全力疾走

 咆哮と共に土煙が消えると、その姿が露わになった。

 ライオンの頭にヤギのような胴体、尻尾は大蛇なその体。

 僕のスキル――脅威の見極めが発動すると、魔物の上にその名称が赤い文字で表示された。


「キマイラ――」


 今まで遭遇してきた魔物の中で明らかにコイツは格が違う。

 その全身から放たれる強烈な殺気に、僕は思わず生唾を飲んだ。


「野郎……、縄張りを変えたのか!?」


 この場で狼狽えているのは僕だけじゃなかった。

 船橋さんも額に多量の汗をかいていた。


「推察は後だ! 十字路のとこまで引き返すぞ!」


 泉さんの掛け声とともに僕らは来た道を引き返しに走り出した。

 それと同時にキマイラが猛スピードで僕らのことを追いかけに向かって来る。


「チッ!」


 走る最中、泉さんが一瞬立ち止まり振り返った。

 彼女は猟銃を構えると、すかさず弾丸をキマイラに向け放つ。

 弾丸はキマイラの四足のうちの左前足に命中した。


 銃弾を受けた魔物の動きが鈍くなる。これは……!?

 キマイラの左足が凍っていたのだ。

 氷で滑るからだろうか、走り方がかなりぎこちない。


「すごい、止まった!」


 走りながら振り返った姉さんがその様子を見て、感嘆の声を上げる。


「いや、ただの気休めだ。すぐに向かってくるぞ!」


 泉さんがそう言ったのも束の間、魔物の足を覆ってた氷が割れると再び僕ら目掛けて走って来る。


「まずい……!」


 視界の先に、先ほど分かれ道をどう進むか悩んだ十字路が見えた時だった。

 泉さんが、キマイラの方を見ながら小さくぼやくように言った。

 その声につられて僕も思わず振り返る。


 それはキマイラの頭である獅子の口元から、今にもあふれでてきそうな大量の炎が見え隠れしていたのだった。


「クソッ、これでも喰らえ!」


 すると船橋さんが両手を上下に球体を囲うようなポーズを取ると、その手の内側でみるみるそれは形作られた。

 

 ――火球だ。船橋さんは出来上がった火球をすぐキマイラ目掛けて飛ばすと、球は魔物の顔面へと直撃した。


「やったか……?」


「いや、ダメだ! ブレスが来るぞ!!」


 船橋さんの攻撃はちっとも効いていなかった。

 泉さんが忠告した次の瞬間、キマイラの口から大量の炎が放たれた。

 それはまるで炎の波。凄まじいほどの熱気が、走る僕の背中に伝わる。


 あんなのに触れたら一溜まりもない!


「十字路まで走れ! 右に曲がるんだ!」


 泉さんが後ろから僕らに向かって発破をかけるように叫ぶ。

 何も考えず、無我夢中で走っているとようやく十字路までやってきた。

 一着は僕だった。泉さんに言われた通り、分かれ道を右に曲がる。


 ブレスは急に向きを変えることはない。曲がってしまえば一先ずは安全だ。

 次にやってきたのは姉さん。あとは泉さんと船橋さんだけだが……。


「船橋……!」


 泉さんの必死な叫び声に、思わず僕らは曲がり角から顔をのぞかせた。


 まずい、なんてことだ! 泉さんは炎が到達するまえにギリギリこちらまでやってこれそうだが、問題は船橋さんだ。


「ハアハア……!」


 息を切らしながら後ろをチラチラと振り返りながら懸命に走る船橋さん。

 しかし彼の走るスピードよりも、キマイラのブレスのほうがはるかに速かった。

 このままじゃ十字路までたどり着くよりも先に、船橋さんが炎に呑まれてしまう!


「泉さん、俺……」


 な、何やってんだ!? 炎がもうすぐ迫るというのに突然、船橋さんは足を止めたのだ。


「楽しかったっすよ、泉さんと冒険者やるの。でも、ここまでのようです」


 船橋さんが小さな笑みを浮かべながら言った。


「よせ……! 船橋ーーーー!!」


 泉さんが十字路を曲がった直後、船橋さんの通路が一面炎で燃えあがってしまった。


「な、何で……」


 その光景を見て狼狽えるように、膝から崩れ落ちる泉さん。


「クソォッ!!!」


 彼女は拳を勢いよく地面に叩きつけた。


 かける言葉が見当たらない。人は理不尽な脅威にここまで無力なのか……?

