第6話 vs魅奈月 その3

 ぼくに向け直された百丁の拳銃が、吠える。

 だが、その弾丸がぼくを襲うことは、なかった。

「……? 打ち落とされた? 同族の仕業なの? 弾丸で弾丸を相殺したならまだ分かるけど――、でも弾丸数に違いはない……じゃあっ。魅奈月じゃなく、そこにいる人は――誰なの!?」

 雨衣が叫ぶ。

 雨衣の言う通りなら、こんな、得にもならない戦いに割って入る、物好きな相手――、しかも魅奈月の弾丸を全て打ち落とすほどの技術を持っているとなれば、正体も限られてくる。

 少ない、と言えど、しかし魑魅魍魎の枠の中ではたくさんいるだろう。一族のメンバーが、世界中に分散しているこの時代だ、学校内で起こっているこの戦いに、学校外の人間が割って入ってくるとは思えない。となれば必然、学校内にいる人物ということになる。

 背後、ぼくを助けてくれたのは――少女だ。

 ワイシャツの上にパーカーを羽織っている。その上から学校指定のブレザー。脇腹まで届いている黒い髪の毛――、ぼくはついさっきまで、この少女のことを疑っていた。

 白だ、と思ったからこそ、疑惑を晴らしたのだが、判断が間違っていただけで、絞った三人の中に入れたぼくの目は、完全に濁っていたわけではないようだ。


 彼女は、


 楽外指南。


 日本刀なのだろうが、しかし、あるはずの刀身がない。

 柄だけを持つ楽外が、ぼくの目の前まで近づいてくる。

「刃、は……?」

 え、それで戦うの?

 というか、どうやって弾丸を打ち落としたの?

 他にもかけるべき言葉があるはずだけど、ぼくの注目はまずそこに向かう。

 だって、明らかに不似合いだからだ。

 戦場にいるのに、武器を持っていないなんて。

 握ってはいても、攻撃力がなければ持っていないのと同じだ。

 でも、楽外は雨衣のことを、強く睨みつけていた。

 殺意はあるようで――じゃあ、どうして?

 ……それにしても、なんて殺意だ、楽外指南。

 びりびり、と周囲の草木が怯えているように揺れている。

 地面が揺れているように感じるのは、ぼくが震えているせいか?

 こんな殺意を今まで隠していたって?

 授業中も、休み時間も? そりゃあ、平穏な日々の中で殺意を出すことはないだろうけど、分かる人には分かる漏れがあるはずなのに――それさえも一切、ないなんて。

 周りに興味がない、とまで言わなければ、隠すことは難しいだろう。

 ここまで高度な殺意のオンオフができるなんて……。

 年齢に比べて、実力はもう熟しているのか。

 柄――であれば、剣士か。

 そして、殺意のオンオフ……、なんだよ、じゃあもう、決定だ。

 すると、彼女――、楽外指南がぼくの方を振り向いた。

 おいおい……、敵を目前にして背中を見せるなんて――、と思ったが、背を向けていても、変わらず殺意は雨衣に突き刺さったままだ。それだけでなく、さらに強まっているとも言える。

  雨衣も、動けないのだろう。

 そもそも今の楽外に、隙なんてものは一切ないが。

 どうして振り向いた? 聞く前に、彼女が手を伸ばしてくる。

 握手?

 促され、ぼくは手を伸ばし、彼女の手を握った。

 楽外は、にこりと笑って――え?

 なぜかぼくは、気づけば彼女に一本背負いをされていた。

 っっ!?!?

 驚きだけで、痛みはない。

 痛みがない、というのは、間違いなく彼女の技術のおかげだろう。


「まったくさあ……、なにをしてるのよ、飛躍屋棺! こっちは同じ教室にいるだけで、殺意やらなんやら、抑えるのに必死で、思わず襲わないようにすることに、意識を割いているって言うのに!! 頭がおかしくなるくらい、必死だったのに! あんた、自分に備わっている力を理解しなさい、ちゃんと御しなさいっ! 振り回されるこっちの身にもなれっての!! 分かっているの!? 私の気持ちや、みんなの気持ちを!!」


 ぼくの――力。

 彼女が言った、御しなさい、という言葉。

 ぼくは充分、やれていると思っていたのだが――

 どうやら自己評価が高過ぎたみたいだ。

 楽外からすれば、まったく御し切れていない、と。

 というか、楽外がどうしてぼくの力のことを知っている?

「あんた――、血」

 血? 地面を見ると、ぼくの血が、ぽつぽつと落ちていた。

 ゴム弾は基本、打撲にしかならない、とは言えだ。

 掠れば、皮膚を破くことになる。そこから傷ができ、血が流れることもある……。

 恐らく、口から吐き出した血の方が多いだろうけど。

 流血しないように意識しても、やはり漏れた数滴は必ずあるものだ。

 そしてその数滴が、周囲を振り回していると言える。

 ぼくの力のトリガーは、血、なのだ。

 気を遣うべきだが、ぼくはまだ、これでも鈍感過ぎたらしい。

 もしも、ここにきたのが、楽外でなければ。

 他の一族だったら、ぼくはさらに危機に陥っていた。

 雨衣に加え、別の魑魅魍魎だったとしたら、逃げ場がなかったのだから。

 雨衣だけでも、絶望的だったのだから、変わらない気もしたが――

 楽外を誘えたのは、必然とは言え、それでもラッキーだろう。

 ぼくは血を拭う。

 今更、遅いだろうが、それでもしない理由はない。

 ――楽外指南。

 彼女は間違いなく、二週間かけて探し続けていた、ぼくの目的であり……

 そう、ぼくの探し人である――その本人なのだ。

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