木箱【ホラー】

 母親から届いた段ボール箱を開けると、段ボール箱が入っていた。首をひねりながら、一緒に入っていた手紙を開ける。

【あきらへ。いつも電話に出ませんが元気ですか? あきらの友達だという男の人がこの段ボール箱をもって家にきました。中学の同窓会があってみんなでタイムカプセルを開けたのだけれど、あきらが出席しなかったから、預かってくれていたそうです。わざわざうちに届けてくれました。そのまま送ります。追伸:たまには連絡をしてね。ちゃんとごはん食べてね。お母さんより】

 そういえば最近母親から何回か着信があったな、と思い出す。仕事が忙しいのは事実だし「ちゃんと食べてるのか」「いい人はいないのか」「早く孫が見たい」などと口うるさく言われるのがわかっていたから電話に出なかった。

 中学の同窓会があったなんて知らない。不思議に思いながら、段ボール箱の中から段ボール箱を取り出す。重くも軽くもない。何が入っているのか見当もつかない。俺の友達と名乗った奴が持ってきたという段ボール箱を開ける。すると今度は、木箱が入っていた。

「マトリョーシカかよ」

 古そうなその木箱は、薄汚れていた。中学のときタイムカプセルなんて埋めた記憶はないけれど、卒業から十年たっている。少なくとも十年は土の中に埋まっていたんだ。汚れているのも当然か。俺は木箱を段ボール箱から取り出す。錆びた金属の蝶番のついた蓋がしてある。俺はゆっくりと蓋を開けた。

「うわあ」

 思わず声が出た。木箱の中には、土で汚れた布製の人形が入っていた。

「なんだこれ、気持ち悪い」

 木箱の中に膝を曲げるような形でおさまっている人形。市販品というより、手作りのような雑さがあった。見たことのない人形だ。薄気味悪いと思いながら取り出してみると、人形の胸につたない刺繍で名前が縫ってある。

「てしがわら」

 てしがわら? 俺の名前じゃない。珍しい名前だな。俺の知り合いにはいない。これはてしがわらという奴のタイムカプセルじゃないか。俺の友達と名乗った奴が誰なのかもわからないし、てしがわらが誰なのかも知らない。気持ち悪い人形送りやがって。俺は、確認せずに送ってきた母親にイラっとしながら、人形を木箱に戻し、木箱を段ボール箱に戻し、次の休みに実家へ着払いで送り返そうと思った。


 翌日、俺は大事な仕事があった。大学を卒業してすぐに起業した別荘のサブスクリプション会社はようやく軌道に乗っている。今回は、大きな別荘リース会社が、俺の会社と一緒に仕事をしたいと連絡をしてきた。この取引がうまくいけば、今よりずっと良い別荘をサブスクで提供できることになる。俺は気合を入れて取引先との待ち合わせに向かった。

 山道を走り、約束の18時より少し早めに別荘地へ到着する。先方が、せっかくだから別荘を見ながら話したいと希望してきたので、こんな山間まで車を出したのだ。さすがは高級別荘地。ひとつひとつの別荘が大きく、敷地も広い。俺は指定の別荘を確認し、車を降りた。

 そこは、大きな別荘だった。ログハウスのような作りで、玄関の前にスーツ姿の男がいる。近づくと、柔和な顔をした穏やかそうな男だった。

「わたくし、別荘リース会社の勅使河原てしがわらと申します」

 名前を聞いて、一瞬どきっとした。てしがわら? あの妙な人形に刺繍してあった名前だ。珍しい苗字だが、偶然か。

「よろしくお願いします」

「さっそく、別荘を見ていただいてもよろしいですか」

「はい。もちろんです」

 俺は勅使河原という男のあとについて、ログハウスの中へ入った。広々としたリビングの天井は高く、木の爽やかな良い香りがする。新築なのか、とてもきれいだ。

「新築ですか?」

「はい。完成したばかりです」

「それをサブスクに使用していいのですか?」

「ええ、時代にあったとても素晴らしいビジネスモデルだと思います」

 勅使河原の柔和な表情は一切変化がなく、なんだか少し不気味に見えてくる。

「この別荘の一番の見どころはこちらです」

 勅使河原は俺をリビングの先へ誘導した。

「この箱なのですが」

 そこにあったのは、真四角の木箱だった。一辺が5~60センチほどだろうか。金属の蝶番のついた蓋のある、木の箱だった。俺は、少し鳥肌がたった。昨日見たばかりの気味の悪い木箱と人形が脳裏にちらつく。

「これは、何のための箱なんですか?」

「それは、入ってみるとわかります」

 柔和な表情の勅使河原は、俺に木箱の中へ入るように言ってきた。正直、不気味だし、恐怖もあった。しかし、冷静に考えれば、昨日の木箱の人形と今回の取引には何の関係もない。俺が木箱の人形を不気味に思っていたから、変な先入観を持っているだけだ。この取引がダメになったら、会社が大きくなるチャンスを逃すことになる。俺は勅使河原が開けたまま支えている蓋をくぐり、箱の中に入ってみた。膝を曲げて座ると、ちょうどぴったりおさまるくらいの大きさだ。

