ミミック

「あら、そうでしたか」


 泉さんの言葉を、軽い感じで里紗さんは返す。


「わたしは緋色の君主に所属する里紗です。一応、ギルドの副マスターを任されています。ロード、同業者の方々に挨拶を」


 そう言って里紗さんが自身の主の方に目を向けた。

 すると、龍堂はいつの間にか部屋の隅まで移動していた。彼はまるで気配を消すかのようにしゃがみこむと、こちらに対し背中を見せている。


「ロード! 話で気を取られている隙に、こっそり宝箱を開けようとしないでください」


 里紗さんの叱責の言葉に、龍堂の体が一瞬ビクッと動いた。


「なっ!? 里紗、言い掛かりはよしてくれ。俺が勝手に開けるとでも」


「開けますね。絶対!」


「いや、開けない」


「なら、宝箱をこちらに渡してください」


「それは……、できない」


「ほ~ら、やっぱり開ける気満々じゃないですか」


「うるさい、黙れ。このケチメガネ!」


「なっ!? 何ですって! ギルドの人間に変な呼び方をさせる自称、貴族が!」


「いいも~ん、だってここ俺が作ったギルドだし!」


 えーっと、幼稚園児の喧嘩かな……? とてもじゃないが、僕より一回り歳の離れた大人が話す会話内容とは思えなかった。


「あはは」


 そんなやり取りを見て姉さんがにこやかに笑っている。


「どう、光大。うちのマスター、面白い人でしょ?」


 そんなことを言いながら、姉さんが僕の前にやってきた。


「面白いっていうより変人でしょ、あれは」


「こらっ、紬! 俺のことはマスターじゃなくロードと呼べと言ってるだろ!」


「すみません。マイロード!」


 姉さんが深々と龍堂に頭を下げていた。


 いつまで続くんだこのノリ。もし僕がこのギルドに入ったら、三日でノイローゼになりそうだ。


「ほれ見たことか。ロードなんて呼び方、本当は誰もしたくないんですよ」


「な、何だと!?」


 里紗さんにこう言われた龍堂は、かなりうろたえた様子だった。


「ロード、マイロード……。マスターって呼ぶよりよっぽどいい響きだ。何故、流行らない!? マスターなんてのは、行きつけのコーヒー屋の店主にでも言ってればいいんだ!」


「流行るわけないでしょ。あと、宝箱開けようとしない!」


 龍堂が宝箱の蓋に手をかけている所を、里紗さんが再び注意する。


「ハア、まったく……。泉さん、失礼ですがあなたたちの中に盗賊技能持ちはいますか? この人、黙らせたいんで」


「いや、わたしたちの中にはいないな……」


 泉さんがバツの悪そうに返事を返した。


「盗賊技能持ち……?」


「ダンジョンにある宝箱や罠の解除を専門とするスキルのことだよ」


 疑問に思ってぼやいた僕に、船橋さんが小声で答えてくれた。


 へえ~、世の中にはそんなスキルがあるんだな。僕のスキル――脅威の見極めの強化版みたいなものかな?

 僕の方は罠やトラップを見抜くまでで、解錠まではできないけど……。


 ん? あれは……。

 ふと僕は、龍堂がまるで赤子のように大事そうに抱える宝箱に目を向けると、箱が赤く光り輝いていたのだ。つまり、これは……!


「里紗さん、あの宝箱罠が仕掛けられています!」


「!? それは本当ですか? 聞こえましたかロード」


「うん?」


 里紗さんが龍堂に呼びかける中、再び僕は宝箱の方に目を凝らす。

 というのも、危険を知らせる赤い光だけでなく何か文字のようなものも見えていたからだ。

 その文字は全部で四文字、カタカナで書かれているようだった。


「ミミック……?」


「ロード、今すぐ放してください! 宝箱に擬態する魔物です!」


 すると次の瞬間、宝箱が一人でに勝手に開くと中からぎょろっとした青い二つの目が見えた。

 目が見えるや否や宝箱は突然姿を変えた。これがミミックか!

 ミミックは箱の上下から生えたサメのように鋭い歯で、龍堂の右腕に思いっきり噛みついたのだ。


「ロード!」


 里紗さんの叫び声がダンジョン内にこだまする。


 何てことだ……。言葉に表すのもグロい光景だった。ミミックの歯が無数に突き刺さった腕からは、おびただしいほどの量の血が大量に流れ出ていたのだ。

 僕だけじゃない。熟練の冒険者であろう泉さんや船橋さんも目の前の状況に、ただ茫然としていた。


「毒はありそうですか?」


 しかし、どういうことだろうか。そう龍堂に問いかける里紗さんの態度は冷静そのものだったのだ。


「うん、ないんじゃね? あったら多分、今頃俺――体調崩してるし」


 それに一番わからないのは龍堂だ。痛くないのか……? あんだけ腕に刺さっていたら、普通は泣き叫んでもおかしくないのに。彼はいつもと変わらずケロっとしていたのだ。


「どうだ、ミミック。俺の腕はうまいか? ただな、俺の血は……」


 龍堂はそう囁きながら、自身に噛みつく魔物の頭を優しくなでた。


「毒みたいなもんだ」


 その時だった。鋭く伸びた大量の赤い槍がミミックの体を貫通したのだ。


「ギィ……」


 ミミックは小さなうめき声を上げながら息絶えた。力尽き――魔物の牙が龍堂の腕から抜けた瞬間、僕は気づいた。

 魔物を仕留めたその槍は龍堂の腕から伸びていたのだ。その全てはミミックによって傷つけられた場所から出ている。あれは、血……!?


「驚いた、光大? 血を凝固させ、武器にして戦う。あれがうちのマスター……あ、いやロードのスキル――ブラッドペイン。光大と同じユニークスキル持ちなのよ」

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