくを狙っているようだが、正確ではない。大雑把に狙いを絞っているだけで、ぼくの急所に目を凝らしているわけではないようだ。銃声――、は、サプレッサーによって聞こえない。
だからこそ、引き金が引かれた、カチ、という音が、聞こえたのだ。
カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ、と、まるで時計の秒針のように――、
それよりも、間隔はもっと短い。
雨のように降ってくる弾丸は、しかし、ぼくには当たらない……え?
わざと、ぼくに当たらないように、はずしたのか?
本気で撃って、はずすわけがないのだ――相手はあの魅奈月だぞ?
遠距離専門だからこそ、こうも近距離だと苦手、だったりとか?
しかし遠いよりも近い方が、圧倒的に狙いやすいと思うが。
目が遠距離で慣れてしまっているがゆえに、なのかもしれない。
でも、そんなことあり得るか?
では、じゃあ意図が違うとしたら。
雨衣は、ぼくを撃ち抜くことを、狙っていたわけではなく――。
だから、じゃあなんだと言われたら分からないけど……。
自己紹介の時を思い出す。
彼女は自分自身で言っていたはずだ……、
【右腕候補】であり、【百丁拳銃】の使い手である、と。
【百丁拳銃】――、彼女の手にはまだ、百には届かない数の拳銃しかない。十もまだだろう。ということは、残りの九十以上の拳銃を、隠し持っていることになり――、
その制服のどこに、そんな数の拳銃が隠されている?
もちろん、イメージしやすい、その銃身が短い拳銃ではないにせよ、だ。
小型化された拳銃など、いくらでもある。
であれば、仕込もうと思えば制服の内側に仕込むこともまた、可能か。
百丁拳銃の使い手なのだ、持て余すことはないだろう。
問題はぼくだ、今の段階で対応できていないのに、さらに増えるだって?
百丁の対処だなんて、夢のまた夢だ。
というか、無理――。
「え、」
雨衣がこの近距離で弾丸をはずした理由――狙い。
弾丸は、全てぼくの左に寄っている――、無意識にぼくは、向いている拳銃の角度から、安全地帯を求めて右側へ避けていたようだ。無自覚に。でもそれが、雨衣の狙いだったのだ。
ここにぼくを誘き出したかった、とすれば。
ぼくはまんまと、相手の術中にはまったことになる。
繰り返そう、百丁拳銃だ。
制服の内側に、そんな数の拳銃を隠せるのか、と考えていたが、それは視野が狭いだろう。
いつ誰がどこで、拳銃は制服の内側にあると――、もっと言えば、雨衣が自身で持っていると、証言した?
つまり、だ。
ぼくの重心は、右に寄ってしまっている。
崩れたバランスを咄嗟に取り戻すことは難しい。
だから今、たとえば、ぼくが攻撃されたとしたら、避けることができない。
そんな状態のぼくを見て、雨衣がにやり、と笑った。
やはり、雨衣は自身が百丁を持っているわけではなかった。
設置していたのだ――、ここ一帯に。
木の上、茂みの中、土の下、壁の中。
きらり、と光を反射する銃口が、一部だけだが、見えていた。
脅威が顔を出す。
しかも上空にも、小さな気球を飛ばし、それに吊るされた拳銃もあった――、
固定されていない拳銃まで操作できるのか!?
三百六十度、逃げ場がない……っ。
雨衣は、両手の指をこきこきと鳴らす。全ての指が違う動きをする――、ひっくり返った虫の足のように――。その指の動きが、拳銃の引き金と同期しているのだろう。
ぼくに向いている拳銃の一つが、指の動きと連動し、牙を剥く。
弾丸が飛んでくる。
一発目を合図に、周囲の銃口から、弾丸が吐き出された。
飛んできた弾丸が、ぼくの全身を容赦なく叩いた――
貫かず、叩く。
撃ち抜くのではなく、叩き壊す。
それが雨衣円座のやり方なのだ。
本物の弾丸ではなかったのだ。鉛玉ではなく、ゴム弾。
これなら血が出ることはないだろうが、だが、ゴムでも勢いが増せば、当然、痛いのだ。
表に滴らないだけで、内出血はしているはずだ――。
全身に痛みが刻み込まれていく――
本物の弾丸なら一発で終わりだったが、ゴムであれば、急所でなければなかなか気絶もできない。
鈍い痛みが、半永久的に続いていく。
地獄だ、これ。
いっそのこと、殺してくれと思う……っ。
これが――、これこそが、雨衣円座のやり方なのだ。
まるで、虫の足、一本一本を抜いて、じたばたともがくのを見下ろす、子供のような。
「いっ、だっっ……!?」
彼女はぼくの頭を狙わない。ぼくが器用に急所を避けている、と傍観者がいたら思うだろうが、違うのだ。雨衣が、ぼくの急所以外を狙っているのだ。
終わらせたくないために。
ぼくが痛がる様子を、観察したいがために。
倒れたぼくは、横へ転がる。
雨衣の追撃をなんとか避けようとした行動だったが、今に限って、追撃がない。
ぼくはただ、ごろごろと転がっただけだ。
痛む体に、自分で鞭を打っただけ……。
「あれ? 思ったよりも効いていない? 痛くないの? ううん、もっと強く? でも死んじゃう? でもそれくらい追い詰めないと、きみの中にある【なにか】は出てこないよね? でも、死んだら――ま、いっか。それこそが【興味】の代償だもんね。わたしの【興味】の答え、教えてよ。不可解を、不可能を、不可思議を――教えてよ」
無邪気な笑顔で、彼女はぼくにお願いをしてくる。
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