 勅使河原は、柔和な表情のまま、ゆっくり蓋を閉めた。闇に覆われる。そのまま何も起こらない。静かなまま数分たった。

「勅使河原さん?」

 俺は呼んでみる。返事はない。蓋を開けようとしてみるが、開かない。力いっぱい上に押し上げるが、ぴくりとも動かない。まさか、閉じ込められたのか。俺はジャケットの内ポケットからスマートフォンを取り出し、勅使河原にかけてみる。

「おかけになった番号は、電波の届かない所にあるか、電源が入っていません」

 舌打ちをする。あの野郎、穏やかそうな顔して、何考えていやがる。上司に言いつけてやろう。俺は勅使河原が名乗った別荘リース会社の電話番号を調べ、電話をかける。

「すみません、今日勅使河原さんと別荘の内見に来ている者ですが」

「はい?」

「お宅の勅使河原さんに、別荘で木箱に閉じ込められているんですよ。これ、何の嫌がらせですか?」

「申し訳ございません。我が社にテシガワラという社員はおりませんが……どちらさまでしょうか?」

「冗談はやめてください。そちらの勅使河原という男が……」

「テシガワラという社員はおりませんし、本日、お客様と別荘の内見をする約束のある社員はおりません。何かのお間違いではありませんか?」

 俺は電話を切った。どういうことだ。あいつは誰だ。これは何の嫌がらせだ。昨日の人形をもってきた奴と同じ男か? となると、中学の関係者か。俺は数少ない中学時代の友達のひとり、マキに電話してみることにした。もしかしたら、俺が知らなかっただけで本当に同窓会があって、マキが何か知っているかもしれない。呼び出し音が鳴る。なかなか出ないことにイライラしてきたころ、ようやく電話がつながった。

「はい」

「マキ? 久しぶり、俺。あきらだけど」

「ああ、久しぶり。どうしたの?」

「お前さ、最近、中学の同窓会あったの知ってる?」

「同窓会? 知らない」

「そうだよな。俺も知らないんだけど、俺たち中学のとき、タイムカプセルなんて埋めたか?」

「タイムカプセル? いや、埋めた覚えはないけど」

 やっぱりか。じゃ、昨日の木箱の人形は誰かの間違いだ。でも、そうなると今俺を閉じ込めている男は何者だ?

「俺の実家に、俺のタイムカプセルだっていって荷物をもってきた奴がいるらしいんだけど、まったく身に覚えがなくて」

 静かに聞いているマキ。

「それが、木箱に入った変な人形で、胸に【てしがわら】って刺繍してあるんだよ」

 マキが、ひゅっと息を吸う音が聞こえた。

「あきら、その名前……」

「え? てしがわらって、お前知ってる?」

「その名前、言っていいの? あんた、一生この名前は口にするなって言ったじゃない」

 マキの声が震えている。怯えているように聞こえる。

「なんだよ、それ。俺そんなこと言ったか?」

「本当に忘れちゃったの?」

「なんのことだよ!」

 俺は無性に腹が立った。閉じ込められたうえ、マキにまで変なことを言われて。

「じゃ、言うよ? 本当にいいんだね?」

「早く言えよ」

「勅使河原くんは、中学の同級生でしょ」

「同級生?」

「そうだよ。あんたが、いつもからかっていた」

 からかっていた? たしかに俺はやんちゃなタイプではあった。

「まだ思い出さない?」

「ああ、ぴんとこない」

「あんた、恐ろしい男だね。勅使河原くんは……あんたが木箱に閉じ込めて、生き埋めにしたじゃない」

 ぶるっと全身に鳥肌がたった。

「俺がそんなこと……」

「したでしょ!」

 マキがヒステリックに声をあらげる。

「あんたの家の納屋にあった木箱に、狭いところが苦手な勅使河原くん閉じ込めて、いつも笑っていたじゃない! 土に埋めるって聞いたときはさすがにやりすぎだと思ったけど、みんなあんたが怖くて言い出せなかったんだよ! 私にも穴掘るの手伝わせて、忘れたなんて言わせないよ!」

「じゃ、まさか今いる勅使河原は、そのときの勅使河原か! こんな復讐しやがって」

「え? “今いる勅使河原”って、何?」

 急にマキが小さな声で言った。

「勅使河原って男の別荘に来ているんだけど、今狭い木箱に閉じ込められているんだよ。蓋は開かないし、スマホの電源切ってるし、会社に電話したらそんな社員いないって言われるし」

「あきら、何言ってるの?」

「は?」

「勅使河原くんは、あんたが埋めて……死んじゃったじゃない」

 ぞっと寒気がした。

「何言ってるんだよ、さすがにそんなことがあったら俺だって覚えて……」

 ふっと土の匂いが鼻をかすめた気がした。実家の納屋にあった古い木箱。じいちゃんが農家をやっていた頃に野菜を入れていた箱だ。「お前、入れよ」たしかに、そんなことを言った気が……そうだ、狭い木箱に入って泣くあいつの顔がおもしろかったんだ。俺はどうしてこんなこと忘れていたんだ。「やめてよ、開けてよ」そんな叫びを聞きながら、ざっざっと箱の上に土を、かぶせて……

