解体の心得

 目の前に転がるのは、巨大な猪のような魔物の死体。飢えた姉さんによって一撃で仕留められたこいつが、僕たちの今日のディナーになるのであろうが……。


「どうやって食えばいいんだ?」


 料理の腕前なんて一般家庭で家族に向けて振る舞う程度。かろうじて魚が捌けるくらいの僕は、この獣をどう調理すればいいのかほとほと困り果てていた。


「焼けばいいんじゃない?」


 姉さんは何でもいいからすぐに食べたいのであろう。あっけらかんにそう言うが……。


「そうは言っても、こういうのは色々手順があるもんでしょ? 毛を剥いだり、臓物を取ったりしないと……」


 クソッ……! もしここがダンジョンの外であるならば、文明の利器であるスマートフォンを使ってすぐにでも解体の手順を調べあげることができるというのに。ダンジョン内は当然、圏外だ。


 僕は恨みを募らせながら、魔物の死体をじっと眺める。まるで使い古された箒のようにゴワゴワっとした体毛だ。紫がかった毛の一本が一本がなんだか赤く光っているように見えてきて……。


 いや、待てよ?


「姉さんこいつの毛、何色に見える?」


「え、色? う~ん、紫じゃない。大阪のおばちゃんの髪の毛みたいな」


 違う、やっぱりそうだ。死体から放たれる赤い光は、僕だけにしか見えていなかった。


 となると、この光の正体はなんだ? ダンジョン特有の現象かそれとも個々の魔物が持っている、例えば死んだ後に発動するトラップのようなスキルみたいなものなのか。

 いずれにせよ、姉さんにこの光は見えていないことは確かだ。一応、警告しておくのがよさそうだ。


「姉さん、何か魔物から光って……」


 るんだけど――と言いかけた時だった。僕のスマホがポケットの中で振動し始めたのだ。


「ん? 光大、携帯鳴ってない?」


 僕だけじゃなく、姉さんもその音を捉えたようだった。服の中だと言うのに相変わらず恐ろしい地獄耳だ。

 充電がなくなりそうになっているのだろうか、僕はスマホを取り出し電源ボタンを押して画面をつけた。するとそれは一件のアプリからの通知だった。


 このアプリから来るのは今日で二度目。そう「ステータスオープン!」からだ。そして僕は通知画面に記されたその文面に思わず目を見張った。


 ――コウダイさん。あなたはパッシブスキル「解体の心得」を取得しました――


 すかさず僕はアプリを起動してみると画面に表示されたのは、僕の新しく得たスキル「解体の心得」に関しての説明だった。


__________

 

 スキル「解体の心得」

 

 ダンジョン内で命を落とした生物の解体・捌き方を示すスキル。死した生物が宿していたマナが赤く光り、スキル所有者はそれを視認し光の導きに従うことで予備知識なしで解体することが可能になる。


 主に発生する技能スキル「料理」「狩猟術」など


__________


 これは……! 今の僕たちの状況に願ってもいないスキルだった。そういえば確かに、僕の技能スキルに料理がある。

 僕は何だか、ご飯を毎日作っていた日頃の行いが報われた気がした。


「姉さん、刀貸して」


「え、どうして?」


「もしかしたら僕、さばく・・・ことが出来るかもしれない」


「砂漠……? 光大、ここ洞窟だよ」


「違う! 生き物を捌くんだよ。解体のほう!」


「嘘、本当に!?」


 相変わらずの天然っぷりをかました姉さんから僕は刀を受け取ると、死体に向け刃を入れていった。


 まずは毛の一本一本全てを照らす赤い光。これはつまり毛を剥げと言ってるに違いない。僕は何本かの体毛を掴み回数を分けて根元から切っていく。

 全てそぎ落とし血の通ったピンク色の皮が見えてくると、今度は喉元から頭のてっぺんに向けて一直線に赤い線が光って表れた。

 次は首を切り落とせということなのだろうか。ただ、これだけの巨体を一般人である僕が切断するのはとても難しそうだ。


「姉さん」


 僕は姉さんを呼ぶと、スキルが示す赤い線に合わせるように刀を置いた。


「この刀の置いた部分に沿うように、魔物の首を切り落としてくれない? 僕の力だと難しそうだから」


「オッケー! まかせて」


 姉さんは右手で刀の柄を握るとみねに左手を当て、押し込むように首を切り落とした。



**********



「ハア~、もうすぐか~」


 焚火の前で体育座りをする姉さんが、刀に突き刺した魔物の肉を眺めながらボヤくように言った。

 

 スキル「解体の心得」が発現してから僕らは、足や尻尾を切り落としたり腹を裂いて臓物を取り出すなど様々な手順を重ね、ティッシュ箱と同じくらいのサイズのブロック肉を計二十個ほど作成することに成功した。

 その内の一つを僕らは炎にくべていたのだ。壁に立てかけられた松明の火と、先ほど剥いだ魔物の体毛を火種代わりに作成した簡易的な焚火を用いて。


「もういいんじゃないかな」


 そろそろいいだろう。魔物の肉はこんがりと焼けた褐色のいい色に変わっていた。姉さんが炎から肉を取り上げる。


「先、いいよ」


 姉さんはかなり腹を空かせていたからな。僕は口にする順番を姉さんに譲った。


「光大、あんたという弟は……。姉さんはあんたを誇りに思うよ……」


 まるで感動ものの映画を見終わったかのように、姉さんはポロポロと涙を流しながら言った。


 そんな飯の順番を譲られたぐらいで、情緒が豊か何だか不安定何だか……。


「いいから食べてよ早く。僕もお腹すいてるんだから」


「そう! じゃあ、お言葉に甘えて――いっただきま~す」


 姉さんががぶりと大きな一口で肉に食らいついた。


「うんま~い!」


 口いっぱいに頬張りながら姉さんは感嘆の声を上げた。


 そんなに上手いものなのか? ちょっとばかし僕は興味がわいてきた。人生初の魔物の肉。僕は姉さんの持っていた短剣(もちろん火に炙って加熱消毒済み)を借りて、刀に刺さる肉を一口サイズに切り落とすとそれを口に持っていった。


「どう、おいしくない?」


 うん……。ぶっちゃけ普通、かな……。味は豚肉に近いが噛み応えはこちらのほうがやや強くすこし臭みのある感じ。まあ食べれなくはない。塩かタレとかで味付けすれば、また大分変わるのかもしれないな。


 しかし、このダンジョン内という極限な環境で食す物として加味すると、かなりの上位点に入ることは間違いないだろう……。


「うん、おいしいよ。ただ……」


「ただ?」


「レストランで頼むほどじゃない」

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