ショートショート集
秋谷りんこ
サプライズプレゼント
友人に借りた車で彼氏を迎えに行く。街は華やぎ、街路樹にはイルミネーションが輝く。道行く人々は心なしか、いつもより楽し気に見える。今日は、12月25日。クリスマスだ。暖房の効いた車内では、定番のマライアキャリーのクリスマスソング。
「All I want for Christmas is you~」
クリスマスにほしいのはあなただけ、というところを、一緒に口ずさむ。気分をあげるには最高のシチュエーション。
彼のマンション前に車を停めてLINEを送る。
【マンションに着いたよ~♡】
運転席から彼の部屋を見上げていると、ベランダから彼が顔を出した。私は昔のトレンディドラマみたいに、ププッとクラクションを鳴らす。彼がベランダから大きく手を振る。かわいい。
彼はいつものデートよりちょっとお洒落な恰好で車に駆け寄ってきた。
「運転、いいの?」
いつもは彼が運転することが多い。
「うん! いいの。今日は私がエスコートする」
「じゃ、お言葉に甘えちゃおうかな」
そういって彼は助手席に乗る。ふわっと香水がかおる。ディオールのオーソバージュ。定番中の定番だな、とちょっと笑う。らしいと言えば、らしい。
「昨日、ごめんね。仕事で会えなくて」
私が車を出すとすぐ、彼が謝ってきた。昨日のクリスマスイブは、彼の仕事の都合で会えなかったのだ。
「いいの、いいの! 全然気にしないで。クリスマスって、イブが注目されるけど、今日が本当のクリスマスの日でしょ? それに、仕事なら仕方ないって」
にこやかに答える私に、彼は「本当にごめんね」と手を合わせてくる。
「その分、今日は私の行きたいところに付き合ってもらうんだから。これでもう、言いっこナシね」
「わかった」
今日は、彼と一緒に行きたいところがあるのだ。きらびやかな街を抜け、私は車を走らせる。イルミネーションが遠くなり、車窓からの眺めは少しずつ長閑になる。
「どのくらいかかるの? その、お前の行きたい『天然のイルミネーション』ってところまで」
「うーんと、2時間くらいかな」
「運転疲れたらいつでも言ってね。かわるから」
「うん、ありがとう」
付き合って3年目のクリスマス。今でも彼はとても優しい。私はもう28歳だし、そろそろ真剣に彼との関係を考えている。
高速道路は空いていて、運転は順調だった。途中のサービスエリアで夕食をとる。
「クリスマスの夕飯がサービスエリアで良かったの?」
去年は有名なレストランを彼が予約してくれた。
「いいの。一緒にいられれば何でも美味しいんだよ」
「そういうもん? 俺はいいけど」
そういって、彼はラーメンをすする。私も熱いラーメンを、ふーふーしながらひとくちすする。彼と一緒に食べるものなら何でも美味しい。それは本当だ。好きな人の存在というのは、そういうものだと私は思っている。感情の閾値を大きく超えるような、常識の通用しない世界。普段ならできないことでも、彼を想えば何でもできる。それが恋だと、私は思う。
夕食を食べ終えて、車に戻る。エンジンをかける前のほんの静かな一瞬、後部座席からチッチッチと微かな音が聞こえた。
「ん? 何の音?」
そう言いながら、彼が後部座席の私の荷物のあたりを触っている。私は少し慌てる。
「あ! やだ。見ないで。野暮だって。察してよ~」
見つかったら大変。今日は彼にサプライズを用意してあるのだ。
「え! ああ、ごめんごめん」
苦笑しながら彼は前を向く。鋭いんだか鈍いんだかわからない人。こういうところも、本当に好きだと思う。エンジンをかけて、私は車を出す。
「それでさ、お前の言ってる『天然のイルミネーション』って、何なの?」
「そうそう、あのね、山の中腹にある展望台みたいなところなんだけど、夜景がめっちゃきれいな穴場なんだって。都会のイルミネーションもいいけど、高台からふたりっきりで夜景を眺めるのも、良くない?」
「おお! すげえ良さそう!」
「でしょう?」
