片翼の願い/聖女は世界へ
聖都シュリティウムの最奥に坐する教会本部。荘厳な威容に飲み込まれるように足を踏み入れる。
「こちらへどうぞ」
麗奈は食堂と思しき場所に案内される。装飾一つとっても荘厳な、まさに総本山ともいえる空気に息をのむ。
「なんか、すごい雰囲気……」
得も言われぬ空気が流れていく。ネミルは手当てを終え、同じく食堂へ案内されてきた。
「麗奈さ……レイナ様」
自分に呼びかけるネミルの様子から、ここでは今まで以上に聖女としてのふるまいが求められることを察した麗奈は、少し表情をこわばらせた。自分を呼んだという司教という存在は一向に現れない。
しばらくして扉が開かれる。現れたのは麗奈たちの知る司祭と、もう一人の男だった。
「初めまして聖女レイナ。私はすべての聖職者を束ねる司教。いずれ世界を救うあなたに出会えて光栄です」
「あなたが司教様。あたしはレイナです。よろしくお願いします」
にこやかな笑顔を見せる司教。麗奈とネミルの知る司祭と比べてもまだ若く、四十代程度という印象を受けた。
「レイナ。急なことで悪いんだが、さっきの会議で話し合ったことを伝えるよ」
司祭が神妙な面持ちで告げた。麗奈は思わずつばを飲み込む。優し気な司祭が、ここまで思いつめた顔をする理由。それが明かされるのかと言葉を待つ。
「……聖女レイナ。君にはこれから、この教会本部を拠点にエーゲンメイム各地での問題解決にあたってもらうことになったんだ」
「ええ!?ほんとに急ですね」
麗奈も驚いて目を見開く。聖女として、あの教会を通じて世界を災厄から救うのだとおぼろげながら感じていた麗奈にとって、この状況は考えられなかったことだ。
「私から彼に進言したのですよ。聖女レイナが世界を救う決意を固めたというのであれば、この教会本部からことを始めたほうが何かと便利です。ここは教会の総本山。力ある聖職者たちが多くいますし、各地にいる者たちもここを訪れ、時には問題解決のため、あなたに助力を求めることもあるでしょう。彼らの支援を行ったり、協力を受けたりするにはこの本部があるシュリティウムが最も効率的ですからね」
確かに司教の言うとおりだ。この世界の脅威に立ち向かうためには、大きな組織の力を借りなければならないだろう。麗奈の聖女としての日々はまだ始まったばかりなのだから。
「わかりました。司祭様。その、お世話になりました。司教様、これからよろしくお願いします」
わずかな時間ではあったが、父のような大きさで麗奈を受け入れてくれた司祭には恩義を感じていた。つたない言葉ではあったが、最大の感謝を。そしてこれから先の麗奈の面倒を見てくれるだろう司教にあいさつをする。いつだって別れは突然で、それが永遠の物になりうるからだ。だからこそ大切にしたい。縁を結んだ隣人を。これから縁をはぐくむ隣人を。
「……永遠の別れじゃないんだ。君の思うまま進むといい。そして、今度会う時見せてくれ。聖女として一回り成長した姿をね。応援してるよ。麗奈」
「……ええ。よろしくお願いします。聖女レイナ。私も微力ではありますが、世界を救う偉大な聖女の助力を誓いましょう」
話を済ませ食堂で一心地つく。
「ところで。レイナの付き人のような少女。彼女はどうします?私としては、こちらの事情に通じた支援者をそばに置こうと思うのですが」
場の空気が引き締まるのを感じた。ネミルはうつむき、麗奈は司教に視線を向ける。
「……あたしはネミルにいてほしいです。ダメですか?」
「あなたの意見も考慮しましょう。ですが、一応その少女は彼の、司祭の取り仕切る教会に所属しています。私やあなただけで決めることではない。総合的な影響を加味して判断する事柄ですからね。それに、彼女はこの町で負傷しているわけですし。司祭。あなたはどう考える」
司教の視線は司祭に、麗奈の視線はネミルに向けられる。傷つけられた少女に無理を言ってまでとどまってほしいと言った浅はかさを恥じる。
「ネミル。君はどうしたい?」
ネミルが顔を上げる。胸のペンダントを握り締めて司祭を見据えるその姿は、痛々しいながらも、どこか美しいものを感じた。
「私は……私のような半人前の聖職者が、シュリティウムで長く活動してはいけないと思っていました。でも。私はレイナ様と一緒に成長していきたいと思っています。私を助けてくれた聖女に少しでも近づきたい。だから、ここにいさせてください。お願いします」
ネミルの願いに対して、司祭は笑顔で応えた。ネミルもそれにつられて笑顔になる。
「ネミル。私は君のことも応援している。いい機会だ。実力を認めないといけないぐらいにここで活躍して、片翼を卒業できることを祈ってるよ」
「ネミル。そうですか。彼女が。いいですか。ここで聖女とともに人々のために尽くしなさい。きっとその胸に輝く一対の翼が宿ることでしょう」
ネミルは麗奈の方を見る。麗奈は視線に気づくと笑顔を見せる。
「じゃ、改めてよろしく!ネミル!」
「はい」
麗奈とネミルが互いに笑いあった時、食堂の扉が開かれた。
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