E.D.M

「なあ、光大君――。君は将来、冒険者になってみる気はないか?」


「え?」


 ヒーリングを発動してる最中、船橋さんが不意にこう尋ねてきた。


「あはは。いきなりこんなこと言いだしても驚かせるだけか、すまない。ただ、君は素晴らしい才能を持っているからね。癒し手はギルドにたくさんいるには超したことがない、冒険者の中で最も需要のある職業だ。選り好みができるとまでは言わないでも、どこのギルドに入れないってことはまずないだろう」


「正直、悩んでるんです」


 先ほどの姉さんと同じような質問を投げかけてくる船橋さん。そんな彼に向かって、僕は複雑に思う心境を打ち明けた。


「すごくやりがいのあって人々にも求められる、とても重要な仕事であることはわかるんです。出身や生い立ちに左右されず、自分の身一つでいくらでも成り上がれるこの職業に惹かれないと言えば嘘になります。ただ、リスクが……」


「ん、リスク……? 別に冒険者になるのに元手がかかるわけでも……」


 僕は船橋さんの傷の箇所をじっと見つめた。


「あ……」


 そんな折、バツの悪そうな顔を浮かべる船橋さん。どうやら僕の言いたいことは伝わったようだ。


「ハハ……、確かに命あっての冒険者だからね。こんな醜態を見せては、説得力にかけるな……」


「まったくだ。男が男を口説く話なんて、どこにも需要がないぞ船橋」


 その時だった。僕らが話しているもとに現れたのは泉さんと姉さんだった。


「光大君、紬君も交えてこれからダンジョンを脱出するための計画を話したい。隣、いいかな?」


「あ、はい。大丈夫です」


 僕が返事をすると、二人はおもむろに腰を落とし地面に座り込んだ。


「まず、今わたしたちのいる階層なんだが、ここは一層だ」


「本当だぁ! 光大の言った通り」


 泉さんが話を始めたのも束の間、姉さんが彼女の言葉に反応する。


「光大君の……?」


「はい。泉さんたちと会う少し前にあたしたち、自分たちが今どこにいるのか話し合ったんです。その時――光大が、出現する魔物が強くないから浅い階層だろうって」


「そいつは驚いた……。思考回路が冒険者さながらだ。なる気がないのが、つくづく惜しいな」


 船橋さんが悔しそうにそう言った。


「光大君がどういう進路を取るかは置いといて、今はダンジョン脱出が先決だ。紬君の言う通り、階層が浅いおかげで出てくる魔物も大した強さは持たない。わたしと紬君、そして傷を癒した船橋を合わせれば、我々がこの階層の魔物に遅れをとることはまずないだろう」


「よかったぁ……! 光大、ダンジョンを出れるのは時間の問題よ。まあ、あたしはもうちょっといたかったけど……」


「う、うん……」


 僕は姉さんに向かって小さく返事をした。返事が小さかったのは、何も姉さんがこの期に及んでダンジョンに残りたいと言ったからではない。

 気になるのは姉さんではなく、泉さん。何でだろうな? 僕は彼女の言葉にどこか引っかかりを覚えるのだ。無論、彼女が嘘をついてると言う訳ではないんだろうけど……。


 僕はそんな違和感を覚えながら、船橋さんの怪我の治療を続ける。

 怪我……? そうだ! 船橋さんにこれだけの重傷を負わしたのは一体誰なんだ。先ほどのヴァンパイアバットとの戦いぶりを見る限り、泉さんたちが簡単にやられるとは思えない。


「船橋さんにこれだけの傷を負わしたのは誰なんです?」


 すかさず、僕は泉さんと船橋さんたちに問いかける。すると、二人はまるで虚を突かれたと言わんばかりに目を見開かせた。


「やっぱり、考え方にセンスがある……!」


「なるほどな。船橋がやっきになって口説こうとするのもわからなくない。ちょうど今、その話をしようと思っていたんだ。そうだ、光大君。君が推察する通り、この階層には一つだけ我々の脅威となりゆる存在がある。E.D.Mだ」


 E.D.M……? 聞きなれない単語が紬さんの口から出た。


「えっ、E.D.Mですか……?」


 その言葉にいち早く反応した者がいた。姉さんだ。

 姉さんはいつもの天真爛漫な様子と違って、顔がとても強張っていた。姉さんをここまで警戒させるってのは、それだけの存在なのか――E.D.Mは。


「そうか、紬君は冒険者だから知っているんだね」


「E.D.M、何ですそれは?」


Extreme極めて――Danger危険な――Monster魔物。三つの頭文字を合わせて、こう呼ぶその魔物は、文字通り極めて危険な存在だ。一つのダンジョンに一匹いるかどうかの少ない個体ではあるものの、その強さはダンジョンボス以上で遭遇すればパーティーが壊滅するほどの脅威だ」


「それじゃあ、船橋さんの怪我は……!?」


「ああ、E.D.Mにやられたものだ」


「そんな……」


 僕が驚くの束の間、泉さんは話を続けた。


「E.D.Mに遭遇したことによって、調査隊にやってきたほとんどのギルドのパーティーが半壊、全滅してしまった」


「えっ、それじゃあマスターは……」


 そう言って、姉さんは悲しそうな顔を浮かべる。


「心配するな。<緋色の君主>はわたしたちがE.D.Mに遭遇する前に、二層に進んだと聞いている。E.D.Mは階層を変えることはないから、彼らが脅威にさらされる心配はないだろう」


「ホ……、よかったぁ」


 姉さんがホッと胸をなでおろしていた。


 しかし、あれだ……。そんな恐ろしいものが存在しているなんて、ダンジョンという世界は奥が深いな。


「入口まで行くときに、遭遇しないことを祈るしかないですね」


 僕はぼやくように言った。


「その事なんだが……」


 そんな僕の言葉に泉さんは、きまりが悪そうな顔を浮かべる。


「残念なことにこのダンジョンのE.D.Mは、入口に戻るために通らなければならない大広間を縄張りに活動しているんだ」


「え、それじゃあ……?」


「ああ、入口まで戻ることはできない」


 そんな、何てことだ……! となると――


「僕らは一生、ダンジョン内にいることになるんですか?」


「いや、そうではない。戻ることはできないと言ったが、逆に進むことは可能だ。光大君、紬君。わたしたちは二層に進み、このダンジョンのボスを倒そうと思っている。君たちも付いてきてくれるか?」


 すると、泉さんは突然僕らに対し、驚きの提案を持ちかけてきたのだった。

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