お払い箱の恩返し【ほっこり】
会社からお払い箱にされた俺がリサイクルショップで働いているのだから、何の皮肉かわからない。お前はもう会社に不要だと言われた俺が、持ち主から不要だとされた物を売っている。店内に並んでいる商品を見ると、俺たち仲間なのかな、なんて思ったりする。でも、この商品たちは、次に新しく買ってくれる人を待っているのだ。修理され、掃除され、ぴかぴかな状態にしてもらって、新しい持ち主を待っている。そう思うと、やっぱり俺の仲間ではないのだな、とガッカリした気持ちになる。
「はあ~」
「なんだよ、ため息なんかついちゃって」
客の少ない平日の昼間。俺を雇用してくれたこの店の店長は、古い友人だ。
「会社からお払い箱にされた俺より、持ち主からお払い箱にされたこの商品たちのほうが、未来が明るいな~なんて思ってな」
「何しけたこと言ってんだよ。不用品の買い取りに行ってくるから、店番頼むぞ」
「ああ、気を付けてな」
不用品の買い取りか。俺もこの友人に引き取ってもらったようなもんだ。やっぱり同じ不用品仲間だな。いじけた気持ちで店番をする。いいなあ、お前たちには新しい未来があって。
不用品の買い取りから店長が帰ってくる。
「けっこう掘り出し物があったぞ」
嬉しそうな顔をしている。店長が不用品として買い取ってきた物は、ブランド物のバッグや高級そうな時計が多く含まれていた。
「まだまだ使えそうなのに」
俺はその品物を見て驚く。
「ああ、本当だな。ちょっと手入れすれば、新品みたいにきれいになるぞ」
店長は品物をひとつひとつ検品している。その手つきは丁寧で、この男は商売でやっているのかもしれないが、根底には「物を大切にしたい」という気持ちがあるのだろうな、と思った。
「これは……こっちだな」
たくさん買い取ってきた品物の中で、いくつか別の段ボールにうつされた物があった。
「こっちは、何だ?」
「こっちは、残念だが商品にならない物だ」
「もう使えないってことか?」
「いや、まったく使えないわけじゃない。でも、さすがに商品として店頭に並べるには、古すぎたり、汚れていたりするんだ」
そういうと、その段ボールをもって店の奥へ入っていった。ついていくと、店の奥の物置に段ボールを運んでいた。
「ここは?」
「ここは商品にならない物の、置き場所だ。貧乏性なのかね、どうしても捨てられないんだ」
そこには、履き古されたスニーカーや、持ち手の割れた懐中電灯、シミのついた服などが積まれていた。
「俺は、この商品にならない物を自分で使っているんだ」
「そうなのか?」
「だって、捨てちゃうのはしのびないだろ。でも商品にはならない。だから、俺が自分で使うのよ。買い取りのとき『商品にならないなら捨ててください』っていうお客さんが多くてね。それなら使ってあげたほうがいいだろう。このエプロンだって、もとは不用品として引き取ったものなんだ」
店長の使っているエプロンは、もともと濃紺だったと思われるが、すでにその名残はなく、色あせて擦り切れていた。
「そこまで使ってもらえれば、物も嬉しいだろうな」
何でも簡単に捨ててしまう時代。俺は、店長のこういうところが好きだと思った。
「お前ももし何か使いそうなものがあれば、いつでもここから持って行っていいからな」
「え! いいのか?」
「ああ。大事に使ってやってくれ」
会社をクビになってから収入がガクンと減った俺には、ありがたい話だった。
「ありがとう。助かるよ」
そういうと、店長はにっこり笑った。
仕事を終えてから、さっそく物置へ行ってみる。さっき見たスニーカーが気になっていたのだ。
「お、あった」
それはたしかに履き古されていたが、色もデザインもかっこよく、履き心地も良さそうだった。俺はいつまでも会社員時代の革靴を履いていたから、スニーカーがほしいところだったのだ。試しに履いてみると、サイズもぴったり。
「おお! これはいい!」
俺はスニーカーを抱え、喜んで帰宅した。