都会のデートなら何度もしている。特にクリスマスなんて、都会はすごい人混みだ。たまには人の少ないところでゆっくり過ごすのもいいだろう。車はどんどん自然の豊かなほうへ走り、しだいに山道になる。
【目的地に到着します】
カーナビがつげる。
「このへんに駐車場があるはずなんだけど」
そこは、夏場に登山客がよく利用する駐車場だった。冬の間はほとんど使われることがなく、ときどき天文好きが星を眺めにくる以外、人の集まらない場所だそうだ。あまり知られていないが、そこからの麓の夜景は絶景なのだとか。
「あれ、車一台停まっているね」
彼が言う。たしかに、駐車場の奥のほうに車が一台停まっている。
「私たちみたいに穴場の情報を知った人なのかも。お互い、邪魔しないように距離とりましょ」
私は笑いながら言って、奥の車と十分に距離をとって駐車する。ふたりで車を降りる。冷たい風が一気に吹き上げて、髪が乱れる。
「おお、さむ」
「寒いね。でも、見て!」
「おお! すげえ!」
絶景だった。前向き駐車をした車のボンネットにふたりで寄りかかって、正面を眺める。麓に広がる街がきらきらと輝いて見える。それは、まさに天然のイルミネーションだった。
「ねえ、最初のクリスマス、覚えてる?」
「なんだよ、急に」
「ちゃんと答えてよ」
私は彼に体を寄せる。
「覚えてるよ。流行ってた映画見に行ったらすっげえ感動もので、お前映画終わってからもめちゃくちゃ泣いてたじゃん。あれ、まわりから見たら、俺クリスマスに彼女泣かせてる男に見えたよ、絶対」
「あはははは。このエピソード大好き」
私は大きな声で笑う。
「お前は他人事みたいに言うけど、俺が泣かせたわけじゃないです! ってまわりにいる人たちに言いたかったよ、俺は」
そういって彼も笑う。楽しい時間。こういう時間が、もっとずっと続けばいいのに。私は、腕時計を見る。21時58分。
「駐車場の入り口に自販機あったから、あったかいもの買ってくる!」
「おお、ありがとう。暗いから気を付けて」
「うん。ありがとう」
ありがとう。3年間、本当にありがとう。
私は、駐車場の入り口あたりまで行って、突っ立ったまま彼と車をじっと見つめる。彼はボンネットに寄りかかったまま、夜景を見ている。
時計は、21時59分、55秒、56秒、57秒、58秒、59秒……
大きな爆音とともに車が爆発し炎上する。ドっと熱い爆風が押し寄せ私の髪を乱す。立ち上る炎から火の粉が舞う。私は、燃え上がる車を眺める。ああ、よく燃えた。想像通りの絶景に、うっとりする。
知っているよ。昨日誰と一緒にいたのか。知っているよ。香水が誰からのプレゼントなのか。知っているよ。さっき迎えに行く前にトランクに詰め込んだから。知っているよ。ずっと二股だったって。
燃えさかる車を眺めながら、彼を想えば本当に何でもできる、と思う。彼への想いは、私の常識の枷をいとも簡単にはずしてしまう。こんなに好きなのに。こんなに想っているのに。どうして伝わらなかったのだろう。
誰かに通報される前にここから去ろう。そう思って、駐車場の奥に停めておいたレンタカーへ向かう。鍵をとろうとすると、コートのポケットに何か入っている。取り出すと、それは「いかにも」といったリングケースだった。私は思わず笑ってしまう。後部座席をいじっているときに彼がこっそり入れたらしい。サプライズを用意して二股をごまかそうとする浅はかさが、彼らしいと思う。最後のプレゼントは何かしら、と私はリングケースを開ける。その瞬間、シュッと鋭い音がして、首に微かな痛みがあった。
「痛っ」
首に触ると、小さな棘のようなものが皮膚に刺さっている。
「何これ……」
視界がぐらんと揺れた。指先が痺れてくる。眩暈がひどい。私は冷たいアスファルトに膝をつき、そのまま横向きにバタリと倒れた。ちらちらと雪が降ってくる。夜空に舞う真っ白い雪と真っ赤な火の粉を眺めながら、私は意識を失った。
【おわり】
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