Schutz von Ledo(シュヴァンレード)

緋那真意

第一章 ドゥーリッドの悪魔

第1話 仮面

 呆気ないな、ツルギは思った。刀身を折られたのだ。柄は放り捨てられ残された刃もボロボロの状態で放置されている。


(戦いに破れた以上、必然か……)


 そんなことを思う。剣などというものに宿って血を浴び、鉄を食み、骨を断てと休む間もなく戦いに駆り出されて意識も消えかかっていた。

 潮時かもしれない。そう思ってツルギは意識を閉ざし、ゆっくりと無に還っていく。



 音が聞こえてくる。聞き覚えがある音を聞きながら覚醒する。


「いい出来ね……」

「……ありがとうございます」


 声が聞こえる。意識を向けると鍛冶師らしい男と初老の女が立っている。今度はいったい何に宿ってしまったのだろうかと気になった。


「しかし、お妃様は何をお考えになられているのか……こんなものを作らせるなんて」


 女はそういうとツルギが宿ったそれを手に取り、備え付けられていた鏡に映す。それを見たツルギは驚愕する。


(何なのだ、これは!)


 映し出されたのは仮面だった。喜怒哀楽のいずれも感じられぬ無表情の冷たい鉄仮面。瞬間的に嫌なものを感じる。こんなものが良いことに使われるはずがない。


「まあ、私は役目を果たすだけ……ご苦労だったわ、代金は用意してあるから好きになさい」

「はっ。次の仕事もお待ちしております」

「約束は出来ないけど、お話はしておくわ」


 鍛冶師に素っ気なく告げると女は鉄仮面を持ってその場を立ち去っていく。ツルギの方はこの先のことに不安しか感じられず途方に暮れていた。



 女とともに馬車に揺られてやってきたのは城であった。見かけは立派な城であったがツルギからすれば覇気が欠けているように見える。兵士たちの動きも緩慢で、外敵に太刀打ち出来ないだろう。領主はいったい何をやっているのか。


(いや、何もできないのかも知れない……)


 そう思う。今の自分を造らせたのも領主ではないのだから。

 女は着替えをしたあと、仮面を携えて謁見の間に向かう。待っていたのはきらびやかな衣装に身を包む一人の女性。穏やかな顔つきの中に意志の強いところも窺える


「お妃様、ただ今戻りました」

「ご苦労でしたシルヴィーヌ。それが仮面ですか。もっと近くで見せなさい」


 その言葉にシルヴィーヌは近づいて仮面を捧げる。妃はそれを手に取りしげしげと眺め回した。

 一方、視線を浴びているツルギは妙に落ち着かない気持ちになる。妃の視線には厭らしいものが一切感じられない。それどころか、長年連れ添ってきた持ち主に対しているような心地良さすら感じさせる。


「いい出来ね。あなたもそう思わない。シルヴィーヌ?」

「御言葉の通りでございます」

「なら、異存は無いわね?」

「……あるはずもございません」

「嘘が下手ね……下がって良いわ」


 寂しそうな表情をするシルヴィーヌを下がらせたあと、仮面と共に自室に戻ってきた妃は、一人きりになったあとでツルギと相対する。


「見れば見るほどに良い仮面ね」


 仮面の方は首を傾げる。これまで剣に槍にと武器にばかり宿ってきたから、仮面の出来がどうのと言われても困惑するしかない。妃は言葉を続ける。


「あなたはこれから私、レダ・ファム・ドゥーリッドの仮面として共に生きるのです。レダという私を封じ、レド・ファーマという一人の女となるために」

(なっ……!)


 驚愕するツルギをよそにレダは淡々と邪魔な髪を切り落とし、着ているものを粗末な布の服に変える。


「お別れねレダ。次に会うときは死ぬときかしら?」


 若干の未練は残しながら静かに仮面を被り、側面に着けられていた錠をかけると鍵を放り捨てて鏡の前に立つ。そこにいるのは顔を無表情な鉄の面で覆った不気味な人間。


「これで良いわ……レダは私が殺した。今の私はレド。領主とその妻を殺した罪人……さよならレダ、静かに眠りなさい」


 彼女が語り終えた直後、武装した兵士たちか部屋に入ってきて、形だけの問答の後牢獄へ連行されて食事もろくに出来ぬまま十数日を過ごす。半ば捨てられた状態になって彼女は見る影もなく衰えていったが、ツルギが感じるその目の光は前を向き続けている。


(何故だ……何故そこまで己を追い詰める?)


 ツルギには理解できない。そもそもの発端を彼は知らないが、仮に彼女の言っていることが全て事実で夫である領主を殺したのだとしても、ここまで自分を追い込む必要はどこにもない。生きる方法はいくらでもあるし、素知らぬ顔で領主の後釜に座ったり傀儡を立てることだって彼女ならできたはずである。今のままではただ死を待っているだけだ。

 歯がゆい。そう思う。仮面の持ち主となってまだ間もない彼女ではあるが、ツルギは彼女に心惹かれるものを感じている。きっと彼女は止むに止まれぬ事情があって自らを押し殺しているだけだと確信していた。


(せめて剣であれば……!)


 そんなことも思う。かつてのツルギは世界に二つと無い名剣に宿る意志であり、数多の主と共に数え切れない戦いを駆け抜けてきた。しかし、永遠に変わらぬ剣などありえない。戦いに次ぐ戦いの中で刀身は弱り、遂には折れた。だか、彼の意識まで折れたわけではない。思うのはただ一つ、自らの主の無事である。


(我に力を……我が主君を護る力を……)


 今にも崩れ落ちそうな体を支える意志の光を仮面の内側に感じつつ、ツルギは天に祈った。

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