魂の力/修行

 麗奈とネミルは、小さな祭壇のある祈りの部屋で修業を始める。


「いいですか麗奈さん。集中してください。意識を自分の内側に持って行くために……」

「ねえネミル。気になってたんだけど、この世界の神様って羽根を象徴にしてるの?なんかオシャレだよね!ネミルがつけてるネックレスも、銀の羽根だし」


 麗奈が口にした通り、祈りの部屋などをはじめ教会のいたるところで両翼の羽の装飾を目にする。ネミルのネックレスは片翼の羽根だが。


「そうです。この世界をおつくりになったとされる女神シュリム様。女神様は翼を持ったお姿をされていたそうです。なので、その女神に仕える私たちも翼を象徴としています。私はまだ半人前なので、片翼のネックレスを身に着けているんですけどね」

「へー!そうなんだ。なんか面白いね!」


 こんな調子では修行が始まらない。ネミルは少し注意を促すことにした。


「ところで麗奈さん。今は修行をするという話でしたよね」

「……あー!そうそう!この部屋が気になっちゃって。ついつい忘れちゃってた。ごめんね」

「……もう一回言いますよ。集中です。意識を自分の内側に持っていくために、まずは雑念を取り払いましょう」


 ネミルにうなずく麗奈。そしてあることに気が付いた。


「……あ。もしかして、あたし今怒られてたりする?」

「それはいいですから。頑張ってください」

「えー!怒ってるならそう言ってよ!余計気になるじゃんか!」

 

ネミルは祈りの体制に入ってしまったようだ。麗奈はあきらめて集中することにした。自分と向き合う作業にただひたすらに取り組むのだ。浄化の力をものにするために。



 麗奈は目をつむって意識を集中する。肉体の内側にあるという魂。それに接触することで浄力を扱うことができるようになるという。どれだけの試行の果てにそこにたどり着けるかはわからない。それでも決めた。彼女が使えたのなら自分も。そしてあの背に少しでも近づきたい。途方もない道を歩いていくことになるとしても、自分にできることなら投げ出したくない。それはそれとして、目をつむる麗奈は眠気に襲われ始めた。


(……ヤバい。何もつかめてないのに、めっちゃ眠くなってきた。どうしよ……)


「麗奈さん?集中が続かなくなりましたか?」

「え?うん。魂に近づくってどんな感覚なの?自分がやってることが正しいのか不安になるんだよね」


 足を組みなおす麗奈に、ネミルがクッキーを差し出した。司祭がくれたものと同じだ。その味をかみしめる。甘みを感じながら、次こそ魂とつながれるよう意志を固くする。ネミルはというと、魂とつながる感覚をなんとか言葉に表そうと言葉を探していたのだった。


「そうですね……参考になるかはわからないですけど、極限まで集中するんです。自分の内側に意識を集中し続けると、まぶたの裏に見えてくるものがあるんです。それが魂につながる道。そこで集中を切らさずに頑張れば、やがて自分の魂が見えてきてつながるための準備は整うはずです。まずはそこを目指してください」

「オッケー!なんとかそこ目指して頑張ってみる」

 

 自分の内側に意識を集中する。やるべきことはただそれだけ。簡単なようで出口はまだ見えない。本当に魂とつながることなどできるのか。そして、浄力を行使するたびにこの途方もない手順を踏まなければならないのかと、気が付かなくてもいいことに気が付きながら、麗奈は自分自身と取っ組み合い続けた。

 

 瞼に映るのは一条の光も差さない暗闇だけ。薄暗い部屋に明かりは数えるほどしかなく、その明かりからは背を向ける形になっている。暗い部屋に二人。音もなく、ただ静寂と燭台しょくだいの炎が揺らめくだけの空間で、自分の魂に向かいあう。暗闇の中に訪れるだろう色彩を求めて、少女はただ、散逸しそうになる意識を束ね続ける。やがて暗闇の中に赤い色が混じり始めた。これは炎だ。これがおそらくネミルの言っていた道だと麗奈は確信した。ここで喜んで集中を切らしてしまうと、これまでの努力がすべて水の泡になる。集中をやめたい頭をどうにかねじ伏せながら集中を続ける。これはゴールではないのだ。麗奈が求めるものはここで踏ん張った先にある。


 瞼に映る炎の空間は集中を続けていると、景色が近づいてくるような動きをするように見えた。揺らめく炎が見せる錯覚か、それともこの感覚こそが魂へと進んでいるという証左なのか。


 だんだんと、この感覚が魂の道を進む感覚なのだとわかってきた。それほどまでに長い道を麗奈は集中力を束ね続けることで歩いてきた。さながら天竺へ歩く僧侶のように。


 見える景色は燃え盛る炎の荒野だけ。感じる熱さはこの空間の物なのか、集中を続けた反動による頭痛か判別がつかない。炎にまかれ、炎をかき分けて進んだ先で、炎に包まれる何かを目にした。焦げた翼を生やした顔の見えない誰か。性別は判別できず、どれだけ目を凝らしても顔だけは炎が隠してしまう。白い衣をまとったその存在に対して、麗奈は声をかける。


「あ、あなたは!?もしかして、あたしの魂!?」


 炎が麗奈を包んで声をかき消してしまう。正体のわからない苦痛と戦いながら、決して集中だけは切らさないように麗奈は耐え続けた。ここで具体的にどうすることで魂とつながり、力を得ることになるのか麗奈はわからない。対話が無理ならあの存在に触れてみよう。すでに麗奈の精神は限界に近かった。これ以上はどれだけ頑張っても集中が途切れてしまう。何としてもできるところまで進まなければならない。目の前に世界を救うという目標への第一歩が待っている。絶対に魂とつながるという固い固い決意だけで前に向かって進み続ける。進めば進むほどに炎は勢いを増し続ける。炎の先にいる存在に手を伸ばす。麗奈の父親もこの熱さに耐えてきた。耐え抜いて命を救った。この熱に耐えることが麗奈を聖女にする。何かが焼き切れるような耐えきれない痛みに襲われる。限界を迎えたのだ。痛みへと意識が向き切るほんの刹那。最後の一瞬まで前を向き、手を伸ばし続けた麗奈。彼女が現実へ引き戻されようとする直前。届かない腕がつながった。


 麗奈が瞬きをした後に目にした景色は祈りの部屋だった。きっと成功した。確かな感覚が麗奈にはあった。ネミルに報告しようと声を出す。しかし声は音にはならず、次の瞬間には意識を失ってしまった。

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