出立/聖都シュリティウム
エーゲンメイムに飛ばされた女子高生、麗奈が魂とつながって一夜。晴れやかな気持ちと新しい決意を抱えて、麗奈はさらなる修行に精を出すのだった。
「……ふぅ。この感覚にも慣れてきたかも。熱いのは変わらないけどね」
「麗奈。順調そうで何よりだよ」
祈りの部屋で修行を続ける麗奈のもとに司祭が顔を出した。ネミルが司祭に尋ねる。
「司祭様!いったいどうされたんですか?」
「お祈りってわけじゃなさそうだけど、何かありました?」
質問攻めにあう司祭は少し不安げな表情をしている。
「実はこれから、教会の本部で会議があるんだ。聖女の処遇についてのね」
「聖女の処遇って、あたしの!?え!どんな話し合いですか!?行きたい!」
「麗奈さん!さすがにそれは……」
「行くかい?会議のある聖都シュリティウムは、エーゲンメイム随一の規模を誇る都だ。出向いて損はないだろうからね」
あっさりと。同行を申し出た麗奈さえも目を丸くする。さすがに重要な会議について回ることをとがめられても仕方がないと思い直したところに返ってきた返事に、数秒戸惑ってしまった。
「ネミルと観光してくるといい。聖女として、この世界を知ることは大切だからね」
「ありがとうございます!そうと決まったら準備しなきゃ!ちょっと席外すね!」
麗奈はあっという間に祈りの部屋を後にする。ネミルは茫然とそれを見つめていた。
「……司祭様、私はまだ半人前です。そんな私が聖都の門をくぐるなんて恐れ多いのですが……」
「……不安かい?」
言い淀む。ネミルはまだ15歳だ。そして身に着けているネックレスは片翼。どうしてもしり込みしてしまう。聖職者の殿堂たる聖都に足を踏み入れるという事実に。
「ネミル。確かに君は聖職者としては幼い年齢だ。だが私は年齢など些細なことだと思っている。5歳の頃から聖職者として修行を行い、それがもう10年になる。上層部に両翼への昇格を進言してはいるが、認められないと返答が返ってくる。こんなやり取りが三度。これは私の力不足でもある。すまない。それでもネミルは卓越した浄力の才能で、人々の生活に帰依してきた。その事実は君の証明だ。聖都の格に劣ることはないと私は思うよ。恥ずべきことはない。自信を持ってシュリティウムへ行くといい」
「ありがとうございます。司祭様」
謝意を述べる幼くも
教会の外に着けられた馬車に、司祭と麗奈そしてネミルが乗り込む。多くの人々に見送られて馬車は走り出した。
「……ごめんね二人とも。あたし、馬車に乗ると酔っちゃうみたいで。気持ち悪い……」
「だ、大丈夫ですか?」
吐き気を催す麗奈の背中をさすり続けるネミル。この世界での移動は麗奈にとって苦難の道となる。
「はぁ……はぁ……きっつ……」
「麗奈。何か気を紛らわせたらどうだい?目を閉じて深呼吸するのもいいらしい」
司祭の助言に、麗奈は目を閉じて深呼吸する。何回か繰り返すうち、瞼の裏の景色が炎に染まる。なんでもない瞬間にも入り込んでくる光景に、麗奈は少し煩わしさを感じながら目を開く。
「あのさ、勝手に魂の道につながるの、どうにかなんないの?これだと寝るのも苦行じゃん。昨日寝る時だって熱くなるから布団は剥いじゃうし、疲れて寝落ちみたいになるしで。疲れるために寝るんだか、疲れをとるために寝るんだかわかんないよ。これ」
「それ、魂とつながって日の浅い聖職者の悩みの種なんです。つながる感覚と、視界をふさいで深呼吸したり眠る感覚は近いものですから、目をつむって呼吸に意識を向けると体を休める以前に、魂につながってしまうんです。ただ、慣れてくるとそういった感覚から切り離してつながることもできますよ。感覚としてはそうですね、目をつむってありもしないことを空想する感覚に近くなると思います。自分の中にある理想を求めるという行為ですから、親和性も高くて切り分けもわかりやすいです」
つまり、しばらくこの感覚と付き合わなければならないということだ。それにしても、最終的に行きつく先が空想のそれとは。こそばゆい感覚に襲われながら、麗奈はこれも修行と割り切って目をつむり魂とつながる。
体中に熱を感じる。心地よいほどの温度ならまだいい。だがそれは炎の熱だ。身の焼かれるような熱風にさらされながら道を進む。ひたすらに忍耐だ。その先に力が待っている。最初に比べればずいぶん早くに魂と相対できる。相変わらず果てにいる存在の顔は見えない。炎にまかれながらたたずんでいるだけだ。麗奈自身も炎の中で身を焼かれながら近づいていく。おそらく熟達すればまたたく間にこの工程を終わらせて、力を発揮できるようになるはずだ。ここでのすべては無駄にならない。麗奈は力強く歩みを進めるのだ。
「……さん。麗奈さん……起きてください!」
麗奈を呼ぶ声。目を開いて横を見る。荘厳な都が目に飛び込んできた。目的地にたどり着いたようだ。
「到着だ。さて、私は会議へ向かう。君たちは観光を楽しむといい。少ないがお金を渡しておくよ」
司祭と別れ、麗奈とネミルは聖都シュリティウムに足を踏み入れる。
「すごい……」
白塗りの建物が町を形作り、その奥に座す大いなる威容をたたえる大聖堂。それはまさしく聖都と呼ぶにふさわしい圧巻の一言だった。活気に満ち溢れ、多くの人々が生活する町。目にするだけでも多くの聖職者たちが行き来する。いわばエーゲンメイムの首都ともいえるその町は、いずれ訪れる災厄から守るべき対象として麗奈の目に刻まれていく。この世界にも多くの未来があるのだから。
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