ここはどこ……?
「もう! 歩いても歩いても、行き止まりばっかり!」
魔物の肉をたらふく食べた後、僕らは脱出に向けてダンジョン攻略を再開した。
薄暗く石壁に囲まれた道をひたすらに歩いていく。
しかし、先に進んでみれば行き止まりに突き当たり、また来た道を戻っては今度は違う方向の分かれ道へと進むの繰り返し。
ぶつかった回数はいよいよ二桁台に突入した。姉さんが愚痴りたくなるのも無理はないだろう。
怒りのあまり、姉さんは行き止まりの壁を足でガンガン蹴っ飛ばしていた。
「姉さん、まずは落ち着いて! 無駄に暴れても体力を消耗するだけだよ」
僕はなだめるように姉さんに言った。
頭に血が上った状態では物事は何もうまくいかない。ダンジョンという極限的な場所ではなおのこと、気持ちの不安定さは命取りになりかれない。
冷静さを取り戻してもらわないと。僕らの中で姉さんだけが魔物と戦える力を持っているからな……。無事にダンジョンを脱出できるかどうかは、姉さんの手腕にかかっていると言っても過言ではない。
何か違う話題でも見つけて、姉さんの気を紛らわすとしよう。
「そう言えば、ここってどこなんだろうな?」
「ここ? わからないから、何回も何回もぶつかってんでしょ!?」
「違くて、階層の話」
ダンジョンにはそれぞれ階層というものがある。数え方はデパ地下と同じで、下に行くほど数字が増えていく。
どれくらいの層になっているかはダンジョンによって様々なのだが、共通して言えることは階層の数が上がれば上がれほど、それに応じて出現する魔物も強くなっていく。
「さっきゴブリンと猪の魔物を倒したけど、姉さんから見てこの二種類の魔物はどれくらい強い?」
つまり、出てきた魔物の強さを測ることで自分たちがどの階層にいるのか、ある程度把握することができるのだ。
「う~ん……。二匹とも大したことなかったし、Eランクってところなんじゃないかな?」
Eは一番下の最低ランクだ。となると……、
「姉さん、もしかしたら僕らのいる階層はそんな深くないかもしれないよ」
「何でそんなことがわかるの?」
「魔物の強さだよ。弱い魔物が出現する。それってつまりここが浅い階層を意味していることに違わない?」
「光大、あんた……!」
「うおっ!?」
姉さんは急に真剣な表情になると、まじまじと僕のことを見つめてきたのだ。
そのあまりの迫力に、思わず僕はびっくりした。
「天才ね!」
…………。ん?
「地図もないのにダンジョンの階層がわかるなんて光大、あんたの頭はアインシュタイン並よ!」
なわけあるかぁ! ちょっと勘がいい奴ならわかりそうなことを、姉さんは持ち上げすぎだ。
「場所がわかったとなれば、こんなとこで立ち往生してはいれられないわ。さあ、行きましょう光大!」
そう言って姉さんは行き止まりに背を向けると、来た道を戻りにズカズカと歩き出した。
やれやれ……、単純というのか元気がいいというのか……。まあでも、姉さんの気が晴れたならそれでいい。僕もすぐに姉さんの後を追った。
**********
「ねえ光大、何か聞こえない?」
姉さんを励ましてからしばらく道を歩いてる時だった。かすかだが、僕の耳に何か小さな音が聞こえてきた。
一体何の音だろうか……? 僕は集中し耳を澄ませてみる。
――ポチャン……ポチャン――。この音はもしかして……!?
「あ、これぇ!」
普段察しの悪い姉さんでも、今回ばかりはわかるのだろう。音の正体を知った姉さんが、猛スピードで前に向かって走り出した。
「姉さん、待って……!」
相変わらず獣みたいなスピードだ。まったく、追いかけるほうの身にもなってほしい。
ハア……ハア……、疲れた……。姉さんを視界から外さないよう全力で走ったため、心臓の鼓動は爆上げになる。
膝に手を着いた状態から僕は顔を上げた。
「水だぁ~!」
目の前に広がる光景に、思わず僕は目を奪われた。
一面に広がる美しいコバルトブルー。地底湖だ。市民プールほどの深さの、塵一つ浮かないその澄んだ水はこの世とは思えぬほど青く、まるで宝石のように光り輝いているように見えた。
「ひゃっほおー!」
すると姉さんは興奮したのか、服を脱ぎ捨て湖に向かって思いっきりダイブした。
「うわっ!」
勢いよく飛び込んだせいで、僕のほうにまで水しぶきがかかってきた。
「ヒンヤリして超気持ちいい~。あ、上手っ! この水ちょうおいしいんだけどー!」
姉さんは子供のようにバチャバチャと跳ね飛ばして遊んでいると、手でお椀を作り水を口につけた。
「光大も入んなよー」
水の中から手招きで僕のことを呼んでいるが……。
僕がそんなガキみたいなことするわけないだろ。水遊びなんて普通は小学生で卒業するもの……。
バシャッ――。突然、僕の方に大量の水が飛んできた。一瞬で髪や顔がずぶ濡れになる。こんなことしでかすのは……!
