ロード、マイロード!

「うむ、宝箱だ……」


 その男はまるでそびえ立つ山のように凛として立っていた。

 僕が発動したユニークスキル――ホーリーノヴァの光の後を追って、二層の探索をしているときにその男はいたのだ。

 古い石造りの壁に囲われた少し大きな部屋。四方に道が広がる、その部屋の床にはとがった耳に豚のような鼻を持つ――背丈は人間の子供ほどの醜悪な顔をした死体が七つほど、乱雑に転がっていたのだ。


 その時、僕のスキル――脅威の見極めが発動し、死体の上にその魔物の名前が表示された。

 どうやら、コボルトというらしい。

 そんなコボルトの屍だらけの部屋の中央に一人立つ男。彼は赤と金色の淵で装飾された箱を手のひらの上に置いて、それをじっと眺めながらこんな独り言をぼやいていたのだった。


 誰なんだ、あの人? 部屋の前に一番乗りで辿り着いた僕だったが、彼に話しかけるのを少しためらっている。

 決して、190を優に超えるその男の大きさにびびっているわけではない。

 背丈ではなくむしろその恰好。中世を舞台にしたゲームに出てきそうな全身を覆う黒いマントに、ボサボサに伸びる金色の髪の毛。

 その風貌はまるで吸血鬼さながらだったのだ。


 人……だよな? 一応。話しかけた瞬間、血を抜かれるなんてことはないよな?

 これが僕の、部屋に入ることをためらっている理由だった。


「ん? どうしたんだい」


 そんなことを悩んでいると、僕の後ろから船橋さんがやってきった。


「部屋に誰かいるのか? !? あれは……!」


 続けて泉さんが現れると、部屋に立つ大男を見て驚いた様子だった。


「泉さん、あの人……」


「ああ、間違いない」


 部屋の前でひそひそと話す泉さんと船橋さん。

 口ぶりから察すると、二人は彼のことを知っているのか……?


「ロード、マイロード!」


 その時だった。僕らを尻目に快活な声を上げながら姉さんが突然、部屋に入っていくと中央に立つ男の方に向かっていったのだ。


「そうか。紬君は彼と知り合いだったか」


「知り合い……? 誰なんです」


 すかさず、僕は泉さんに聞き返す。


「彼の名は龍堂斗真。君の姉さんが所属するギルド――緋色の君主のギルドマスターだよ」


「あの人が!?」


 僕は再びその龍堂という男の方に目をやった。

 姉さんのいるギルドのマスターがこのダンジョンに来ていることは、さっき泉さんたちが話していたから知っていた。


 それを聞いて僕はギルドの長ってのはおじいちゃん、おばあちゃんぐらいの年齢の人がやるイメージだと勝手に思っていた。

 でも、彼は違う。見た目は三十半ばくらい。少なくとも四十は超えていない。

 そんな若いのに一ギルドをまとめる長をやってることに、僕は驚きを隠せなかったのだ。


「おぉ、紬じゃないか! どうしたんだ、その恰好は? いつにも増して、たわわに実った胸が強調されてるぞ」


「そうなんです、聞いてくださいよロード。あたしね、この近くに住んでるんですけど風呂入ってるときに家がダンジョン化に巻き込まれちゃったんです!」


「何っ!? それは本当か! あぁ、何たる悲運だ。神は何故、こんな純真無垢な娘に試練を与えるのか……」


「何です、このふざけたやり取りは?」


 姉さんたちの意味不明な会話を見た僕は、横にいる泉さんたちに尋ねた。


「あ、あぁ……。ギルド緋色の君主では長のことをマスターではなく、君主を意味するロードと呼ばせることが義務らしい。ギルドマスターは変わった人間だと聞いたことがあるが、わたしもここまでとは思わなかった……」


 どうやら泉さんも僕以上に、姉さんたちのやり取りに困惑している様子だった。


「あ、ロード。それ、宝箱じゃないですか!」


「うん? あぁ、そうなんだが……」


「開けないんですか?」


「そうしたいのは山々なんだが、里紗にきつく言われててな。罠が仕掛けられてもしれないから、簡単に開けるなと」


 ふーん。どうやら二人は、宝箱を開けるかどうか悩んでいるみたいだな。

 里紗さんっていう多分、同じギルドの人?に開けるのを拒まれているらしい。


「ええ! そんな里紗さんがぁ!? でも中身、気になるじゃないですか」


「まあな。ただ、里紗がなぁ……。あいつ、怒ると鬼みたいに怖いし……」


「気になりませんか?」


「そう言われると……、気になるなぁ……! よし、開けるか!」


「開けましょう!」


 えっ!? 開けんの!?


 恐怖より好奇心のほうが勝ったのか、龍堂という男が宝箱の蓋に手をかけた。


「ロード、開けるなって言いませんでしたっけ?」


 その時だった。左の道から一人の女性がやってくると二人の前に立つ。

 茶色いショートパンツに白いマントを羽織る、メガネをかけた二十代半ばくらいの女性だった。 


「げっ! 里紗……!」


 龍堂は怯えているのかその女の人の顔を見るや否や、地面に宝箱を落とした。

 どうやらこの人がさっき言っていた里紗という人物らしい。


「どうしたんです、ロード? まるで鬼にでも会ったような顔をしてますね」


「き、聞こえてたのか……」


 ギルドマスターの威厳というものはないのだろうか……。

 龍堂は里紗という人物の前では、すっかり縮こまっていた。


「あっ! 里紗さん、お久しぶりでーす!」


「お久しぶりです、紬さん。聞きましたよ、ご自宅がダンジョンになってしまったそうですね。同情します。……おや、そちらの方々は?」


「うん?」


 部屋の前に立つ僕らの存在に気づいたのか、彼らと視線が合う。


「彗星の鷹というギルドの者で、名前は泉と言います。あなたと同じ調査任務でこのダンジョンに入りました」


 泉さんが彼らにそう挨拶すると、船橋さんと一緒に部屋の中へと入っていった。

 僕もすかさず二人の後を追い、部屋へと向かう。

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