 あまりに悔しいし、悲しい。僕に力があれば、こんなことも……!


「大丈夫、船橋さん……?」


 その時、僕の背後で聞きなれた声が響き渡る。

 振り返ると、そこにいたのは姉さんと――もう一人。


「船橋、お前!?」


 船橋さんだ! 彼は姉さんに肩を抱えられている形で、僕らの前に立っていたのだ。


「クイックステップ――。あたしが持ってる短剣のスキルです。これを使えば一瞬ですが、素早く移動することができるんです」


 泉さんにそう説明する姉さんの右手には短剣が握られていた。


「ただ、アクティブスキルなんでずっと使い続けることはできないですけど……」


 なるほど。姉さんはこのスキルを使って船橋さんが炎に呑まれる寸前に救い出して、ここまで運んで来たということか。


「すまない。紬ちゃん……」


「全然! 冒険者同士、助け合うのは当たり前じゃないですか」


 申し訳がなさそうに謝る船橋さんに、姉さんはニコッと笑顔を見せている。


「フッ、まったく……。わたしが早とちりだっただけか……」


 そう言うと泉さんが立ちあがった。その顔にはいつもの凛々しさが戻っていた。


「まだ、キマイラの脅威は終わっていない。二層へと一気に進むぞ!」


 十字路に戻り、もう一つの二層へと続く階段目掛けて走り出した僕たちを、執拗にキマイラは追いかけてくる。

 そんな魔物を食い止めようと、姉さんたちが武器を取り応戦する。

 先ほど船橋さんがやられかけた反省を生かしたのか、その手際はとてもよくなっていた。


 泉さんと船橋さんが走りながら交代交代で、銃や火球の遠距離攻撃でキマイラを怯ませる。

 途中、二人のどちらかが追い付かれそうになれば、姉さんのクイックステップでその人を救出し攻撃を回避。

 三人の連携は見事なものだった。


 …………。僕だけが、何もできていない。

 姉さんたちが命を削り、必死こいて自分たちよりはるか格上の魔物と戦っているのに、僕はただひたすらに走って逃げるだけ。

 クソッ! 考えたところで何かができるというわけではない。

 一番前を走り、三人の手を煩わせないようにするのが今の僕に最大限できること――。

 頭ではわかっているのに……! すごくもどかしい気分だ。


「あれは!」


 グチャグチャな気持ちを抱えながら、懸命に走っていると僕の目の前にあるものが見えてくる。


「みなさん、階段が見えてきました!」


 それは二本の松明に照らされた下へと続く階段だった。


「全員、踏ん張れ! あと、少しだ」


 泉さんの勇ましい激励の声がダンジョン内に轟く。僕は三人が階段前の広場までやってきたのを見届けると、二層へと下っていった。



**********



 階段を下りた先は二つの分かれ道がある、ちょっとした大広間になっていた。

 ただ、岩の壁や松明の明かりしかない薄暗いその風景は一層とはあまり変わりはない。


 僕以外の三人は広間に着くや否や膝に手を当てたり地面に尻を落としたり、かなり疲れ果ててる様子だった。


「すみません……。みなさん頑張ってるのに、僕だけが何もしてない……」


「ハハ! 光大君が謝ることはないよ。俺は君に命を救われたからね」


「そうよ、光大! あんたにはあんたのいいところがあるんだから、だからそう暗い顔しないで……ね?」


 二人の優しさはまるで光のように眩しかった。

 ナーバスになり落ち込む僕を温かく懸命に励ましてくれる。


「そうだぞ、光大君。それに君は一つ誤解している。おそらく先のキマイラ戦で一番役に立ったのは間違いなく君だ」


「えっ……?」


 泉さんの言葉に思わず、僕は驚いた。


「君のユニークスキルだ。少し、能力がわかってきたかもしれない」

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