「姉さん、やったな!?」
「アハハ!」
報復だ――! 僕は湖に飛び込むと、姉さんに向かって大量の水をかけ飛ばした。
**********
「ねえ、光大」
「うん、何?」
「あんた、将来何になりたいの?」
うおっ! いつも天真爛漫な姉さんが突然、神妙なトーンで聞いてくるもんだから、ビックリして危うく溺れかけた。天井からつらら上に伸びる白い石灰岩のような岩を掴んで、なんとか僕は態勢を整える。
「ごめん、ごめん。そんな驚かせるつもりじゃないの。たださ、その……光大ってさ。冒険者になるのって興味ない?」
「う~ん」
僕は言葉に詰まった。将来、冒険者になりたいかどうか。結論から言うと悩んでいるってのが正直な感想だ。
やりがいもあって楽しい職業であるのは間違いない。人々には冒険者のことを、ダンジョンの中で遊び惚けてるろくでなしと罵るものも少なくないが、僕は彼らと違って冒険者のことは心の底から尊敬してる。
だって、そうだろ? ダンジョンにしか存在しない貴重なインフラ資源を誰が確保する? そしてそこから時より飛び出し、現代社会をおびやかさんとする魔物の脅威に立ち向かうのは? それらを一手に、己の身一つで請け負うような人たちに侮蔑どころか、僕は畏怖の念を抱かずにはいられなかった。
ただ、身一つで請け負うと言うのは――それはつまり、自分の命を懸けること。
僕は体がガタガタになるまで長生きしたいわけでもないが、早死にもしたくない。
冒険者という職業が抱える決して小さくはないリスク。それと照らし合わせて、冒険者を目指すか否かの指針を大きくブレさせているのが今の僕の現状だった。
「まあ、すぐに結論は出さなくていいわ。光大、まだ14なんだしゆっくり考えていけばいいわ」
「うん」
僕は小さくうなずいた。
「ただ、もしなりたいと思ったけど不安がある。そういう時は、いつでも姉さんが相談に乗ってあげるからね。姉さんこう見えても、一応あんたより四年長く生きてんだからさ。弟は弟らしく、先輩冒険者である姉の胸をドーンと借りる気持ちでいていいんだから」
「先輩冒険者って、今月ギルドに入るのが決まったばかりだろ……」
野暮なツッコミはさておいて、姉さんはきっと僕が悩んだとき、自分のことを頼ってくれと言いたいのだろう。
普段はおちゃらけていて人の気などお構いなしな行動をとる姉さんだが、その根っこは家族思いの優しい人なのは間違いない。
本当に姉さんがこのダンジョンにいてくれてよかった。魔物を屠る実力だけじゃなく、人間的な魅力と合わせても。
「キャッ! ちょっと、光大……!」
その時だった。姉さんが小さな甲高い悲鳴をあげたのだ。
「胸を借りていいって言ったけど、触っていいって言った意味じゃないんだからね!」
胸を押さえ、少し顔を赤らめて僕のことをにらみつけてくる姉さん。
「は? いきなり何、言いだすんだ……」
もちろん僕は一切、何もしていない。姉さんとは三メートルぐらいの物理的な距離が離れてるからしようにも何もできない。
冤罪をかけられた僕は姉さんの方を凝視してみる。ん? 何か姉さんの周りの水おかしくないか? この場所は風など吹いておらず、当然波など立たないはず。なのに、至る所で水がボコボコと膨れ上がっているのだ。
すると、膨れ上がるその奇妙な水が次々と水面の上に浮かぶと、丸い球状のような形へと変わっていった。
これは……! ただの水じゃない。生物だ。特定の形を持たない、全身が水分で出来るその魔物。
「姉さん、スライムだ!」
スライムは姉さんに向かって一斉に飛びかかった。
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