光に導かれて

 球体の大きさは、直径十センチほど。白く点滅するその光は、まるで海の中を泳ぐクラゲのようにプカプカと宙に浮いていた。


 僕は動きをコントロールしようと試みてるのだが、ダメだ。ちっとも言うことを聞かない。球体はまるで落ち着きのない子供のようにゆっくりと、僕の周りをただひたすらにグルグルと回っているのだった。


「あれ、光大。ひょっとして制御できない?」


 姉さんの問いに、僕はコクリと頷く。その時だった。球体が突然姉さんの方に向かって飛んでいったのだ。


「うわぁ!」


 いきなりの出来事に姉さんも思わず戸惑いを隠せないようだった。光は姉さんの腰近くで、鳥のするホバーリングのように空中でビタッと制止する。


「もしかすると、自動制御オートコントロールの可能性があるな」


 泉さんがそう言うと光は今度、彼女の方へと向かっていく。球体は泉さんの胸付近を、いや付近どころか触れると言っていいぐらいの至近距離まで一気に近づいていったのだった。


「ム……。意外と熱量があるな……」


「ハハ! 光大君のユニークスキルは女好きなのかもしれないな」


 ヒーリングですっかり元気になったのか、船橋さんがスマホを片手にいじりながら、困惑する泉さんを豪快に笑い飛ばした。


「ちょっと、光大! あたしならともかく、泉さんにまでセクハラするのはどうかと思うわ」


「違う! これは勝手に動いてるだけで……」


「あたしならともかく……? 光大君、いくら仲睦まじいといえど血の通った姉弟に手を出すのは、さすがに注意せざるを得ないが……」


「だから、違うんです! 姉さん。さっきの話なら、あれはスライムの仕業だ。僕が触れたわけじゃあない!」


 完全に誤解されてしまった……。クソッ! 僕の評判をただ下げるだけじゃないか。

 もし僕に――ホーリーノヴァの効果を図鑑に執筆できる権限があるとしたら、迷わずこう書くだろう。


 ――使用者の人望がなくなる、クソスキル――とね!


「おや?」


 そんなことを考えている最中だった。光は泉さんの元を離れると薄暗い一本道の先へと勝手に進んでいったのだ。


「まるで、わたしたちにさっさと行けと言わんばかりだな」


 泉さんが僕のユニークスキルを見ながら、ぼやくように言った。


「どうだ、船橋。マッピングは終えたか?」


「ええ、ばっちりっすよ。ここからだと近くに二か所、二層に続く階段がありますね。ちょうど光大君の光の先です」



**********



 スキル――マッピング。船橋さんが持っているこのスキルなんだが、とにかく便利な代物なのだ。なんでも半径5キロ圏内までの道のりがわかるらしい。


 船橋さんがあらかじめスマートフォンにダウンロードしていた冒険者専用の地図アプリ。冒険者が歩くと同時に自動で地図を作成してくれる優れもののアプリなんだが、自身がまだ踏破していない場所は地図に表示されない。


 ところがこのマッピングを発動させると、その空白だった場所が埋められていくのだ。

 僕もそれを見せてもらった。白い二本の線は壁を現しているのだろう。線は真っ直ぐ伸びていくと横に曲がったり、はたまた壁を作ったり階段のマークも見える。

 これが恐らく二層へと続く階段を示しているのだろう。


 しかし、あれだな……。姉さんの刀だったり、泉さんの弾丸しかり、冒険者のスキルというのは多種多様で奥が深いな。


「船橋さんのそのスキルってすごい便利ですね。僕のユニークスキルとは大違いだ」


 僕は歩きながら、愚痴るように隣の船橋さんに言った。世辞抜きで、僕の先を呑気に飛ぶホーリーノヴァと交換したいぐらいだ。


「ハハ! そう卑下することはないよ。まだ効果がわからないだけで、とんでもない力を持ってるかもしれないだろ?」


「だと、いいんですけどね……」


 ちょうど十字路に差し掛かろうとした時だった。僕らの少し前を歩いていた泉さんと姉さんが不意に足を止める。


「ここか? さっき話していた十字路は」


「はい。このまま直進して進むのが最短のルートですが、左に曲がっても二層へ続く階段には辿り着きます。魔物や罠の有無でどっちの方が安全かはわからないですけど、どっちに進みます?」


 泉さんの問いを返すように、船橋さんが言った。


「ふむ……。ならここは四人の中で、一番考え方が凝り固まってない純粋な者に決めてもらおう。紬君、君に頼めるか?」


「えっ!? あたし? じゃあ……」


 すると姉さんは、真っ直ぐ正面を指さした。


「直進で!」


「なるほど、どうして正面を選んだんだ?」


 泉さんが姉さんに質問を投げかける。


「だって、一番近いから」


 姉さんはあっけらかんと答えた。これは純粋というより単純だな。

 道順を決めると、僕らは再び歩き出した。


「ん……?」


 十字路を通りすぎた時、ふと僕は後ろを振り返った。

 それはホーリーノヴァの光球が十字路を離れずにずっとその場を、まるで蠅のように落ち着きのなくブンブンと飛び回っていたのだ。


「何だ、置いていくぞ……。あぁ!」


 意味が通じたのかはわからないが僕が言葉を発した直後、猛スピードで姉さんや泉さんの前を通り過ぎていくと、あっという間に見えなくなっていった。


「ったく、止まったり進んだり訳が分かんねえ……。本当にとんでもない力を持ってんのかね」



*********



「フフ……、相変わらず戯れ好きな光だな」


 十字路を超えてしばらく道を歩いていた時だった。先頭を歩く泉さんを、あるものが拒むように立ちはだかったのだ。

 僕のユニークスキル――ホーリーノヴァだ。その光球は泉さんが避けて進もうとしてもすぐに彼女の胸の前に飛んでいき、一歩も進ませまいとする勢いで僕たちの進路を妨害していた。


「光大! 姉さん、そろそろ怒るわよ。いくら14歳だからって、許されることと許されないことがあるわ。最近少年法が引き下げられたって聞くし、姉さん――光大が刑務所に入る姿見たくない!」


「だからコイツ、勝手に動くんだって! あと、引き下がったのは18までだから今の僕には関係ないよ。というか、悪いことするつもりなんてまったくないし!」


 ハア……、一体僕は何を言っているんだろうか。このままだと僕の評判が、エロ厨二ボウズになるのも時間の問題だ。


 ――消すか。僕のユニークスキルを。しかし、どうやって解除するんだろうか。頭の中で念じてみても消える気配がない。直接触れなければいけないのだろうか。


「あ!」


 まるでその気配を察したと言わんばかりに光は急に泉さんから離れ、僕たちの進む先へと飛んでいった。

 相変わらず、おちょくりやがって……! こうなったら意地でも消してやる! 僕が走って追いかけようとした――次の瞬間。


 突如、光の浮く傍の壁がすさまじい轟音と共に砕け散ったのだ。あまりの衝撃に地震でも起きたのかと思ったぐらいに地面が一瞬揺れ動く。


 魔物だ――。それも、かなり大きいぞ。壁を破ったことにより舞い上がった土埃で姿はよく見えないが……。

 

「何でこんなところに……」


「最悪だ……!」


 すると、その魔物のシルエット状の姿を見ただけなのに、泉さんと船橋さんの顔が酷く青ざめていったのだ。


「光大君、紬君逃げるぞ!」


「えっ!? どうして?」


「どうもこうもない。あいつはE.D.Mだ!」


 直後、大地を揺るがすような大きな遠吠えがダンジョン内にこだました。

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