 背中にぞっと冷たい汗が噴き出る。マキとの通話は切れていた。これは俺への復讐なのか。そう思ったとき、ぐらっと箱が揺れた。どすん、と着地するような衝撃のあと、キーキーゴロゴロという音がする。木箱ごと台車で運ばれているらしい。

「おい! 開けろよ! お前、誰だ!」

 俺は叫びながら箱を叩くが、何の返事もない。

「なんとか言えよ!」

 キーキーゴロゴロと運ばれていた木箱は、突然衝撃とともに転がってどこかに落下した。箱のあちこちに体をぶつけながら俺はどこかに落ちたらしい。

「いてえ……」

 濃い土の匂いに覆われる。まさか。ざっと音がして、何かが箱にのせられていく。深くなる土の匂い。

「やめろ、やめてくれ! 出せ!」

「出さないよ」

 すぐ隣で声がして、身をすくめた。俺ひとりでいっぱいだったはずの木箱に、誰かいる。その誰かは、俺の手首をぎゅっと握ってきた。

「僕のこと忘れていたなんて、ひどいね」

 聞いたことのある声だった。手首をつかむ手が冷たい。

「やめろ、離せ! 出せ!」

 俺はパニックになって箱の中で暴れた。あちこちぶつけて痛いが、恐怖のほうが強かった。助けてくれ、死にたくない。

 そのとき、箱が急に動いた。どすんという衝撃のあと、視界が明るくなって一瞬何も見えなくなる。まばゆい光に薄ら目を開けると、箱の蓋が開いていて、そこには勅使河原と名乗った柔和な顔の男がいた。そして、その横からマキが顔をのぞかせる。その手には懐中電灯。

「ごめんね、ちょっとやりすぎたかな?」

 勅使河原がいたずらっぽく笑っていた。

「ど、どういうことだ?」

「卒業から十年たったし、ちょっとドッキリにしかけて、あのときの仕返ししようかなって思って」

「勅使河原……死んだんじゃなかったのか」

「あの日、さすがに怖くなって、私が親に言ったのよ。それで、生き埋めにされた勅使河原くんは大人たちに救出されたの」

 マキがニヤニヤしながら話す。

「そのあとすぐに引っ越していったから私も全然会っていなかったんだけど、今回勅使河原くんから連絡をもらって、仕返しにいたずらしたいから手伝ってって言われてさ。私の演技、良かったでしょ?」

 俺は箱から立ち上がり、笑っているふたりを眺める。俺の立っているすぐ横には、深い穴が掘られており、横に小ぶりなショベルカーがあった。俺は、この穴の中に落とされていたようだ。

「あきらくんのお母さんに渡した人形で僕のこと思い出してくれると思ったんだけど、全然思い出してなさそうだったから」

 勅使河原が笑っている。生きていたのか? じゃさっき俺の手首をつかんだのは……

「おい! じゃ、箱の中で俺の手首をつかんだ奴は誰だ!」

 マキが首をかしげる。

「たしかに、ここを!」

 俺はジャケットをまくる。手首にくっきりと残った手の痕を見て、俺はぞっとした。それを見た勅使河原は、急に真面目な顔になった。

「ああ、そうか。やっぱり自分で復讐したかったか、お兄ちゃん」

「え? どういうこと?」

 マキが怪訝な顔で勅使河原を見る。

「どういう意味だよ」

 俺は恐怖で体が震えた。

「僕は、君たちが生き埋めにした勅使河原の弟だよ。お兄ちゃんはたしかに大人たちに救出された。でもね、埋められていた時間が長かったから、低酸素脳症になって、ずっと意識が戻らなかったんだ。それで、去年亡くなったよ」

「死んだ?」

「ああ、死んだ」

 呆然としている俺を、勅使河原の弟は力いっぱい突き倒した。木箱とともに俺はまた穴へ落ちる。落下の衝撃で頭が揺れてめまいがする。

「一度助かったと思ってから、また落とされる気分はどうだ?」

 頭上から声がする。見上げると勅使河原の弟が愉快そうに笑っている。きゃ! っという悲鳴がした直後、マキも穴へ落っこちてきた。

「おい、マキ!」

 額から血を流している。

「おい! 勅使河原の弟! こんなことはやめろ!」

 俺は穴を登ろうと土に手をかけた。そのとき、何者かに足首をつかまれた。ひっとなって見下ろすと、穴の真ん中に中学生時代の勅使河原がいる。俺を見上げて、笑っている。やめろ! 俺の叫びが声になる前に、ウィーンという重機の操縦音がして、ざざーっと大量の土が降ってきた。冷たい土に覆われながら、俺は足元から冷たい声を聞いた。

「同じ目にあわせてやるからね」




【おわり】

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