第6話 一片の勇気2-①

 アーデロでの日々は楽しく、飛ぶように毎日が過ぎていった。

 食料採取のため双子たちと共に森に分け入ったシドは、その日はフィースと協力して木の実を拾っていた。

 フィースの双子の妹のフィーナはどこへ行ったのかわからないが、そのうちに野兎か何かを捕らえて戻ってくるだろう。フィーナは三人の中で最も弓の扱いに長けていた。

「胡桃をたくさん集めてね、シド。明日は胡桃たっぷりのパウンドケーキを作るから」

 フィースが思い出したように言った。

「うん」

 シドは上の空で返事をし、夢中になって木の実を拾う。途中、香草を何種類か見つけて腰に下げていた布袋に詰め込みもしたが、短時間のうちにかなりの量の木の実を集めることができた。

「まぁ、もうこんなにいっぱいに。やっぱり二人で拾うと早いわね」

 と、フィース。

「そうだね。それより、フィーナはまだかな」

 本来ならシドはフィーナと一緒に狩猟をしているのだが、急に大量の木の実が必要になったものだから、今日だけは狩りを免除してもらって木の実の採取をしていたのだ。

「どうかしら。

 向こうは、あたしたちのようにただ落ちているものを拾うってわけにはいかないでしょうから、時間がかかっても仕方がないんじゃない?」

「うん……そうだね」

 言い難そうにシドは言葉を返す。

 狩りよりも香草や木の実を採取することのほうが、どちらかというとシドには向いていた。親元にいる時からずっと、狩猟にはなるたけ参加しないですむようにいつも立ち回っていた。

 殺すことが、血を見ることが嫌なのだ。

 間もなくしてフィーナが戻ってきた。狩った獲物を順に腰に下げているためか、衣服のあちこちに乾きかけの血がついている。

「待たせちゃったかしら、お二人さん」

 フィーナは声をかけた。

 フィースと同じ顔、同じ声の双子の片割れ、フィーナ。しかし性格は大きく違っていて、フィースがどちらかというと父親似なのに対し、フィーナは気が強く、男勝りな部分があった。

「そんなことないわ。こっちも今、集め終わったところよ」

 ぎっしりと木の実の詰まった籠を見せて、フィース。

「あら、すごいじゃない。

 狩りよりも木の実集めの方が向いてるみたいね、シド」

 悪びれた風もなくフィーナは言う。

 少しずつ弓矢の腕を上げてきているシドだったが、フィーナは、シドが嫌々弓矢を手にしていることを知っていた。しかしフィーナ一人で狩りをしているのではその日の食料も怪しいことがあったので、必要に迫られてシドに協力してもらっているといった面があった。

「多分ね」

 と、シド。

「でも、やっぱりシドがいるのといないのとじゃ大違いだわ。明日からまた、よろしくね」

 さらりと言ってのけたフィーナは、家へ戻ろうと身振りで二人に示した。




 翌日、シドはフィーナと連れ立って狩りに出かけた。

 家に残ったノマとフィースの母娘は、朝からパンを焼いたり肉料理の用意をしたりと大忙しだ。

 何しろ今日は、待ちに待ったこの家の主、レガシーが帰ってくる日なのだから。

「今日は大物を狙うつもりよ」

 そう言い放ったフィーナはどこか誇らしげに見える。父の帰館が嬉しくてたまらないのだろう。

「シドも、今日は頑張って大物を狙ってね」

「う…うん」

 フィーナの勢いに気押されて、シドは仕方なく頷くしかなかった。




 夕食の時刻が刻一刻と近付いてくる。

 一家の主が戻ってくるまでに用意を整えようと、皆、忙しく立ち振る舞っていた。

 ノマとフィースは台所に。フィーナは、部屋のあちこちに花を飾っている。シドだけがすることがなく、手持ち無沙汰だった。

「何か手伝おうか?」

 階段の下で花を生けていたフィーナに声をかけると、即座に断られた。台所にいる二人を手伝えばどうかと言われたが、先程、シドが台所に顔を出した時に既に断られている。

 仕方なくシドは、食堂の自分の席に着いた。台所に顔を出した時にノマ小母に、食堂で待つようにと言われたのだ。

 料理はもうほとんど出来上がっていて、後は最期の一品とこの家の主を待つだけとなっていた。

「父さま、お帰りなさい」

 不意に、玄関のほうから甲高いフィーナの声が聞こえてきた。

 とうとうレガシー小父が帰ってきたのだ。

 台所から、ノマとフィースの二人がパタパタと飛び出してくる。シドも食堂を後にして、レガシー小父を迎えに出た。

「お帰りなさい、レガシー」

 ノマ小母が声をかけたのは、黒髪の僧侶だった。優しそうな濃紫色の瞳が家族全員をさっと見回す。

「ただいま、ノマ。留守中、何も変わったことはありませんでしたか」

「ええ、何もありませんでした。シドが、あなたのお帰りを待って滞在していることぐらいかしら、変わったことと言えば」

 双子たちは満面に笑みを浮かべ、父親にまとわりついている。まるで小さな子供のようだとシドは思った。

「お帰りなさい、レガシーおじさん」

 ノマの言葉のおかげで、シドはレガシー小父に声をかける機会を得ることができた。

「あの……母から、預かりものをしてきました。絶対におじさんに手渡すようにと言い付かったので、おじさんが帰ってこられるのをこちらで待たせて頂きました」

「預かりものを……カザラから、ですか?」

 訝しげにレガシー。

「はい」

 シドは真っ直ぐにレガシー小父を見上げた。




 食後のデザートとお茶が終わりに近付いたところでレガシーは、シドが母親から預かってきたという皮の小袋と手紙を検閲しにかかった。

 袋の中身のほうはちらりと覗き込んだだけのレガシーだったが、手紙のほうは怖いほどに真剣な眼差しをして何度も読み返した。

 いったい、何が書かれているのだろうかとシドは密かに首を傾げなければならなかった。母親の態度から急ぎの用事らしいということは何となくわかったが、内容についてはこれっぽっちも知らされていないのだ。この一月の間、シドは気になって気になって仕方がなかった。こっそりと手紙を盗み読もうかという衝動を抑えるのに随分と苦労したものだ。

「……明日、詳しいことを話します」

 カザラからの手紙を読み終えたレガシーはそう言って、子供たちを寝室へと追い立てた。

 双子とシドが寝室へと向かった後の食堂では、レガシーとノマが夜遅くまで何事かをひそひそと話し合っていた。

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