第3話 探し人 その3

 すぐに視線を逸らせば良かったはずだけど、しかし、ぼくは逸らすタイミングを見失ってしまった――視野が狭まっているな。一点をじっと見つめているせいか。

 彼女の瞳に、まるで吸い込まれるかと思った。それくらい、没頭して見てしまっている。

 楽外も、反応してくれればいいのに――、なにも言わない。

 なにも、返してこない。

 この視線をどう受け止められたのか。

 変な誤解をされなければいいけど――。

 すると、たっぷりと一分、見つめ合った後、楽外の方から視線を逸らした。

 なかったことにされたみたいな、興味の失い方だ。

 少しだけショックだった……。

 まあ、あのまま見つめ合っていても困っていたからいいんだけど。

 それから楽外は周囲のクラスメイトに混じり、廊下に出たので、その姿を見失う。

 ぼくも、止まっていた時間を取り戻すように、机に視線を向けた――、教科書を閉じる。

 ふう、しかし、やりにくくなったな……。

 観察しにくくなった。まだ、白か黒か判断できていないって言うのに。

 一度でも意識されてしまうと、楽外の方も敏感になっているだろう。それは、ぼくだけでなく少しの物音や、たとえば、風の音、冷蔵庫の駆動音、虫の羽音――、そういう普通なら気にしない音にまで、意識を向けてしまう。

 そのため、ぼくもそう簡単に楽外に視線を向けることができなくなった。

 今のように、席から席へ視線を向ける、なんて明らかにタブーだ。それに、ぼくが観察したいのはいつもの状態であり、緊張感でガチガチになった楽外ではないのだ。

 ぼくの疑いが、合っているのか間違っているのか――、自然体を見なければ分からない。

 意識して作られた生活からでは、判断できないのだから。

 となると、しばらく、楽外への観察は中止した方がいいかもしれない。

 時間を置けば、彼女も気を抜いてくれるだろうし――、後回しにするべきだ。

 それに――、


 三人に絞っておきながら言うのもなんだが、ぼくは楽外のことをあまり疑ってはいなかった。

 負冠から感じた、ぼくたちと似ている匂いがしない。

 玖曇から感じられた、危険信号もなかった――、楽外は普通の子だ。ノーマル。

 ただし、そのノーマルが、境界線上だったのだ……、

 だから、はずす判断をするには、まだ早いと思った。

 疑ってはいるが、まあ、ないだろう、くらいの疑いである。

 楽外も、負冠と同じく、一応はチェックする、という対処に切り替える。

 さて、次に狙うのは、順番通りに最初の――、A組だ。

 このクラスに、ぼくの探し人がいるのだろうか。


 ―― ――


「……お腹が空いた」

 と、誰に言うでもなく、呟く。

 ぼくにしか聞こえない声だ。

 今はお昼休みである。周りのクラスメイトたちは立ち上がり、友達のところへいったり、昼食を購買へ買いにいったりと、各々の行動をしていた。重い腰がやっと上がり始めた頃だ。

 ぼくは、パンや弁当を持参しているタイプではない。購買で買うつもりだ。だから周囲の流れに乗って移動するべきだが、しかし人混みがなあ。でも、人が混まない時間帯だと、商品も良いのはもう取られてしまっている。

 二週間、通い続けて得た情報だ。苦い経験しか味わっていないな。

 まともなパンが買えたことは一度もない。

 でもまあ、強い執着があるわけではない。コロッケパンだろうとメロンパンだろうと、もういっそ、失敗作のパンであろうと、胃に入れば同じなのだ。

 パンはパンである。

 ……と、言ってみたものの、やはり良いものを食べたい欲求は抑えられない。

 予約できたらいいのに。

 混雑時を避けて購買で買った商品は、また甘いパンだ。

 二週間も連続で甘いパンなんて、これどんな拷問なんだ?

