レベルを上げよう

「本当か!?」


 僕ら二人の言葉に、泉さんは驚いたように目を丸くした。


「はい」


 そう言って僕は、自分のステータスが記された携帯画面を彼女に見せる。


「なるほど、確かに存在するな……」


「ええ。あるにはあるんですけど……」


 だが僕は、言葉に詰まりそうになりながら話を続ける。


「それに準ずるパッシブやアクティブスキルはまだないんです……。今の僕が習得しているスキルは回復系とはまったく関係のないもので、お役に立てるとはとても……」


「それならば、問題ない」


 するとバツの悪そうにしている僕に対して、泉さんは強く言い切った。


「今の君のレベルはとても低い――。ああ、誤解しないでくれ。悪く言っているつもりじゃないんだ。レベルが低いと言うことは、つまり裏を返せば伸びしろも大きいってことを言いたいんだ。レベルが上がる速度も、ある程度育ちきった私たちと比べて大分早いだろう」


「泉さん、もしや……!?」


 彼女の言葉に何かを察したのか、船橋さんが口を開いた。


「光大君、君が回復魔法を習得するまでレベル上げを行いたい。ちょうどさっき、いい感じの魔物の群れを見つけたんだ」


「俺は反対ですよ!」


 泉さんが提案したのも束の間、強い口調で船橋さんが遮る。


「今、この場にいるのは民間人二人と情けない話ですが重傷者である俺と合わせて、戦う術を持たない者が三人も。俺のことはほっといてくれても、二人をかばいながら魔物と戦うのはあなたの負担があまりにも大きすぎる」


「それはごもっともだ、船橋。確かにお前の言う通りこの二人が普通・・の民間人であれば、いくらわたしと言えどリスクはあるだろう。しかしだ、それはあくまで彼らが普通だったらの場合の話」


「? どういうことです?」


 あまり話にピンときていないのか、船橋さんは困惑した表情を浮かべる。


「やれやれ、船橋。いくら重篤だからと言って人の話にはちゃんと耳を傾けなければならないよ。この紬という少女は先ほど、道行く魔物は自分が全て倒したと言っていたではないか。光大君、この死にかけの――耳に念仏ができた男に、紬君のステータスを見せてやってくれ」


「えっ? あ、はい」


 泉さんに言われた僕はステータス画面を姉さんのものに切り替えると、それを船橋さんに見せた。


「レベルが30!? まだ、若いのに俺とおんなじぐらいじゃないか……!」


「ほう……? そいつは驚いたな。まさか、Cランク程の実力があるとは思わなかったぞ」


「えへへ」


 二人の言葉に気をよくしたのか、姉さんが嬉しそうに笑った。


「しかし、あれだな……。それだけの力があるのに、民間で生きていくのはもったいないな。どうだい、紬君。君でよければ、わたしのギルド<彗星の鷹>に入るのはどうだろうか? 一応ギルドのランクはBと、君よりも少し上の階級だから役不足になることはないだろうが……」


「ごめんなさい。あたし、もうすでに他のギルドに就職が決まってるんです……」


 勧誘する泉さんに対し、姉さんは申し訳がなさそうに謝る。


「いや、すまない。突然言い出したのはわたしのほうだ。君が頭を下げる必要はない」


「まあ確かにこれだけの有望株なら、すでに他のギルドにツバつけられてもおかしくはないっすね。なかなかにアンテナが強いギルドだ。どこのギルドなんです?」


「<緋色の君主>です」


 船橋さんの質問に姉さんが端と答えた。


「緋色の君主――。わたしたちより上のAランクギルドか。だったら、横取りは難しそうだな。うん? そういえば船橋、緋色の君主って確か……」


「えぇ、そのギルドも今回の調査作戦に参加してますね。何でもギルドマスター自らも参戦したもんだから、集合場所がざわついていたのを覚えていますよ。ダンジョンに入ってすぐ俺たちと別行動を取ったんで、今どこにいるのかはわからないですけど……」


「えっ!? 本当ですか! うわぁ、マスター来てるんだぁ。会えるといいな……」


 姉さんは船橋さんの言葉に喜びの表情を浮かべている。が……


「姉さん」


 僕は姉さんに言った。


「惚けるのは後だよ。まずは船橋さんの怪我を治すことが先だ」


「あ、そうだった!」


 姉さんはふと我に返ったかのように答えた。


「ハハ、光大君。この場で一番冷静なのは、もしかすると君なのかもしれないな」


 泉さんはそう言うと、傷口が広がらないように気を使いながら船橋さんの体を起こした。


「ついてきてくれ。魔物の群れの場所に案内したい」


 肩を貸しながら歩く二人の後を僕らは追う。



**********



「こいつらは……!」


 泉さんに案内され二十分も経っていないころ、僕らは洞窟内の開けた場所に立っていた。

 十階建てのビルに勝るとも劣らない高さの天井。そう、それを見上げている時だった。


「ヴァンパイアバットの群れだ」


 泉さんの言葉が言うように天井を埋め尽くさんとする大量の蝙蝠がいたのだ。その数は五十はいるだろうか?

 蝙蝠の魔物は羽を畳み、頭を下に足を頂上の岩に着け、宙ぶらりんになって鎮座していた。

 どうやら、僕らの存在には気づいていないみたいだ。


「彼らは目がまったく見えない。故に大きな音を立てなければ、わたしたちに気づくことはなく大した脅威にはならないだろう」


 泉さんがゆっくりと船橋さんの体を肩から降ろすと、彼を洞窟の壁に座らせた。


「しかし一度音を立てると、彼らは連鎖するように次々と眠りから覚め、獲物が死ぬまで攻撃することをやめない」


「姉さん、あの高さ届く……?」


 泉さんが話す際中、僕は小声で姉さんに問いかけた。


「う~ん、一応スキル使えば届かないことはないと思うけど……。あの数だと、わたしのMPが先に切れちゃうな……」


 僕の心配だった予感は的中だった。姉さんは使ってる武器からして、どう見ても接近タイプだ。

 近距離戦なら今のとこ負けなしだが、今回は相手が悪い。何せ空を飛ぶからな。攻撃が思うように届かず物量戦を仕掛けられたら、いくら姉さんでも苦戦を強いられるのは間違いないだろう。


「ハハ、心配するな二人とも」


 そんな僕らをよそに泉さんは小さく笑った。そしてすぐ彼女は、背負っている武器を降ろし手に取った。

 狩猟銃だ。銃……、もしや!


「遠くの敵を倒すのは、わたしのおはこだ。紬君、君にはわたしが打ち漏らした――近づいてくる魔物の掃討を任せたい」


「了解です」


 泉さんに向かって姉さんが敬礼をすると、彼女の左手にはいつの間にか一発の弾丸が握られていた。


「わたしのスキルは弾丸生成。自身のマナを媒介に、魔物に効く様々な種類の弾丸を作ることが可能だ」


 そう言いながら、泉さんは手にした弾丸を狩猟銃に装填する。


「準備はいいか?」


「いつでもオッケーです!」


「よし」


 姉さんが快活に返事をすると、泉さんは天井目掛け銃を放った。

 乾いた音が洞窟内に響く。それは冒険者と魔物の戦いが始まる、開戦の合図のように僕の耳には聞こえた。

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