帰ってからスニーカーを見ると、目立たないところだったがシミがあった。履き古されているうえ、シミがあってはさすがに商品にならなかったのだろう。俺は、シミ抜きはたしか重曹が良いはずだ、と思い、石鹸と重曹で丁寧にブラシ洗いをする。何度かブラシをしているうちに、シミはほとんど見えなくなり、履き古した感じはビンテージ物のように見えなくもなかった。
「明日から、よろしくな」
俺は靴を干しながら、久しぶりに清々しい気持ちになっていた。もちろん今までお世話になった革靴も、お払い箱にはしない。革用クリームを塗ってブラシをかけて
「必要なときはよろしくな」
そう言って下駄箱にしまった。
「なあ、これ見てくれよ」
翌日店で店長にスニーカーを見せる。
「お言葉に甘えて、さっそく物置からもらったんだ」
「おお! 本当だ! すごくきれいになったな!」
「ああ。まだまだ履けそうだよ」
「靴はサイズが合わなくて俺には履けなかったから、ちょうど良かった。きっとスニーカーも喜んでいる」
店長が嬉しそうに笑う。俺は心なしか、誇らしい気すらした。革靴よりずっと歩きやすく動きやすいスニーカーを手に入れて、足取りも軽くなった気がした。
仕事後にまた物置へ寄る。腕時計が欲しいと思っているのだ。会社員時代には、会社から支給された携帯電話が時計代わりだった。しかし、クビになった今、携帯電話も没収されてしまったのだ。いいものがないかな、と探していると、ベルトの切れかかった腕時計を見つけた。黒で統一されており、シンプルでおしゃれだ。
「これはいい」
俺は店に戻り店長に「これももらっていいか?」と確認した。
「もちろんだ。あそこにあるものは全部自由に使ってくれ」
「ありがとう」
「あ、その時計、ベルトが切れかかっているだろ」
「大丈夫だ。これくらい縫えるよ」
そういうと店長はにっこりして「おう、じゃ使ってくれ」と言った。
俺は家に帰ってから、小さい裁縫道具を取り出した。会社員時代に、出先でボタンが取れたり、ジャケットの裾がほつれたりしたときのために持っていたものだ。実際に使ったことはほとんどなかったのに、会社員を辞めてから役に立つ日がきたな、と苦笑する。切れかかったベルトを一針一針丁寧に縫い合わせる。ベルトはきれいにつながり、腕につけると柔らかくフィットした。
「ああ、これで時間がわかる」
俺は嬉しくなった。店頭に並ぶ資格もなく、物置にしまわれていた商品。俺と同じ、お払い箱にされた物たち。そう思うと親近感がわいてくる。仲間をよみがえらせているような気持ちになった。
店の定休日。俺は特にすることもなく、金もないからどこかへ行けるわけでもなく、のらりくらりと散歩をしていた。体に染みついたくせなのか、いつの間にかもともと勤めていた会社の近くまで歩いていた。懐かしい気持ちと、やるせない気持ちの両方があふれる。俺はよく昼飯を買っていたキッチンカーの来る公園へ行ってみた。キッチンカーが一台とまっており、ホットサンドのようなものを売っている。久しぶりに買おうかな、と思ったそのとき
「お、キッチンカーだ。あれ食おうぜ」
男の声が聞こえ、俺の心臓がどっとはねた。そしていっきに食欲をなくした。その声は、まさに俺をクビにした上司の声だった。公園の茂みに隠れ様子を見る。上司は部下を何人か連れて、昼飯に来たようだった。
上司といっても年下で、社長の甥っ子だから出世できたというコネだけの奴だ。ひどいパワハラ野郎で、部下への言葉の暴力が限度をこえていた。俺はそのことが許せなかった。だから奴に面と向かって抗議した。
「あなたは言葉の暴力が過ぎます。パワハラにあたる行為かと思われます」
丁寧に伝えたつもりだったが、奴は
「そんなこと、僕に言える立場だと思っているの? 社長に言いつけるからね」
そう言って、宣言通り社長に言いつけ、俺はお払い箱にされたのだ。
久しぶりに奴の顔を見たら、怒りがこみあげてきた。悪いのは奴のほうなのに、どうして俺がクビにならなきゃいけなかったのだ。噂によると、俺がそうとう汚い言葉で奴を罵った、と社長に報告されたらしい。嘘の報告をされて、クビになって、今はコソコソと茂みに隠れている。自分が惨めな気持ちになる。それもこれも、ぜんぶ奴のせいだ。俺は、腹立たしい気持ちがどんどん膨らんでいった。