 早くしょっぱいパンが食べたい……。


 買ったものを抱え、校舎を出て大きな庭を通り過ぎ、日の光を遮る校舎の裏へ、辿り着く。

 いつもの場所だ。

 定位置の花壇に腰かけて、それから買ったパンを取り出し、ビニールの封を開ける。

 そして頬張った。

 ……甘ぇ。

 甘過ぎて、舌が焼けそうだ。

 飲み物がないことに気づき、近くの自販機で買おうと腰を上げた時だった。

 ……なんだろう、嫌な予感がした。背中を突き刺すような視線に感じる……、それはまるで、ターゲット、照準、的にされているような、寒気だ。

 加えて、怖気。

 初めてではない。

 以前と似たような感覚であることを思い出し、ぼくは周囲を見回す――そして、

 風が横切るその前に、反射的に身を屈めた。


 すると、ひうんっ、と、風を切る音が、

 ぼくの頭の真上を、通り過ぎた。

 屈んでいなければ、今頃それは、ぼくの頭部に直撃していただろう。

 ――経験則で言えば、弾丸。

 間違いない、確実に、ぼくを標的にしている、狙撃である。


 しかし、音がない――銃声が不在だった。

 サプレッサーでもつけているのかもしれない。用意周到、と思ったが、当たり前か。日中、一般的な学校で狙撃をするなら、銃声はまず消すものだろう。

 海外ならまだしも、日本だ、銃の音が響いて騒ぎにならないわけがない。

 日頃から、音を立てない戦い方なのかもしれないが――。

 しかし、ぼくを狙っていて、サプレッサーまでつけているのに、殺意はある。隠す気がないようだ。実力不足かそれとも、隠す必要がない……失敗してもいい、ということか?

 仕事ではなく、趣味の範疇だった、とでも?

 遊びの狙撃?

 だとしたら、ぼくたちと同じ匂いを持つ相手だろう。

 仲間であり、敵である相手――、

 ぼくが探し人を見つける前に、こっちに接触してしまうとは、予定外だった。

 だけど考えていなかったわけではない。シミュレーション通りに、ここは対処するべきだ。

 とりあえず、まずは逃げる。

 話はそれからだ。


 ぼくはそれから姿勢を戻し、駆け出す――、それからすぐに転がった。

 これはもちろん、わざとだ。足が絡んだわけではない。

 相手の狙いを混乱させるためにおこなった策である――。

 しかし相手は動揺してくれなかった。したとしたら、一瞬だろう。

 ぼくのすぐ隣の地面に、弾丸が突き刺さり、地面を抉った。

「ちっ、ぼくを捉えたままかっ!」

 相手の武器はライフルだ。

 頭の中の、知識の引き出しを、片っ端から開いてみる。

 相手の正体は――、


 すると、音。

 人影。

 木の上、ぼくと同じデザインの制服を身に着けていることから、この学校の生徒であることが分かった――、だが相手が一年生なのか、二年生、三年生なのか、予想もつかない。

 一体、誰だ……?

 そんなことを今、考えるべきではない――、そんな思考が邪魔になり、ぼくはこの状況から逃げ出すことも、勝って、堂々と離れることもできなくなるのだから。

 地面から立ち上がると、木の枝の上、なぜか片足だけでバランスを取る――少女がいた。

 銃身は――いや、長くないな。ライフルではなかった?

 普通の拳銃で、ぼくを遠くから狙っていたようだ――、さすが。

 遠距離射撃、専門の一族だ。

 彼女は銃口をぼくに向けながら、ゆらゆらと揺れ、ぼくを見下ろしている――。


 彼女は、通称――【銃士じゅうし】――、遠距離武器を扱うことに長けた一族だ。

 この【銃士】の一族を含む、四つの一族を総称し、

もうりょう】と呼ばれている――、

 その中でも、単純な殺し合いであれば、最強と呼ばれている一族がいる。


 文字順列、二番目。

 そう、【づき】だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る