第2話 探し人 その2

 今日、ぼくは登校してから四時間目の授業である今の今まで、その三人のことをじっくりと観察していた。周囲の人からすれば、気味の悪い視線、と思われていたかもしれない。

 まあ、本人にさえばれていなければ良しとしよう。

 ただ、周囲にばれているなら本人にもばれていそうなものだが――、

 今のところ、注意は受けていない。周囲からも本人からも。

 近づき難い雰囲気を出しているわけでもないのだけど――、関わり合いたくない?

 前向きに捉えるなら、邪魔が入らなくて都合が良いのかもね。

 怪しい視線にならないように、と意識することもできたが、そんなことに意識を割くくらいなら、その三人に集中したい。周りにどう思われてもいいじゃないか、目的を見失うな。

 努力は最小限に、楽にいこう。

 楽にいくことに、努力を注ぐべきだ。

 さて、意識を割きながらも、しかし授業中である……、真面目に受けなければ、まず先生に注意をされてしまうだろう。ぼくは黒板に視線を向けた。数学教師――、名前は、忘れた。名字も名前も憶えていない。教師、という役職しか、ぼくは彼のことを憶えていなかった。

 まあいい、ただの脇役だ。

 彼はかつかつ、とチョークの音を立て、黒板に数字を記していく。一応、自習をしているので(人探しがメインだから、学校での勉強は最小限にしたい)、やっている範囲は理解できる。

 真面目に受けるのがバカバカしくなるくらいの復習だった。

 そんなわけで、ぼくは再度、視線をはずす。

 そして、絞り込んだ三人の中でも唯一の男子――、都合良く(いや悪くか?)ぼくの一つ後ろの席にいる、負冠翔のことでも観察してみようか。

 思い、ぼくは消しゴムを、【意図的な行動】に見えないように、

 わざと、肘を使って机の上から地面へ落とした。

 授業中に、普通に後ろを振り向いて彼を観察することは不可能だ。先生だけでなくクラスメイトにも怪しまれてしまうので、仕方のない小細工だ――戦略である。

 落ちた消しゴムを拾う振りをしながら、ちらり、横目で彼を観察する……、見た目を言えば、男子にしては小柄だ(ぼくも似たようなものだけど)。まんまるのメガネをかけていて、おとなしめの印象――、髪型も黒髪で、おかっぱだ。珍しい……。

 悪い印象になってしまうかもしれないが、すぐにいじめられそうな見た目である。

「…………」

 授業中なのだ、当たり前だが、彼は沈黙している……無口だとは判断できないか。

 黙々と黒板の問題を解いている、わけではないようだ。解く気はないのだろう、黒板の数字の羅列を、そのままノートに書き写していた。

 空欄を埋めるために、先生の答え合わせを待っているのだろう。

 ――二秒ほど、だ。

 消しゴムを拾える時間は、それくらいのものだった。

 だらだらもしていられない。

 だからか、あまり彼のことを観察することはできなかった。

 判断基準は少ないが、それでも、彼はぼくの探し人ではないのだろう――。

 確信に近い、予想だ。

 それでも疑惑は残しておくべきか。

 気づいたら目で追っておく……それくらいのことはするべきかもしれない。

 彼は、なんだか――ぼくと、いや、ぼくたちと同じ匂いがするのだ。

 そう思った。

 その答え合わせは、すぐには出ないだろう。今日中か、明日か明後日か一か月後か、一年後かは分からないけど、分かる日がくるはずだ。

 そして、(暫定ではあるが)負冠翔はぼくの探し人ではない――ばってん、である。


 さて、次の候補は、玖曇晴々だ。

 彼女は、負冠翔と酷似した雰囲気をまとっていた――、逆なのかもな、負冠翔のその雰囲気が、玖曇晴々に似ていた、というだけで。

 ただ、負冠と違うのは、やはり玖曇は女の子だ、そういう雰囲気は持っている。

 女の子らしい細い指。その指は、ペン回しをしていた。眠そうな顔で、今にも眠ってしまいそうな欲求を抑えるために、指を動かしているのかもしれない。

 ぼくも詳しい方だけど(ペン回しには一時期、はまっていた)、彼女の指で繰り出される技は分からない、というか、早っ。残像が見える。

 薄い黒色の髪を、結ばず、乱雑に、手入れもしていないような状態で放置している――こういうところは男勝りと言えるかもしれない。女子の全員が、気を遣っているわけではないのか。がっつりとメイクをしている、よりかは、まだ親近感がある。

 彼女は椅子に座りながらも、自分の足が地面についていない。ぶらぶら、と椅子の前で振り子のように前後に揺らしていた。小さな子供みたいだ。

 座っていると分からないけど、立ち上がると分かる――彼女は小柄以上に、小柄だ。

 ランドセルを背負っても違和感がないくらいに。

 だけど、内面は誰よりも大人だ。飛び級と疑うほど、頭が良い、賢い。メンタルが二周目なんじゃないか、と思うほどだ。そう言われた方がまだ納得できる――。

 そして、腹黒い。墨汁のように、真っ黒なのだ。

 敵に回したくはない相手だ――。

 これに関しては、安堵してもいいだろう……、彼女は違う。ぼくの探し人ではないし、加えてぼくと、負冠と、同じ匂いを持っていなかったのだから。

 彼女は一般人だ。

 ぼくとは関係のない女の子。

 彼女の強さだけを見て、ぼくは疑ってしまっていたようだ。

 蓋を開けてみれば無関係。これ以上、意識を割くことはしない――、本音を言えば興味本位で覗いてみたいものだが、それは全てが一段落ついてからである。

 それにしても、ぼくたちと関係ないのに、警戒させるそのキャラクターは、危険だ。

 未知。

 本能が、彼女を危険視している。

 やはり今後も動向をチェックしておいた方がいいかもしれない……損はないだろう。

 そんなわけで、玖曇晴々、ばってんである。


 さて、最後は――、楽外指南である。

 絞った三人の最後の一人、だからと言って、彼女が探し人であるとは言えない。

 とりあえず、クラスメイトの中から、可能性として高そう、と絞ったのだ。

 探し人がこのクラスにいない可能性は充分にある――、そっちの方が高い。

 だから楽外への疑いが晴れることもあり得る。

 そうなれば、彼女のことを今後、追うことはなくなるだろう――、

 玖曇のように身の危険を感じなければ、の話だけど。


 授業終了のチャイムが鳴る――、ぼくはその時、驚いてしまった。

 思考に没頭し過ぎていたらしい……時計を確認していれば、予測できたはずなのに。

 その驚きの硬直が、明暗を分けた。

 チャイムが鳴り、ノートに視線を向けていた楽外が、顔を上げたのだ。

 その時、ばちっと、ぼくと楽外の視線が合ってしまう。

 思わず戸惑ってしまうぼくとは反対に、彼女は動揺を一切、見せない。

 怪訝な顔さえもしない――見なかったことにしてくれたのか?

 だが、違和感は持たれたはずだ。

 後々、詰め寄られるかもしれない――、

 その時になんて言い訳をするか、今の内に考えておこう。

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