第4話 vs魅奈月 その1

 目の前で二丁の拳銃を向けている少女は、間違いなく魅奈月一族の一人だろう。

 もちろん、違うという可能性もあるが、だが『拳銃』を武器として選んでいるのだ、魅奈月しかあり得ないだろう。魅奈月を騙るために拳銃を選んだ線もあるが、メリットは少ない。

 一時的であれ、そっちの世界に足を踏み入れたら、他所の一族を騙れば、待っているのは制裁なのだから――、そこまでのリスクを背負えるとすれば、相手の正体も限られてくる。

 少なくとも、やはりただの少女ではないはずだ。

 まあ、十中八九、魅奈月の少女だろうが――、

 しかし、まずいな……。

 溜息を吐くよりも先に、唾を飲み込んだ。息を吐く行為は、隙になる。飲むのもじゃあ同じだろう、と思うが、比べればその違いは、はっきりと分かる。

 瞬きする間にも、少女は位置を変え、ぼくに三丁の拳銃を向けている――。

 三丁?

 待て、いつの間に増えた?

 瞬き一つ。その間にもその三丁が、四丁へ。

 まるで増殖でもしているように。手品か、魔法でも使っているのか?

 ぼくに向けられている拳銃が、時間と共に増えていっている――。

「がちゃり。がちり? がしゃこん……、ん。がちゃり」

 ……木の枝の上の少女が初めて喋ったが、会話をしようというわけではないのだろう。

 意味が分からない。

 だが、効果音? が、どれが一番しっくりくるのか、探っているようにも――。

 聞こえなくもなかったが。

 独り言だと思ったが、彼女はなぜか、ぼくの目をじっと見ている……え、返答しろって?

 質問になっていなかったけど……えぇ、なんて返せばいいの?

「……じゃあ、どうしてぼくを襲うのか、説明してくれる?」

「ぶーん、ぶぶーん。ぶぶ、ぶぶぶ……ぶぶん!!」

 視線が泳ぐ。目の前を飛ぶハエでも追っているのだろう。

 呟いた効果音は、飛ぶハエのものか。

 聞こえた音を、すぐに口にしてしまうのかもしれない。

 ただのくせならいいけど、そういう病気じゃないよね?

「ぼくの声、聞こえているのか?」

「ぐちゃ、ぶしゃ。『ぼくの声、聞こえているのか』」

 繰り返しただけじゃないか。前半の効果音が気になるが、それでも、ちゃんと彼女の声を聞くことができたのは少し嬉しかった。繰り返したとは言えモノマネではない。ぼくのセリフでもちゃんと彼女の声である――、見た目に合った、可愛い声だった。

 そんな間にも拳銃は増えている。

 拳銃を耳にかけている魅奈月は初めて見たな――。

 会話っぽくなったが、しかし噛み合ってはいない。完全に、ぼくたちが向いている方向が違うのだ、そりゃあ噛み合うわけがない。向き合っていないのだから。

 ぼくが彼女に合わせるか?

 いや、無理だ。こんなトリッキーな会話、できる自信がない。

  言っている内に訳が分からくなって続かなくなるのがオチだろう……。

「がちゃり、ぶぶん」

 少女が、ハエに向けて、銃口を突きつける。

 そして、

「ぐちゃ、ぶしゅ」

 銃声はなく、

 ただ、ハエと同程度の弾丸が、宙を飛ぶハエを粉々に砕いた。

 そして、彼女は視線で訴える。

 言葉を交わす会話はできていないけど、視線の意味は、分かる。

『どう殺されたい?』――そう言っているのだ。

「…………」

 ぼくに、死に方を選べと?

 要望を出しても、どうせ魅奈月は拳銃しか使えないだろう。

 刀を取り出したら死ぬってわけではないが、致命的に扱いが下手だ。

 拳銃に特化しているがゆえに、他の武器は扱えない。

 それが、魅奈月なのだ。

「……どうして、ぼくが殺さなければならない?」

 理不尽だ、ぼくが一体、なにをした? 誰にも、迷惑なんてかけていない。平穏に、なんの問題だって起こしていないはずだ。静かにこの学園で二週間を切り抜けた、と言うのに――、なぜこんなにもぼくには寄ってくるのだ……、

 敵がわんさか、意味が分からない。

 だから嫌なんだよ――こんな血、こんな生き方、こんな人生なんて。

 あの父親め――、生まれた時から全部が全部、狂っているんだ。もう、壊れている。

 生きている意味とは?

 この苦労は死んだ方がマシだと言える――、もう死んでいるみたいだ。

 生きているはずなのに。

 自分の運命を呪うことが、いまぼくにできる抗い方だ。

 切り抜けるにしても、相手は魅奈月だ……ついてない。

 よりにもよって、魅奈月だなんて。

 魅奈月――、彼女は、口を閉じた。

 場を支配するのは、気まずい沈黙だ。

 いつ、引き金が引かれてもおかしくない……。

 なぜ、ぼくは延命されているのか、それが気になる。

 じっと、数秒が、長く感じる。

 この空気、緊張感に、ぼくは後じさりする。

 させられた、と言った方がいいか。

 すると、彼女が首を傾げ、問いかけてくる。

 ぼくに向けていた複数の拳銃を、下ろして、

「で、どう殺されたい? なにもなし? リクエストなし? それって、お任せってことで、わたしに一任するの?」

「普通に喋れるのかよ」

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