運命の人【恋愛】

「アコは不思議ちゃんなのよ」

 ミオがにやにやした顔で言う。ミオはいつも私の話を出して自分に注目を集める。私は合コンに興味がないから全然かまわないんだけど。

「アコは、運命の人を信じているの。だから、あなたたちアコに手出しても無駄よ」

「え~俺が運命の人かもしれないじゃーん」

 一番軽そうな男が大袈裟な口調で話し、一同どっと笑う。

「お前だけは絶対ない」

「運命って言葉が似合わない」

 さんざん言われて、本人も笑っている。

「それで、運命の人って、どんな人なの?」

 一番おとなしそうに見えた人が言う。

「アコは、前世の記憶があるのよ」

 代わりにミオが答える。

「前世?」

「そう。前世で、いつか迎えに行くって約束した運命の人をずっと待っているのよ」

「ちょっとミオ、恥ずかしいから言わないで」

 この話をするとだいたいの男は「男よけ」と思うらしい。でも、私に前世の記憶があるのは事実だ。


 最古の記憶では、私は人間だった。たぶん平安時代。一般庶民の農家の娘。毎日農作業の手伝いをし、日々は穏やかに流れた。

 あの人に会ったのは、日照りの続いた夏の日だった。あの人は稲の様子を見て「早く雨が降るといいね」と言った。微笑んだ目元が優しくて、鼓動が激しくなった。美しい着物を着ていた。色の白いきれいな手をしていた。今まで見た男の人と何もかもが違っていた。

 翌日、雨に恵まれ、私は稲を見に行った。

「また会えたね」

 声に振り向くと、あの人がいた。瀟洒な笠をかぶっていた。優しい微笑は記憶のままで、私は眠れぬほどこの笑顔に焦がれていたと実感した。初めての感情に戸惑いながら、大きな木の下で話をした。また会いたい、と願う自分がいた。

 それから、何度も木の下で会った。身分の高い人だとわかっていた。どうしようもないと知っていた。でも、ただ会いたかった。

 ある日、あの人は珍しく真剣な顔をしていた。もうすっかり寒い季節。痛いほどに強く私を抱きしめると、それまで言葉をかわすだけだった私の唇に、唇を重ねた。私は体が痺れるような心地よさと、泣きそうなほどの悲しみを感じた。もう会えないのだとわかった。

「生まれ変わったら絶対に君を見つける。必ず迎えにいく」

 そう言ってあの人は私の左手の小指と、自分の右手の小指に、それぞれ赤い細い糸を結んだ。

「これを目印にして、君を探す。約束だ」

 そう言って去っていった。それきり一度も会えず、私は生涯をひとりで過ごし、小指に赤い糸をつけたまま、ひとりで死んだ。


 生まれ変わったのは猫だった。左前足の指に赤い輪のような柄があった。ある年、人間がたくさん死ぬほどの飢饉に襲われ、猫の私も飢えて死んだ。

 次に生まれ変わったのは魚だった。暗い深海だった。左ひれの端に赤い輪の柄があった。あるとき、大きな深海鮫に食われて死んだ。

 次に生まれ変わったのは人間だった。左手の小指に糸を巻いたような赤いアザがあった。大きな戦争をしていた国の、小さな町に暮らしていた。父親が戦争に行ったまま帰ってこなくて、母親が死んで、私も年老いて死んだ。あの人には、また会えなかった。

 そうして今、日本で暮らしている。左手の小指には糸を巻いたような赤いアザ。二十三歳になるけれど、今回の生まれ変わりでもまだあの人には会えていない。諦めてはいない。あの人は約束を破るような人じゃない。


「じゃ、今日はこのへんでお開きね~」

 すっかり酔っぱらったミオが言う。帰ろうとしたとき、声をかけられた。一番おとなしそうに見えた人だった。

「ねえ、運命の人の話だけど」

「気にしないで。ちょっとしたネタだから」

 軽く笑おうとしたそのとき

「もしかして、お千代ちゃん?」

 その人は、真面目な顔で言った。

「え?」

 全身に鳥肌がたった。平安時代の私の名前だ。女が本名を名乗ることは少ない時代だった。私の名前を知っているのは、家族と、あの人だけだ。優しい微笑、一緒に過ごした時間、たった一度のくちづけ。

「これ、見て」

 そう言ってその人が差し出した右手の小指には、私と同じ色の糸を巻いたようなアザがあった。

「まさか……」

 私は自分の小指のアザを見せる。

「やっと約束を果たせる日がきた」

 その人は、私を引き寄せ強く抱きしめた。




【おわり】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る