仕事のあとに物置へ行って、必要なものを調達する。柄と頭の部分の継ぎ目がぐらぐらになっているカナヅチを見つけた。ちょうどいい。別に殺すつもりはない。ちょっと痛い目に合わせようというだけだ。俺は店長には言わずにカナヅチを持ち帰り、丁寧に継ぎ目を修理した。ぐらぐらしていた頭はしっかりくっつき、頑丈でびくともしない。柄が黒ずんでいたので、やすりをかけてニスを塗る。手にしっくりと馴染む、いいカナヅチを手に入れた。
奴が会社を出る時間はわかっている。いつもあの公園を通って駅まで行くことも、調べ済みだ。俺は、公園の茂みに身を潜め、奴が通るのを待った。
そろそろ終業の時間のはず、と思って腕時計を見ると、一時間以上前の時間を指したまま止まっていた。
「なんだよ、こんなときに!」
ベルトの修理はしたが、電池の交換はしていなかった。仕方ない。俺の準備不足だ。奴が現れるまでひたすら待てばいいんだ。
そのとき公園にひとりの男が歩いてきた。少し暗くて見えにくいが、奴のようだ。俺はカナヅチを握りしめ、茂みから立ち上がり、奴に向かって走ろうとした。そのとき
「うわあ!」
俺は、茂みから一歩も踏み出せず、前のめりに思い切り転んだ。
「いってぇ……」
どうにか体を起こし、何かにつまずいたのか? と足元を見ると、スニーカーのひもが左右で結ばれていた。右足と左足のくつひもが結ばれて、からまっている。
「なんだよ、これ」
急いでほどこうとするが、きつくからまっており全然ほどけない。仕方なく俺はスニーカーを脱いで、あらためて奴のほうへ走り出した。
「お前のせいだ~!」
叫びながらカナヅチを振り上げた瞬間、きちんと修理したはずの継ぎ目がポーンとはずれ、カナヅチの頭がはるか後方へ飛んで行った。
「あー!」
俺はすっとんきょうな声をあげ、慌てて近くの茂みに隠れる。そして、遠く飛んで行ったカナヅチの頭をコソコソと拾いに行った。
「なんだよ、あんなにちゃんと直したのに!」
俺はカナヅチの頭を拾って柄につけた。すると不思議なことに、まったくぐらつきもせず、ぴったりとくっついた。
「壊れたんじゃなかったのか?」
さっきはあんなに簡単に飛んでいってしまったのに、今度は引っ張っても振り回してもびくともしない。修理したとおり、頑丈にきっちりくっついている。どういうことだ? 何にせよ、奴は俺に気付かずもう駅のほうへ行ってしまった。この公園の暗がりを逃したら襲撃は無理だ。俺はあきらめて最初に身を潜めていた茂みに戻った。すると、そこには俺が乱暴に脱いだスニーカーがきれいにそろえられていた。左右でからまっていたはずのくつひもはきれいにほどけ、通常の状態に戻っている。
「どういうことだ?」
スニーカーを履くと、足にしっかりフィットしてやはり歩きやすい。ふと時計を見ると、ちゃんと動いている。
「もしかして……」
俺はふいに熱いものが胸にこみあげる。
「もしかして、お前たち、俺を止めようとしてくれたのか?」
俺は、物置からもらってきた物たちに声をかける。お払い箱にされて、次の持ち主を待つ資格もなくし、物置にしまわれていた物たち。同じお払い箱にされた俺のこと、思ってくれていたのか。まさか、そんな不思議なことがあるわけない。そう思いながらも、自分で丁寧に修理した物たち、足にフィットするスニーカー、腕になじむ腕時計、悪事に利用しそうになったカナヅチをあらためて愛しく思う。俺は思わず涙ぐんだ。お前たちも、俺のこと仲間だと思ってくれたのか。カナヅチの柄と腕時計のベルトとスニーカーの中が、心なしかしっとりと潤んだ気がした。泣くんじゃないよ。心配するな。
「復讐なんてバカなことはやめるよ。お前たち、これからも仲良く暮らそうな」
暗い帰り道、ゆっくり歩く俺の足取りは、いつもよりさらに軽やかだった。
【おわり】
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